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第20話


 ダンジョン内に銃声が響き渡る。

 脳天を撃ち抜かれた及森は、その場に崩れ落ちて動かなくなった。


「…………え?」


 及森が動かないことを確認した後、くるりと後ろを向く。

 突然の発砲に、美影は硬直しているようだった。

 少しして我に返った美影が、及森の死体に駆け寄った。


「及森さん!」


 及森を撃った俺に近付くのはあまりにも警戒心が薄いと思うが、今の美影にはそんなことを考えている余裕がないのだろう。

 ……もしくは俺の武器がハンドガンだから、近付こうと近付かなかろうと大差は無いと判断しての行動だろうか。


「及森さん、起きてください! 早く起きて、自分に回復魔法を使ってください!」


「死体は回復魔法を使えないぞ」


 及森のことを「死体」と呼んだ俺を、美影がキッとにらんだ。


「なんでこんなことをしたの!?」


「なんでって、こうしなかったら俺は殺されてただろ?」


「あたしたちの仲間になれば良かったじゃない! 仲間になっていたら、及森さんと宵野木君が殺し合う必要なんかなかった!」


「……ま、及森に殺されるような状況じゃなくても、俺は殺してただろうけどな」


 素早くハンドガンの引き金を引いて、美影の腕を撃ち抜いた。


「ああっ!?」


 突然の痛みで美影がのたうち回った。


「殺し合いをする状況じゃなかったら、及森もこんな風に遊んでから殺してたんだけどな」


 今度はのたうち回る美影の足を撃ち抜いた。

 さらなる痛みで美影が叫ぶ。


「あんまり叫ばれると困るんだよな。もし今、どこかの探索者がこのダンジョン内に入ってきてたら、叫び声を聞いてここに来るかもしれないからな」


 美影の腹を撃って、叫ぶ余力が出ないようにした。


「……って、銃声が聞こえても来るか? うーん、銃声ならモンスターを撃ったと思ってもらえるかな」


 予想通り、腹を撃たれた美影は叫ぶことを止めた。

 その代わりに、小さな声で唸っている。


「宵野木君……どうして……」


 美影が絞り出すような声で聞いてきた。


「簡単なことだ。連続殺人犯は殺されても文句が言えない。そしてダンジョンを消すと死体が消える。ほら、殺す条件が揃ってる」


 俺が、簡単だろう?と微笑むと、美影は苦痛の表情に困惑した色を混ぜた。


「それは……どういう主張……?」


「ん? 主張なんてないぞ。殺せる条件が揃ってるってだけだ。殺せる条件が揃ってたら、殺すだろ?」


「宵野木君は……条件が揃っていたら……主張もなく、人を殺すの……?」


 これに、にっこりと答える。


「もちろん殺すよ」


「もちろん……?」


「うん、もちろん。これまでもそうしてきたしな」


 ダンジョン内に潜伏をする指名手配犯は多い。

 俺はいつも一人で低難易度のダンジョンに潜るとき、ダンジョン内に指名手配犯がいることを期待していた。

 指名手配犯は、比較的危険の少ない低難易度のダンジョンに潜りがちだからだ。

 指名手配犯は探索者ではなく、あくまでも一般人のことが多いのがその理由だろう。


「これまでにも……こんなことを……? 正義感で……やっているの……?」


「正義感? うーん、どうだろう。でも殺すなら、罪を犯してない人よりも殺人犯の方が良いだろ?」


 何の事件の指名手配犯でもいい。とにかく罪を犯していればそれで良いのだ。

 指名手配犯の写真は頭に入っているから、顔を見ればすぐに分かる。

 自分の「他人の顔を覚える特技」がこんな風に活かせるとは思っていなかった。

 まあ顔は覚えているものの、何の事件の犯人かまでは覚えていないのだが、犯人であれば構わない。

 俺は、殺す理由が欲しいだけなのだから。


「この、殺人鬼……!」


 最期の力を振り絞って、また美影が俺のことをにらんだ。

 しかし美影ににらまれるのは心外だ。


「連続殺人犯に言われたくはないな。美影は『こっち側』だろ?」


「あたしは、宵野木君と……同類なんかじゃ、ない……あたしたちには、崇高な……譲れない、信念が……」


「犯人の信念なんか被害者には関係の無いことだ。どっちにしろ理不尽に殺されてるんだからな」


 美影の身体からは、どくどくと血が流れている。

 美影が自身の身体を抱き締め始めたのは、血が流れ過ぎて寒気がしているからだろう。

 そろそろ別れの時間かもしれない。


「さい……てい……宵野木君は……狂っているわ……」


「そのくらい知ってるよ」


 俺は指名手配犯を殺しているが、正義感からではない。

 殺したい気持ちが先にあって、じゃあ誰を殺そうかと考えたときに、指名手配犯を殺そうと思っただけだ。


 昔は人を殺そうなんて考えたことも無かった。

 しかし世界にダンジョンが出現して、モンスターを殺しまくっているうちに、モンスターを殺すことに興奮するようになった。

 そして、もっともっと刺激が欲しくなっていった。

 殺人犯が、虫、猫、人間と殺す対象が変わっていくように、俺も人間に行き着いてしまったのだ。

 大きさで言えばモンスターの方が大きいのに、不思議なものだ。

 いくら大きくても言葉の通じないモンスターと意思疎通が可能な人間では、人間を殺す刺激の方が大きい。

 そのことを、俺は実際に人間を殺すことで知った。


「ダンジョンが出現して、世界は狂ったんだよ。こんな狂った世界で、正常でいる方が難しい」




 俺は死体となった及森と美影のもとを去ると、ボスモンスターの居場所へと歩を進めた。


「さて、と。さっさとボスモンスターを倒してダンジョンを消すか。そうすれば二体の死体は消えて、生きてる俺と佐原の兄だけが地上に出る。佐原にはどう説明をしようかな」


 狂った世界で俺たちは生きていく。

 狂いながら、狂っていないように、装いながら。




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