20XX年。世界中には魔物が出現し、人間は魔物退治に追われるようになった。
年代的にはまったくもって世紀末ではないが、地球は世紀末のような有り様になってしまった。
そんな中で俺たちが何をしているのかというと。
『なに言うとんねん。もうやめさせてもらうわ』
『どうもありがとうございました』
魔物飛び交う空のもと、漫才をしていた。
ステージ裏に戻った相方、本山ダイが額の汗を拭った。
「よし。漫才も終わったし、早く僕たちも避難しよう」
「待てよ。ネタはまだまだあるだろ」
「いや、だって、僕たちの出番はもう終わったし」
「よく見てみろ。他のコンビは早々に避難してる。ってことは、避難したコンビの分の時間が余ってるってことだ」
俺はニヤリと笑うと、ダイの肩を叩いた。
「その時間を俺たちが乗っ取って、いっぱい漫才を披露しようぜ」
「いやいや、他のコンビが避難してるのは危険だからだよ!? 僕たちも避難しないと危険だって」
まったくダイは何を言っているのだろう。
お笑い芸人が常識的な行動を取って、何が面白いというのだ。
それにこれは、俺たちに舞い降りた、またとないチャンスなのだ。
「今このステージの上空では、ヒーローたちが魔物と戦ってる。ってことは、当然テレビカメラもその様子を中継してるわけだ。上手くいけば俺たちの漫才がカメラに映るかもしれないぞ」
「……それ、リスクとリターンが見合ってなくない?」
「いいから行くぞ! コンビは一蓮托生だ!」
「ええー。僕は避難したいのに」
不満そうなダイを引っ張って再びステージ上に立つ。
ほとんどの客が避難をしていて、残っているのはほんの数人だけだ。
俺が言えたことではないが、こんな危険な状況で残っている客も客だ。
毎日魔物が町を荒らしているから、そのことに慣れてしまったのかもしれない。
日本人が震度三くらいの地震では大騒ぎしなくなったように、人間はどんなものにも順応する。
それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが。
とにかく、観客はいる。俺たちを撮っているわけではないがテレビカメラもある。
この状況で漫才をしない人は、芸人を名乗らない方が良い。
『はい、どーもー。再び参上、爆ウケダイナマイツです! こっちが佐藤ウケルでー』
『こっちが本山ダイです』
嫌そうにしていたものの、センターマイクの前に立つと不満な表情を消すダイはさすがだ。相方に選んでよかった。
『最近は魔物が多くてかなわんなあ』
『一般人はなかなか魔物を倒せないのが厄介だよね。僕にも今戦ってるヒーローたちみたいな特殊能力があったらいいのに』
『ヒーローは、強い感情が特殊能力として発現する特異体質やからなあ。喫茶店のマスターみたいに簡単になれるもんやあらへん』
『喫茶店のマスターだって簡単になれるものじゃないよ。コーヒーが飲めないと』
『条件ゆっる! って、そんなことはどうでもええねん。俺、ヒーローになりたいから、今ここでやってもええ?』
『じゃあ僕は喫茶店のマスターをやるね』
ちらりとヒーローたちの戦闘を中継しているテレビカメラを見る。
カメラは上空で戦うヒーローばかりを撮影していて、レンズが地上に向いていない。
今回の魔物が飛行タイプなのは運が無かった。地上を走るタイプの魔物だったら、もっと下の方を映していただろうに。
ちょうどあんなかんじに地上を走る魔物だったら……。
『カランコロンカラ……あっかーーーんっ!?』
『えっ!? どうしたんですか、お客さん』
『あ!? あ、ああ。喫茶店に入ったら喫茶店やったから驚いただけや!』
『何に驚いてるんですか!? こっちがビックリですよ!』
目を擦ってみたが、何度擦ってもずっと見える。俺の見間違いではない。
観客席の向こうから、魔物が走ってきている!
『ご注文はどうしますか』
『缶コーヒーで』
『喫茶店で缶コーヒーを頼まないでください!』
混乱する頭で漫才をしているせいで、ツッコミのはずの俺がボケになってしまっている。
ダイが上手いことフォローをしてくれているおかげで助かったが、隣を見るとダイの目にも焦りの色が浮かんでいる。
きっとダイも観客席の後ろにいる魔物に気付いたのだ。
しかし観客たちは後方にいる魔物に気付いていないらしく、俺たちの漫才を見ている。それもやや退屈そうに。
『では当店自慢のブレンドコーヒーでよろしいですか?』
『それでええわ。それひとつ』
『ご一緒にポテトはいかがですか。ハッピーセットにも出来ますよ。今ならスマイルゼロ円です』
『なんでやねーん!』
俺の渾身のツッコミは、数秒間の静寂となって返ってきた。
身体中の熱が顔に集まるのを感じる。
羞恥で崩れ落ちそうになる身体を、センターマイクを持つことで支える。
スベった! 恥ずかしい! 悔しい!
魔物飛び交う空のもと他の芸人の分の時間を使ってまで披露したネタでスベったなんて、情けなさすぎる!
うわーーーっ! 穴があったら入りたい!
その瞬間、俺の持つセンターマイクから激しい光線が発射された。
発射された光は放物線を描いて、観客席の後ろにいた魔物にクリーンヒットした。
光線を浴びた魔物が雄叫びを上げながら霧散する。
「……え? 今のって、ヒーローの特殊能力……?」