「……くっ!」
「ふん。さすがは戦士と言ったところか」
「そっちはとても回復術師には見えないな!」
自分で戦士と同等以上に戦えると言うだけあって、及森の身のこなしには目を見張るものがあった。
それに俺の急所を狙うことに戸惑いが無い。
動きを止めるために腕や腹を狙うのではなく、容赦なく喉や心臓を狙ってくる。
隙を見せた瞬間に、命を刈り取られそうだ。
「ギャアギャッ、ギィィィーーッ!」
「邪魔だッ!」
地味に美影の操るモンスターも厄介だ。
後ろから俺の足にしがみついて動きを止めようとしてくる。
及森から目を離すわけにはいかないため、モンスターは足で蹴って対処をする。
モンスターを操っているということは、佐原の兄はどうなったのだろうと目の端で確認をすると、佐原の兄は地面に寝かされているようだった。
パッと見た感じでは、外傷は無く死んでいるようには見えない。
美影は本人の言っていた通り、二体の対象を同時に操ることが出来ないようだ。
それならモンスターではなく佐原の兄を操って戦闘に投入した方が俺に対する嫌がらせになるのだが、美影はそこまで邪悪にはなれなかったのだろうか。
それとも人間よりもモンスターを操った方が消費魔力が少ないのだろうか。
美影の真意は不明だが、モンスターはこうして足で雑に蹴り飛ばせるから、俺としてはありがたい。
「死ね!」
「おっと。なんてね!」
及森の攻撃を紙一重でかわして、カウンターを仕掛ける。
俺の短剣は及森の脇腹をえぐったようだ。
しかし致命傷には程遠い。
「痛てえな」
傷で動きが鈍った隙に及森に追加のダメージを与えようとしたが、モンスターが俺の足を引っ張って邪魔をしてきた。
いい加減に鬱陶しいので、短剣でモンスターを切り裂く。
その間に及森が回復魔法を使った。
及森が自身の脇腹を触ると、みるみるうちに傷が塞がっていったのだ。
「……回復魔法って便利な能力だよな」
「ああ、知ってる」
傷を回復させた及森が、勢いよく向かってきた。
刺し出された及森の長剣を飛び退いて避ける。
「生意気なことを言ってた割に、逃げてばっかりだな」
「戦闘は攻撃だけがすべてじゃない。さっきだってカウンターで脇腹を抉っただろ。避けることもカウンターを狙うことも、戦術のうちだ。お前は回復術師だから、その辺のことが分からないんだな」
「回復術師を馬鹿にするな!」
「別に回復術師を馬鹿にしてるわけじゃない。お前を馬鹿にしてるだけだ」
「この野郎!」
また及森が向かってきた。
及森の攻撃はワンパターンではあるが、腕力はあるようだから油断は出来ない。
強がってはみたものの、攻撃を食らったらヤバい。
「また逃げるのかよ。回復術師から逃げ回る戦士のお前は、最底辺だな」
「じゃあ、次はこっちから攻撃させてもらうぞ」
俺は短剣を構えて、及森の懐に向かって突っ込んだ。
「これでも食らえーっ!」
「そんな攻撃が効くかよ!」
及森に向かって伸ばした俺の短剣を、及森が長剣で弾いた。
ガチッと金属の鳴る音がする。
俺の手から離れた短剣は、遥か後方まで吹っ飛んだ。
「もらった!」
俺が武器を手放したことで及森がトドメを刺そうとしてきた。
完全に勝ったと思って、防御がおろそかになっている。
俺は素早く懐からハンドガンを取り出すと、及森の手を撃った。
「なっ!?」
そして勢いを殺せずに向かってきた及森の額に、ハンドガンを当てる。
チェスで言うなら、チェックメイトの状態だ。
「やっぱりお前は戦闘に慣れてないようだな。戦士相手だったらこうはいかなかった。簡単に武器を弾き飛ばせた時点で警戒するはずだからな」
「クソッ! 小賢しい真似をしやがって……!」
「及森さん!? やめて、宵野木君!」
後方から美影の悲鳴にも似た声が飛んでくる。
しかし及森の頭からハンドガンを離すつもりはない。
「というか、お前、銃は使わねえんじゃなかったのか!?」
手から多量の血を流し、額にハンドガンを当てられた及森が、俺のことをにらんだ。
しかし俺は涼しい顔を返す。
「フェアに戦わないといけないなんてルールは無いだろ。途中までは俺がフェアに戦いたいから短剣を武器にしてただけで、今はもうそのつもりが無いからハンドガンを武器にした」
「……確かにルールは設定してなかったな。だが、お前に引き金は引けねえ。探索者はモンスターしか殺せねえんだ。人間を殺す度胸なんかねえよ」
「及森。お前は何人も人間を殺してるんだよな。だったら、俺が人を殺せるタイプの人間かどうか……目を見れば、分かるよな?」
及森は俺の目をじっと見た後…………命乞いを始めた。
「俺の負けだ。だから命だけは勘弁してくれ!」
あまりにも変わり身が早い。
一周まわって潔くて好感が持てるくらいだ。
「及森さん? どうして」
後方から、困惑した美影の声が聞こえてきた。
まさか及森が命乞いをするような人間だとは思わなかったのだろう。
確かに先程までの余裕そうな及森からは想像もつかない姿だ。
及森は何人もの人間の命を簡単に散らしてきたのに、自分の命は、醜く命乞いをするほどに惜しいのだ。
「人殺しには、人殺しの目が分かるんだよ」
美影の質問に答えようとしない及森の代わりに、俺が答えを告げた。
しかし俺の答えを聞いても、美影はピンときていないようだった。
「人殺しの目? 宵野木君が?」
人を殺したことのない美影には、人殺しとそうではない者の目を見分けることが出来ないようだ。
一方で及森は、しっかりと理解をしている。
「やめてくれ、殺さないでくれ!」
「そんな言葉を、俺が聞くとでも?」
命乞いをする及森に、冷静に言い放つ。
「謝る。謝るから! 罪も償う! 俺を逮捕してくれ!」
「お前は誤解をしてる。俺は被害者の知り合いでもなければ、警察でもない」
「じゃあ……!」
「復讐でもなければ正義でもない。ただ俺は、俺の意志でお前を殺す。殺したいから殺す。じゃあ、さようなら」
俺は及森の額に当てたハンドガンの引き金を引いた。