回復術師の地位を上げるために医者を殺した?
まったくもって意味が分からない。
「医者を殺すことで、回復術師の地位が上がるわけがないだろ!?」
「日本では医者が幅を利かせすぎていると思うの。だから医者を減らす必要があるのよ。医者が足りなくなれば、回復術師の出番が増える。出番さえ与えれば、回復術師が有能だって知らしめることが出来るわ。あたしたちはそのために、邪魔な医者を排除しているの」
美影はうっとりとした目でさらに語り始めた。
「回復術師は万能なの。回復術師の地位が上がれば、今よりもずっと助かる命は増えるのよ。回復術師こそが、この世の希望なの!」
美影は自分で言ったこの言葉を、本気で信じているようだった。
いつも冷静な美影と同一人物とは思えないくらい、その目はキラキラと輝いている。
少なくとも、これまでに散々人を殺してきて、そして今まさに新たな被害者を生み出そうとしている人の目には見えない。
……見えないが、これはそういう人間の目なのだ。
「助かる命を増やすために、医者の命を奪ったって言うのかよ」
「ええ、その通りよ」
美影は相変わらず、自らの行動を悪いとは思っていないようだった。
うっとりとした表情のまま会話を続けている。
「医者を殺すってことは、殺された医者の命はもちろん、その医者によって治療される予定だった患者の命も奪うことに繋がるんだぞ!?」
「確かに患者は可哀想だけれど、大義のためには犠牲も必要なのよ」
及森と美影の自分勝手な大義のために犠牲に選ばれた人は、たまったものではない。
美影がこんなに歪んでしまった理由、きっとそれは。
「……美影の行動は、妹さんの件が理由か?」
「どこで聞いた……ああ、あなたは佐原君と友人だったわね。そうよ、その通り。もしも医者ではなく回復術師に治療をしてもらっていたら、妹は今でも元気に生きていたのよ!」
美影は、今にも叫び出しそうな、感情をごちゃまぜにして表に出したような、何とも言えない複雑な表情になった。
妹の死は、美影の心に、抜けない棘を刺してしまったらしい。
だが、美影の主張には根拠が無い。
こんなものはただの願望、ただの夢だ。
「回復術師が妹さんを助けられた保証はどこにもないだろ!?」
「保証は無いけれど、可能性は極めて高いわ!」
美影は感情にまかせて怒鳴った後、表情をまたうっとりとしたものに変え、空想を語り出した。
「回復術師の技術は、医者を遥かに凌駕している。だから回復術師に頼んでいたら、妹はきっと助かっていた。いいえ、絶対に助かっていた。そして今頃はあたしと一緒に暮らしていたはずなのよ。あたしはね、回復術師の地位を向上させて、妹のような悲惨な目に遭う患者を減らしたいのよ」
妹のように亡くなる患者を減らしたい、という考え自体は素晴らしいものだ。
しかしそのために他人を殺すのでは、だしに使われた妹が可哀想だ。
「回復術師が万能だっていうのは、美影の勝手な憶測だ。ただの空想だ」
「空想じゃなくて事実よ!」
「事実じゃない。妹さんは回復術師には治療してもらってないんだろ? だったら回復術師が妹さんを治せたかどうかは分からない」
「分かるわ! 回復術師の回復魔法は奇跡よ!」
いつもの美影の姿を忘れるくらいの大声で、美影が怒鳴った。
冷静な美影なら、自分の主張が夢物語に過ぎないことに気付いているはずなのに……どうしても自分の掲げる説を信じたいのだろう。
「奇跡を信じたい気持ちは分かる。妹を亡くして辛かったことも。だが、もし本当に回復術師が万能なら、回復術師が難病を完治させた話が出回るはずだろ」
「そういった話は医者が握り潰しているのよ。回復術師の有能さが発覚したら、自分たちの仕事が無くなるから」
「何情報だよ」
「情報も隠されているけれど、あたしには分かるの」
きっと美影は妹の死が辛すぎて、陰謀論のようなものを信じ込んでしまったのだろう。
及森が先に言い出したのか、美影が先に言い出したのかは分からないが、どちらにしても正気ではない。
「話にならないな」
「ああっ、医者が憎い! もしも医者じゃなくて回復術師に治療をしてもらっていたら、妹は助かっていたのに!」
「美影は……叶うことのない『もしも』の夢のために、他人を殺したんだな」
狂っている。
そして美影自身は自分が狂っていることに、全く気付いていない。
可哀想なことに。
