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第7話

 翌日の朝。

 王都に帰ったアリシアはいつも通り自室のベッドで眠そうに寝返りを打った。

 起きないといけないギリギリの時間までニャルバトロスの肉球をいじくったのちに嫌々ベッドに腰掛け、嘆息した。

「はあ……。どうにかしてあと二時間ほど一日が延びないでしょうか……。そしたらもう少し眠れるのに……」

 だがどれだけ嘆こうと星の自転速度は変わらず、アリシアは立ち上がってパジャマを脱いだ。

 いつも通り朝の支度を終え、いつも通りギルドに向かうといつも通りの一日が始まろうとしていた。

 アリシアは始業前にこっそりとクエスト票の受注者をコリンからオーリーへと書き換えた。これでミスは誰にもバレない。

 アリシアが安堵の息を吐くと後ろからセシルがやってきた。

「おはよう。昨日は大丈夫だった?」

 アリシアはドキリとした。

「え? な、なんのことでしょう……」

「あれ? 体調不良なんじゃなかったの?」

 アリシアはそう言い訳したことを思い出してホッとした。

「……はい。問題ありません」

「そう。よかった。じゃあ今日もがんばってね」

(あまりがんばりたくはないですが)

「……はい」

 セシルが笑顔で去るとアリシアは資料の整理を始めた。するとしばらくして涙目のモニカがやって来た。

「アリシアさ~ん。またフラれちゃいました~」

「あなたも懲りないですね」

「うわ~ん。どうしたらアリシアさんみたいに彼氏ができるんですか?」

(そう言えばそういう設定でしたね。恋人なんていても面倒なだけなのに)

「……内緒です」

 アリシアは言い訳するのも面倒になってはぐらかした。

 モニカは途方にくれていた。

「うう~。やっぱり尽くしすぎるのがよくないんでしょうかぁ……」

「さあ。そんなことより今日も仕事が始まりますよ。がんばって働けばどこかで誰かが見てくれるかもしれません」

(私の業務も減るかもしれませんし)

 それを聞いてさっきまで悲しんでいたモニカが気を取り直した。

「そうですよね! 分かりました! モニカ、やっりまぁ~すっ!」

 アリシアが単純な性格のモニカに呆れていると、時間となり、ギルドの扉が開いた。

 そして朝のラッシュが始まる。

 受付嬢達はいつも通り行列を捌いていった。

 アリシアは面倒そうに、だがいつもより少し慎重にクエストを発注した。

(またミスがあったら面倒ですからね。真面目に働くのもですが)

 なんとか朝の忙しい時間帯をやり過ごし、もうそろそろ昼休みになろうという時にまた新しい冒険者がアリシアのところにやってきた。

 オーリーはあくびをしながらクエスト票をカウンターに置いた。

「小切手頼むわ。あー……。ねむ……」

「こんな時間まで寝てるなんていい身分ですね」

「どこかの誰かにこき使われたからな。おかげでまだ疲れが取れてねえ」

「そうですか。どうぞ。二件分の小切手です」

 アリシアが小切手を渡すとオーリーは額面を見て喜んだ。

「お。意外とあるじゃん。いやあ、ありがてえなあ」

 オーリーは机に手を置いてニコリと笑う。

「これだけじゃなくてもっと割りの良い仕事もないですか? 受付嬢のお姉さん」

 わざとらしいオーリーにアリシアはムッとしてから答えた。

「……ちょうど今朝ブライト商会の護衛業務に空きが出たところです。大手ですから支払いも確かですし、基本は馬車に乗ってるだけなので楽だと思います」

 アリシアは他の冒険者から隠しておいたクエスト票を取りだしてオーリーに渡した。

 オーリーは内容を確認すると頷く。

「悪くはないな。じゃあこれでいいよ。あ。あとメシな。今夜仕事終わったら食いに行こうぜ。新しくできた店のステーキが美味いらしい。どう?」

 ギルドにいた誰もがアリシアは誘いを断るだろうと予想していた。

 アリシアもまた普段なら絶対にこんな誘いは受けなかった。

 だが今日だけは違った。

「……仕方ありませんね」

 アリシアが了承するとギルド内がざわついた。

「アリシアさんが誘いを受けたぞ!」

「あいつ誰だよ!? 羨ましい!」

 オーリーはニッと笑った。

「よし。決まり。じゃあまたあとでな。いっぱい食うぞー」

 嬉しそうにしながらギルドから去っていくオーリーの背中を見てアリシアはやれやれと嘆息した。

 すると近くにいたモニカが驚いて飛んでくる。

「行くんですか!? あ! もしかしてアリシアさんが言ってた殿方って!」

 他の受付嬢達も興味津々だった。

 一々言い訳するのも説明するのも面倒だったアリシアは静かに告げた。

「内緒です」

 そのあとセシルに軽く注意されたが、ソロの冒険者であるオーリーとなら食事も許されることになった。

 アリシアは「いっそ禁止してくれたらよかったのですが……」と呟くと、セシルは不思議そうにしていた。

「彼氏じゃないの?」

 アリシアはムッとして言い返した。

「違います」

 どこか恥ずかしそうにするアリシアにセシルは苦笑した。

「アリシアは面倒くさいね」


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