ギルド。
それは国や民間からの依頼をクエストとして発注し、それを受注するために多くの腕に覚えがある冒険者が集まる場所。
王都にあるギルド本部ともなればクエストの数は膨大になり、それらを捌くためにたくさんの受付嬢が日々業務に勤しんでいた。
アリシア・ウェルチもまたその一人だ。
受付嬢の制服であるレディーススーツにスカートを履き、首にスカーフを巻いたアリシアはどんな時でも表情が変わらないクールさと美しさを兼ね備えていた。
ふわりとした長い後ろ髪をリボンで結び、揃えた前髪の下にある静かな瞳でどこか遠くを眺めている。
スタイルもよく、冒険者の間で圧倒的な人気を誇るアリシアだったが秘密があった。
それは――
(はあ……。面倒くさい……)
極度の面倒くさがりだった。
一見クールに見える表情はただやる気がないだけで、物憂げな表情で遠くを眺めているように見えるのは暇さえあれば壁にかけられた時計を確認しているせいだった。
(終業時刻まであと十分……。ようやく今日も仕事が終わりますね。早く家に帰ってのんびりしたい……。自炊は面倒だからまた今日もなにか買って帰りますか。なににしましょう……。やはりクイーンベーカリーのメロンパンは外せないですね)
などと考えて現実から逃避しているアリシアだったが、大きな声で呼ばれてハッとする。
「おい。アリシア。聞いてたか?」
目の前にいたのは幼なじみの冒険者、オーリーだった。
二本の剣を腰に差した金髪の青年はアイリスを見て訝しんでいた。
「……もちろん聞いてました」
「じゃあなんて言ったか言ってみろよ」
「…………仕事終わりにしようとしてたことって大抵できずに寝ちまうよな?」
「言うか。いや、分かるけど。ちげえよ。二百八番のクエストを受注するから受付してくれって言ったんだ」
「……もう締め切りの時間ですけど?」
「嘘つくな。まだあと五分はあるだろ。早くしろよ」
アリシアはやれやれと思いながらクエスト票に必要事項を記入していく。
「もっと早く受注したらよかったのでは?」
「このクエストは夜しかできないんだよ。マミー退治だからな。今から隣町まで行って、一晩中そこの墓場でマミー狩りだ。だからさっきまで寝てた」
早めに受注してから寝ればよかったのではとアリシアは眉をひそめた。
「……なんでそんな面倒なクエスト受けるんですか?」
「こういう限定クエストは賞金がいいからな。つーかたまには俺にも割の良いクエスト回してくれよ」
「だったらパーティー組んでランクを上げてください」
高難易度なクエストはパーティーが受注することがほとんどだ。実績を積めば高報酬のクエストも受注することができるが、オーリーはソロなので無縁だった。
オーリーは頭の後ろを掻いた。
「誰かと組むのって性に合わねえんだよな……。まあいいや。ほら。はんこはんこ」
オーリーに急かされ、アリシアは嘆息してから受注の判子をクエスト票に押した。
オーリーはそれを受け取るとニッと笑って右手を挙げた。
「じゃあ行ってくるわ」
「……いってらっしゃいませ。どうかご無事で」
アリシアは受付嬢の決まり文句を言ってお辞儀をした。
オーリーがアリシアに背を向けひらひらと手を振ってギルドから出て行くと終業の鐘が鳴った。
それを聞いてアリシアはふーっと息を吐く。
(……ようやく今日も一日が終わりました。まあまだ締めの作業が残ってますが……)
すると近くで業務をしていた同僚のモニカがニコニコしながらやって来た。
ふわふわとしたパーマがかかった髪にいつも笑顔のモニカもまたアリシアほどではないが冒険者達から人気があった。
「アリシアさーん♪ お仕事終わったらごはん行きませんかぁ?」
「行きません」
モニカは残念そうにした。
「ええー。せっかく有名パーティーの皆さんとお食事会なのにぃ。みんなアリシアさんのこと連れてきてってうるさいんですよぉ」
(それってただの合コンなのでは? そんなの面倒くさすぎる……。せっかく仕事が終わったばかりだというのに)
「生憎用事があるので」
「え? まさかもう他の殿方と?」
「ええ。予定が入ってます」
(嘘ですけど)
モニカはあからさまに悲しんでいた。
「やっぱりアリシアさんってモテるんですね……。わたしも早く彼氏作らないと……」
「そうしてください」
(恋人ができれば私を誘うこともないでしょうし)
話している間も締めの作業を終えたアリシアはまとめた資料をテーブルにとんとんと叩いて揃えるとそれを抱えて立ち上がった。
「ではこれで」
「あ、はい……」
モニカはそつなく仕事をこなしたアリシアに圧倒されているが、その実早く終わらせて帰りたいだけだった。
こうして本日の業務は終わった。