紆余曲折あったものの、幾つかの方向性を見出した帝国との会談。
一度ギルドに戻った私は、用事でルギアナード帝国を訪れているレギエルデとコメイの二人と念話で打ち合わせをしたのち、全員をサロンに集結させていた。
大筋の作戦には合格点をもらえていた。
確かにレギエルデとコメイは軍師としての才能がとんでもない。
でも私だって元は軍師。
それに今回の作戦、奇麗ごとでは済まない場面も多いはずだ。
いつまでも彼らに甘えるわけにはいかない。
何より今回は帝国の兵士たちとの戦闘が予想される。
惑わされ、変貌させられた異形ではない。
普通に暮らし、愛する人がいる兵士たち。
きっと私は彼らを殺すことになる。
そうしなければ、逆に私たちの仲間の命が危ない場面が出てきてしまう。
人を殺す。
自分の意志で。
私は一人唇をかみしめた。
…二人がいないこの現状、むしろ覚悟が決まっていく。
私が自分の責任で皆を導く――
※※※※※
「みんな、ご苦労様。いまからゾザデット帝国での作戦、検討をします」
以前コメイに言われたこと。
それにより定期的に行われている私のスキル『同期』
すでに皆は今の状況を把握していた。
「今回戦闘が予想される個所、おそらく3か所に上ります。そして東西南北、空からの監視を行います。部隊を7つに分け、明日同時に殲滅、絶対に逃がしません」
いつもより強い言葉。
何しろ今回の騒動には皇帝の親族までもが悪魔の眷属に憑りつかれている。
そして遂に確認できた悪魔そのもの。
恐らく激戦になる。
何よりマキュベリアを欺いていた悪魔の存在。
ザナンク。
きっとなにかしらのスキル、或いは権能なのだろう。
すでにその存在、朧気になっていた。
だが確実に存在しているし、きっとあの時の失敗した私のルート。
コイツは何かしらの誘導を行っていたはずだ。
そもそもおかしい。
どうしてあれだけのメンツがいて、まだ覚醒して間もないハインバッハに対してあんな行き当たりばったりのような作戦を決行していたのか。
いくら余裕がなかったとしても、私たちは強かったはずだ。
それにあの戦いで命を落としたレギエルデ。
よくよく思いをはせてみれば…
あの時のルート、私はレギエルデとほとんど話をしていなかった。
そう。
誰かが私とレギエルデのコミュニケーションを妨害していたんだ。
思い返せば浮かぶ情景。
いつでもなぜかザナンクが私に付きまとって邪魔をしていた。
と言うか…
あの男はいつでも二人になるといやらしい事をしようとして来ていたんだ。
何かの時、私は…あいつに押し倒され、唇を奪われていた。
体も…色々…触れられていた。
あのときの私には確かに余裕がなかった。
だからそんな気持ち当然ないし、ただただ気持ち悪く、そして怖かったんだ。
だからあいつの暗躍。
気付くことが出来ずに最悪な結果となってしまったルート。
間違いなく彼の扇動だ。
「…マキュベリア。おそらく北の地、あなたのテリトリーであるシベリツール。…きっといる。悪魔ザナンク。…お任せしても?」
「ふふ。当たり前じゃ。…すでに美緒に刻み込まれた。あやつの魔力反応とあの姿。…絶対に逃がしはせぬ。…我とアザースト、そしてスフィナ。…隠蔽がいるな。…すまぬがノーウイックを借りたい」
「ええ。ノーウイック、お願いできる?」
「ああ。任せろ。…けど、どうやって赴くんだ?このメンツじゃ転移できないだろ?」
「私が連れて行きます。もちろん作戦は任せることになる。本当は私とマキュベリアでけり付けたいところだけど…私は皇帝の兄であるグラリアド公爵を詰めます」
今回一番の強敵は恐らく悪魔ザナンク。
きっと彼は精神に働きかける何かを持っている。
だからこそ、ゲームマスターである私ですら解けない『隠蔽』を使えるノーウイックが必要だった。
「きっとあいつは精神への干渉、それも強力なものを持っている。スキルとかのレベルを超えるはず。…おそらく対面してしまえば惑わされる。だからノーウイックの隠蔽で姿を消しながらの意識外からの強襲。…そして一撃を加えると同時にこれを」
私はファナンレイリの力を借りて作った『絶封の魔刻石』を手渡した。
アイツら、悪魔は時を超える。
神であるリンネたちと同等の権能を持っているんだ。
きっと肉体が滅んでも精神体で逃亡を図る。
絶対に逃がさない。
「ほう?恐ろしい魔刻石じゃな。わらわでも捕らえられれば何も出来ん。…む?複合的な魔力?…美緒と…精霊王殿か」
「ええ。もしかしたら私の魔力、既に修得されている可能性があるの。だから前のルートの時、力の無かったレイリの渾身の魔力、複合させた。…たぶん対応出来ない」
今のファナンレイリはレベル227。
