「ウケル、また取材の依頼だって」
「お笑い関係?」
「ううん、ヒーロー関係」
望んでいない仕事ばかりが舞い込む現状に、大きな溜息を吐いた。
あの日、俺が魔物を倒したところはバッチリカメラに撮影されていたらしい。
漫才はちっとも映してくれないのに、魔物を倒す瞬間は撮影するなんて、なんと優秀な取材クルーなのだろう。
「ウケルは嫌がってるけど、こういう依頼が来るのは仕方がないと思うよ。だってヒーローって貴重な存在だからさ」
「お笑い芸人だって貴重な存在だよ」
「そりゃあ職業に上とか下はないとは思うけど、こんな世の中だし……結局、特殊能力が発動した理由はまだ分からないの?」
「……俺じゃなくてあのセンターマイクの方に仕掛けがあったんじゃないのか? ドッキリだったとか」
俺の言葉にダイが首を横に振った。
「ウケルの映像を見たヒーロー専門家が、あれは絶対にヒーローの特殊能力だって言い切ってたよ」
「誰だよ、ヒーロー専門家って」
自身の手を見る。いつもと変わらないただの右手だ。とても光線を発射できるとは思えない。
「……あんなこと、起こらなかったら良かったのに」
「でも話題になったおかげで、僕たちの漫才を観に来てくれる人も増えたでしょ」
「それはそうだけど。俺たちがSNSで何て言われてるのか知ってるか!?」
一躍時の人になった俺たちの過去の漫才はSNSで拡散された。
その結果、俺たちに対する評価は散々だった。
『お笑いの才能は無い。大人しくヒーローになった方が良い』『全部のネタがつまらない。毎回スベってる』『お笑いセンス皆無。コンビ名からしてセンスが無い』『佐藤ウケルって東京出身だろ。エセ関西弁使うなよ』
SNSにはそんな最低な評価が並ぶようになった。
「ヒーローの特殊能力って強い感情に反応して発現するんだよね? 本当は分かってるんじゃないの、あのときどうして特殊能力に目覚めたのか」
ダイが真剣な顔で俺の目を覗き込んできた。
中学の頃からずっと一緒にいるダイに隠しごとをすることは難しいようだ。
「……から」
「え?」
「スベったからだよ!!」
俺はヤケになって怒鳴った。
あのとき俺はスベったことが恥ずかしくて悔しくて情けなくて、心の中でうわーっ!と叫んでいた。
そしてふと気が付いたら、魔物を倒していたのだ。
大きな感情があったというのなら、間違いなくスベったことで発生したあの感情だろう。
「あの条件でスベったら誰でもああなるって……はあ」
「ふむふむ。スベったことで生じる感情が必要なのか。なるほど」
俺の発言を聞いたダイは、一人で納得していた。
「それなら、これまで通り漫才をすれば、また能力が発動するね」
「…………は?」
「一度特殊能力が発現したら、それ以降は初回よりも簡単に能力が出現できるんだって」
「でもスベらないといけないんだぞ? そうそう能力は出ないって」
「それなら大丈夫。だって僕たちっていつもスベってるもん。いつも通り漫才をすれば、世界を救えるってことだよ」
ダイが嬉しそうな顔でそう言った。
いや、なんで?
「これからもスベれってことか!? 嫌に決まってるだろ。ダイはもっと面白くなって、今俺たちを馬鹿にしてるやつら」見返してやる!って思わないのか!?」
俺が熱い想いをぶつけると、ダイは困ったような顔をした。
「うーん、あんまり思わないかも。僕はウケルほどお笑いに強い想いは無いもん。みんなを笑顔にする職業があるって誘われたから相方になっただけだよ」
わあ、上昇志向ゼロ発言。
「だ、だけど、それにしたって、面白くならないと観客を笑顔には出来ないだろ!?」
「ヒーローとして魔物を倒すのって、みんなの笑顔を守ることだと思うんだ」
そういう言い方をするなら、確かにヒーローはみんなの笑顔を守る職業かもしれない。
だけど! 俺は、俺の面白さで、みんなを笑わせたいんだ!
「俺は、俺は!」
「まあまあ、ウケル。そんなに難しく考えなくていいと思うよ。僕たちはいつも通り漫才をすればいいだけだよ」
「それだと特殊能力は出ないぞ。ヒーローのことは忘れて、これまで通りでいいのか?」
「いつも通りやれば絶対にスベるから、ヒーローとしても活躍できると思うよ」
ニコニコしながらとんでもないことを言うダイの身体を揺さ振った。
「絶対にスベるって何だよ!? もっと面白いことを考えてやろうって気持ちにはならないのか!?」
「面白いことって言われても、ネタを考えるのはウケルだしなあ。それにコンビを組むとき、ウケルが言ったんだよ。ウケルがネタを考えるから僕は台本を読むだけで良いって」
「それは、言ったけどさあ。もっと一緒に面白くなろうって思えよ!?」
「僕はウケルに誘われるまで芸人になろうなんて考えてなかったから、面白いネタを考えた経験なんて無いんだよ。でも僕なりに頑張ってはいるよ。いろんな芸人のネタを見て、面白い喋り方とか、抑揚の付け方とかを勉強してる」
確かにお笑いについて何も知らないに等しいダイを芸人の道に引きずり込んだのは俺だ。
だから芸人になってからお笑いを勉強し始めたダイに、ネタを考えろと言うのは酷かもしれない。
ダイは別にサボっているわけではない。ダイはダイで自分に出来る努力をしてくれているのだ。
「僕ってもしかしてウケルの足を引っ張ってる? ウケルが相方を変えたいなら、従うよ?」
「いやだ! 相方はダイがいい!」
俺は、芸人に少しの未練も感じてなさそうなダイの腕にしがみついた。
俺はダイとコンビで面白くなりたいのだ。
大体、一緒に芸人をやろうと誘って、話に乗ってくれる友人はダイの他にいない。
友人ではなく同じく芸人を目指す相手、例えば芸人養成所に通っているような人とコンビを組む選択肢もあるが、そんな相手と組んだら喧嘩をすることが目に見えている。
お笑いに対する強い想いがぶつかり合ってしまうからだ。
「じゃあ絶対に面白い台本を書いてくるから、待っててくれよ」
「面白い台本だと特殊能力が発動しないんでしょ? みんながウケルに期待してるのは、ウケルがスベることだよ」
スベリ芸をやっているわけでもないのに、スベることを期待される芸人って何だよ。
そんな期待は、全然まったく少しも嬉しくない。
ああもう、と頭をかく。
「なんでだよ! なんでお笑いに対する熱い感情じゃなくて、スベったときの負の感情で能力が発動するんだよ!?」
「そんなことを僕に言われても」
みんなが俺に期待しているのは、俺がスベって、魔物を倒すこと。それは分かっている。
だけど俺は、芸人として面白いネタを披露して笑いを取りたいんだ!
「たとえみんなに期待されてるのがスベることだとしても、俺は面白くなりたい。観客を笑わせたい。だから芸人になったんだ!」
両親が死んで、良いことなんか一つも無いと世界を恨んでいた俺に、笑い方を思い出させてくれたあの人みたいになりたい。
この世界は時に厳しく時に残酷だが、人間にはそれを笑い飛ばす力があると教えてくれたあの人と同じ舞台に立ちたい。
俺もあの人のように、過去の俺みたいな濁った目をした人たちを笑顔にしたい。