「ねえ、宵野木君。あたしたちの仲間にならない? 宵野木君が仲間になってくれたら心強いわ」
怒りの感情を綺麗な微笑みで塗りつぶした美影が提案をしてきた。
「ここまでの俺の反応を見て、美影たちの仲間になると本気で思うのか?」
「でも仲間になってくれないと、宵野木君は死ぬしかないのよ?」
美影がこてんと首を傾げた。
可愛らしい仕草だが、あまりにも言っている言葉が物騒だ。
「俺は知りすぎたから、仲間にならないなら死ぬ必要があるのか。勝手だな。ペラペラと喋ったのは美影なのに」
「たくさん喋ったのは親切心よ。宵野木君もあたしたちがどうして医者を殺すのか、知りたかったでしょう?」
「まあ、知りたくはあったけどな」
「ねえ、宵野木君。あたし、宵野木君のことを気に入っているのよ? だから無駄死になんてせずに、あたしたちの仲間になって」
俺に向かって伸ばされた手を、じっと見つめる。
この手を取ったら、俺も指名手配犯の一味になるのか。
「……嫌だと言ったら?」
「葬儀には参列してあげるわ」
どうあっても、仲間にならないなら俺を殺す気なのだろう。
少しすると、いつまでも握られない美影の手を、及森が下ろさせた。
ずっと思っていたが、及森はずいぶん美影を自由にさせているようだ。
「美影、お前は喋りすぎだ」
「ごめんなさい。宵野木君を仲間に引き入れるためには、詳細を伝えるしかないと思ったんです」
「交渉決裂したようだがな」
及森が俺のことをにらんだ。
俺も目を逸らさずに及森をにらみ返す。
「だから宵野木君を殺すしかないのですが……頼めますか、及森さん?」
「こいつ、戦士だろ。ここまでほぼ無傷で来たんだから」
「はい、戦士です。具体的には銃が得意な狙撃手です。手強いですよ」
美影が俺の個人情報を及森に伝えた。
伝えられたところでどうということのない情報ではあるが、一言俺に許可を取ってからにしてほしかった。
個人情報は慎重に扱うように、学校で教えられているだろうに。
「狙撃手!? そんな相手を俺に押し付けるなよ」
「すみません。あたしでは敵いそうもないので。モンスターを操ってお手伝いくらいは出来ますけど」
「美影の能力で直接こいつを操ることは出来ねえのか?」
「医者をここまで連れてきたことで魔力の消費が激しくて……そうでなくとも身構えている人や、訓練を受けている探索者は操れないんです。あたしが操れる人間は、無防備な一般人だけです」
及森はやれやれと肩をすくめながら溜息を吐いた。
「隙のある人間しか操れねえのか。確かに誰でも自由に操れたら、今頃美影は最強の探索者として名を馳せてるか」
美影と二人で会話をする及森に向かって声を張り上げる。
「及森、お前の適正は何だ? 俺の能力を知ったんだから、フェアにお前の能力も教えてくれよ」
「俺は回復術師だ」
「……なるほど。美影が慕うわけだ」
答えてくれないと思った質問に、及森はさらりと答えをくれた。
そして美影が及森に懐いている理由が理解できた。
回復術師を尊敬している美影だからこそ、回復術師である及森の仲間になってしまったのだ。
というか及森が回復術師なら、回復術師が万能ではないことを及森自身は知っているはずだが、なぜそのことを美影に教えてあげないのだろう。
便利な能力を持っている美影を利用するためなのか、それとも伝えたが美影が信じなかったのか。
どちらにしても歪んだ関係だ。
「何だその顔。俺が回復術師だからって舐めるんじゃねえよ。俺は戦士と同等以上に戦える」
「だろうな。基本的に探索者は対人戦を想定してないからな。人を殺すことに躊躇いが無いという点では、ただの探索者は人殺しには勝てない」
前に兄貴がそう言っていた。
そしてその考えはたぶん間違っていない。
「へえ。よく分かってるじゃねえか」
「……だが、俺はただの探索者じゃない」
「自信満々なのは良いことだが、自信過剰は身を滅ぼすぜ」
「ご忠告どうも」
伊達にいくつものダンジョンに潜ってきたわけではない。
その辺のことはよく理解しているつもりだ。
そして……自分の強みも。
及森は長剣を、俺は短剣を構えた。
「銃が得意なのに、構えるのは短剣でいいのか?」
「回復術師のお前が得意でもない剣で戦うのに、戦士の俺が得意な銃を使うのはフェアじゃない。それに銃だと簡単に決着がつきすぎるからな」
「……その言葉、あの世で後悔するといいぜ」