全ての束縛を解呪できた彼女はとんでもない力を秘めている。
さらには種族特性の聖魔力、それについては私をも凌駕するレベルだ。
「マキュベリア、あなたとあなたの眷属の力、信じます。どうか確実に捕らえてください。私は今回大将として、ゾザデットの暗部である公爵を押さえます」
「うむ。任せるといい。…なあに。奴はきっと油断しておる。問題ないぞ?」
彼女もあれからさらに力を増している。
少しよぎった以前のルートでの悍ましい情景。
きっとマキュベリアは感知できていない。
…許せない。
あの男…私の体だけじゃなく…マキュベリアにまで酷い事を…
私は天を仰ぎ、大きく息を吐きだした。
切り替えなくちゃ。
「…ランルガン、それからザッカート、サンテス」
「おう」
「ふん、待ちくたびれたぜ」
「う、うっす」
「あなた達には国境である南の門に布陣してもらいたい。おそらく私たちの動きに気づくと同時に陸路で逃亡を図る貴族連中がいる。そして数体の悪魔の眷属もそこにいるはず。…信頼しています。10名ほど連れて、一人も逃がさないでください。転移はエルノールに」
頷くエルノール。
私は視線をアルディに向ける。
「アルディ」
「うん」
「あなた…浮遊魔法、相当なレベルよね?同時に何人まで飛べる?」
「…全力で戦うのなら僕のほかに5人までかな。…傍観してもいいなら10人は問題なく浮遊の付与できるよ」
正直ゾザデット帝国に航空戦力はない。
しかしガザルト王国の手が入っている幾人かの高位の貴族。
彼等は秘密裏にいくつかの航空戦力を保有していた。
「アルディは転移門のある東から上空の警戒お願いします。戦闘開始とともに私が結界を構築します。だからすぐに突破はできないはず。…レグ、アルディの補佐、お願いできますか?それからドルンも」
私はレグとドルンに視線を向ける。
航空戦力に対し、生身の3人。
死にに行かせるようなものだ。
でも。
レグには強力な結界魔法がある。
そして何よりドルンにはいくつもの魔刻石を預けてある。
「もちろん航空戦力を落とすことが目的ではありません。事前にドレイクたちに潜入してもらいますから。…しかし抜け出すものもいるでしょう。どうか無力化を…いや、きれいごと言う状況じゃないよね…叩き落としてください」
「っ!?…良いの?今回の相手は魔物や変貌させられた異形ではないよ?普通の帝国民だ。…今の美緒のオーダー、きっと少なくない人が死ぬことになる」
正直苦渋の決断だ。
だからこそ私は今回自ら指示を出すことにしていたんだ。
痛みを知る。
それは必要なことだった。
「ええ。…逃げる時点で、後ろ暗い事があるのは明白。何より逃がしてしまう方があの国にとって悪い方向へと進んでしまう。…もう、全てを救う、そんなきれいごと言えません。残念ですが…今回のこれはまさに戦争です」
昨日聞いたミュライーナの話。
私たちが知らないだけで、この大陸では小さな戦争は後を絶たなかった。
そして付きまとう力無き民の絶望。
もう繰り返させることはしない。
「…フィム」
「っ!?…う、うん」
私は真っすぐフィムの瞳を見つめた。
その様子に緊張感が増していくフィム。
「ごめんなさい。貴女の力、貸してくれますか?」
「わ、私の力?」
「っ!?美緒?!…まさか…フィムに、戦わせるつもり?!…だめだよ?!フィムは、まだ…」
「戦わせない。監視と追跡、それを頼みたいの。…戦闘は…ナナ、そしてミネア、ミリナ。…フィムを守ってほしい。…彼女の心を」
私だってフィムに戦ってほしくない。
だけど。
ここで絶対に逃がしたくない。
何より今以上の悲劇、私は絶対に防ぎたい。
「…美緒?」
「うん?」
「わたし、戦うよ?…守られるだけは嫌。私もみんなの力になりたい」
「フィム…ありがとう…ナナ?…ごめんね…でも…」
決意を込めた瞳。
フィムから魔力が立ち昇る。
その様子にナナが大きくため息をついた。
「フィムに竜化してもらって、乗っていくってことね?…分かったよ。私が全部叩き落す。フィムに人は殺させない」
「うにゃ。任せるにゃ。ドルン、魔刻石、幾つか融通してほしいにゃ」
「…ああ」
「いざとなれば私たち天使族は飛べる。美緒殿、心配はいらない。必ず守って見せよう」
心強い仲間たち。
私は胸が熱くなるのを感じていた。
よし、後は…
大きくため息をつく私の目の前。
突然魔力があふれ出した。
そして現れる二人の男性。
私は驚愕に包まれた。
「あー、盛り上がっているところ悪いんだけど…美緒?…70点、かな」
「せやな。まあ、こんなもんちゃうん?普通に優秀やで?」
そんな私の前に現れるレギエルデとコメイ。
ええっ?!
