先回りをするつもりだったが、ダンジョンに到着したのは佐原たちの方が早かった。
俺の姿を見つけた佐原が、俺のもとへ駆け寄ってきた。
「助けて、青史! 早く兄さんを何とかして!」
「もうダンジョンの中に入ったんだな!?」
バイクを留めてヘルメットを外しつつ、佐原に問う。
「三分前くらいだと思う。早くしないと兄さんが殺されちゃうよ!」
「分かった。じゃあ佐原は家に帰って待っててくれ」
「そんな!? 僕も行くよ。僕の兄さんなんだから!」
「気持ちは分かるが、佐原が来るとかえって時間がかかる。時は一刻を争うんだ」
佐原の兄貴を餌扱いしているくせに理不尽な物言いだが、佐原はこれ以上粘ろうとはしなかった。
早くしないと兄貴が殺されることを理解しているのだろう。
「心配するな。全部俺が解決するから」
佐原に向かってそう言い残してから、俺はダンジョンの中へと潜った。
* * *
一人でダンジョンを進む。
あまり大きな音を立てたくはないため、短剣でスパスパとモンスターを斬っていく。
やや遠距離の敵はサイレンサー付きのハンドガンで撃つ。
探索者サークル内では、短剣を使うところを見せたことはない。
前衛職の仕事を奪うことは良い結果に繋がらないだろうし、そもそも安全を期している探索者サークルでは俺が短剣を使う機会は訪れない。
しかし一人でダンジョンに潜るときは、別だ。
ハンドガンを奪われることもあるだろうし、接近戦に持ち込まれることもある。
だからそういった場合に備えて、積極的に短剣を使用して、短剣で相手を倒す練習をしている。
適正が銃にあったとしても、短剣が使えないわけではない。
誰だって訓練を重ねることで、十分に活用できるレベルの技術を身に着けることが出来る。
そして俺はその技術を得たと自負している。
「まあ一人で潜るのは、サークルで潜るダンジョンよりも簡単なダンジョンなんだけどな」
だから今潜っているような、複数人パーティー向けの難易度のダンジョンに一人で潜るのは初めてだ。
ダンジョンをきちんと恐れている者は、そうではない者と比べてリスク管理が厳しめだからだ。
自身の力を慢心しないこと。
それが長くダンジョンに潜り続けるコツだ。
「とはいえ、強力なダンジョンに一人で潜る刺激はクセになりそうだな」
絶対に楽しんではいけない状況なのに、だんだんとテンションが上がってきている自分がいる。
「近頃の俺は、刺激が足りてなかったのか……?」
最近は及森を探したり、死体を見つけたりと、刺激的な出来事が多かったからやっていなかったが、これまで俺は誰にも告げずに一人でダンジョンに潜っていた。
深夜にバイクでダンジョンへ出かけ、適度な刺激を得て帰宅することで、平穏な日々を送っていた。
適度に刺激を得ていないと、爆発しそうになるからだ。
だが今現在の興奮を考えると、及森を探したり死体を見つけたりする程度では、俺には刺激が足りなかったようだ。
きっと俺はもう、平穏な日常にストレスが溜まり、爆発寸前だったのだ。
「楽しい、これだ、これが欲しかったんだ!」
大声を出したい気分だったが、そんなことをすると計画が水の泡なので小声で呟く。
その間にも、近寄ってくるモンスターをスパスパと切り刻んでいく。
ハンドガンよりも短剣で斬る方が感触が気持ちよかったから、途中からハンドガンはしまってひたすら短剣で攻撃をすることにした。
ザクザク、ブシュブシュ、ビシャビシャ。
楽しい、楽しい、楽しい!
でも足りない。もっともっと刺激が欲しい!!
「……って、ダメだ。落ち着け。まずは佐原の兄貴を救出しないと。刺激欲を満たすのは、それからだ」
近寄ってくるモンスターを斬って退けるのはいい。
だが、モンスターを細かく切り刻むのは、時間を無駄にするだけだ。
それよりもまずは佐原の兄が生きているうちに及森たちと接触をしないと。
俺としては佐原の兄が生きていても死んでいてもどちらでもいいが、兄が死んだら佐原が悲しむはずだ。
俺にとっては会ったこともない他人だが、佐原にとっては家族なのだから。
俺が当初の目的を思い出した頃、前方に三人の人影が見えた。
三人のうち、顔が佐原に似ている男が佐原の兄だろう。
佐原の兄の前には、何度も写真で見た指名手配犯の及森もいる。及森は佐原の兄に向かって、剣を構えているようだ。
そして、もう一人は。
「……及森の共犯はお前だったんだな」
三人に向かって声をかけると、及森と共犯者が俺のことを見た。
しかし佐原の兄だけは虚ろな目をしたまま、俺を見ようともしない。
佐原の兄が佐原の声に反応せず様子がおかしいというのは、これのことだろう。
確かにどこからどう見ても、今の佐原の兄はおかしい状態だ。
「どうして佐原の兄貴を狙ったんだよ」
「別に狙ったわけではないわ。あたしが行った病院で、怪我の処置をしたのが彼だっただけ。処置をしたのが別の医者だったら、その人を連れて来ていたわ」
及森の共犯者、美影陽子が俺に向かってにこりと笑った。