まさか…転移?!!
「レギエルデ…あ、あなた…」
「うん?ああ、言っていなかったね。僕は君のおかげでいくつもの権能、取り戻したんだ。転移もその一つだね。…美緒?」
「う、うん」
レギエルデはふっと優しい表情をした後、悪戯そうに顔を緩めた。
そして私の頭に優しく手をのせる。
「慌てないで?確かに今の美緒の指示、間違いではない。でもね、もっと君は仲間を信頼した方がいい。アルディ?そもそも君、一人で充分でしょ?」
「っ!?…まあ、ね」
「えっ?…嘘…」
航空戦力に対してアルディ1人?
それって…
「それからレグ?君も一人で充分だろうに。美緒、これで2方向は問題ないよね?」
「で、でも…敵の強さが分からない状況だよ?もしも、想定より強かったら…」
「美緒」
「っ!?は、はい」
「信じて?大丈夫。君が思うよりも君の仲間はとっても強いんだ。それから君はもう忘れたのかい?あの異常な装備品の数々。君は味方の戦力を過小評価しすぎだよ?それからね…」
私はごくりとつばを飲み込む。
その様子に何故かコメイはあきれた顔で口を開いた。
「せや。大体から敵さんが強いのなら…とっくにこの帝国滅びとるわ。心配いらん。正直今回の敵で厄介なのはザナンクだけや。美緒はそこに行ったり。後のことはわしらに任せい」
「えっ?で、でも…」
言葉とは裏腹に、私は今安堵の感情に支配されていた。
やっぱりレギエルデとコメイ。
私より数段上にいるんだ。
「あー、勘違いしないでほしいんやけどな…ワシらが美緒より優れているわけじゃないで?美緒は優しすぎるんや。せやから悩む。ワシ等はな、覚悟が決まっているさかい…人を殺す覚悟や。せやからこそ、数値で計算できるんや。…美緒は、あんさんは、そないな覚悟、せんでええ。なんや、ワシらがおる」
優しい言葉。
思わずすがりたくなってしまう。
でも。
甘えるだけではダメだ。
「で、でも…いつかはきっと人を殺す時が来るよ?…わ、私…」
たまらずに私は涙を滲ませてしまう。
覚悟したはずなのに…
決めたはずなのに…
突然優しく抱きしめられる。
暖かいレルダンの腕の中。
押さえていた感情が沸き立つ。
「美緒。コメイの言う通りだ。いつかは必ず来てしまう。それは否定しない。でも今は俺たちがいる。お前は一人じゃない。…そうだろ?」
「…レル、ダン…」
思わず見つめ合う。
ああ、レルダン…スッゴク優しい瞳…
わ、私…
「コホン。美緒?…そういう事だよ?あんた一人で気張り過ぎ。…見ていてはらはらしたよ?…ザナンク、だっけ?きっとそいつ間違いなく最強よ。もちろん因縁のあるマキュベリアなら勝てるでしょう。でもね?そいつは今回のボスなの。あなたが見届けないでどうするの?」
ずっと私を見守ってくれていたリンネ。
彼女はやれやれといった感じで口を開く。
「あなたの指示、凄かったよ?レギエルデ達は70点とか言ったけど…私から見れば120点だよ?自信をもって。あなたは凄いんだから」
「リンネ…」
「コホン。あー、美緒姉さん?僕もそう思う。何より美緒姉さんの仲間たち?もうメチャクチャだよ?うん。僕から見たってすっごく強いんだ。それにもしもの時には僕だって戦うよ?だから…笑ってほしい」
顔を赤らめ恥ずかしそうにするガナロ。
そうだ。
私は何を焦っていたんだろう。
覚悟?
痛みを知る?
それはきっと私の自己満足だ。
ああ。
私は思い知る。
私の心の経験値。
まだまだ低いってことを。
何よりも私には信頼できる仲間がいる。
全てはうまく行く。
私は改めてそう気づいていたんだ。