「そうは言っても、実際問題、面白いネタが書けないんだよね?」
「……俺は面白いと思ってたんだけどな」
そう、結局ぶち当たるのはこの問題。
そもそも面白いネタが書けないのなら、面白くなるべきかスベるべきかを悩むことすら出来ないのだ。
「どうすれば面白いネタが書けると思う?」
「うーん……笑える面白さかは分からないけど、みんなが知らない話をしたら興味深くはあるんじゃないかな。話を聞こうって気にはなると思う」
「なるほど?」
確かに自分の知らない世界の話は興味深い。
笑えるかどうかはさておき、漫才を観ようと思うフックにはなるかもしれない。
「だけどみんなが知らない話かあ。難しいな」
「難しくないでしょ。今のウケルなら、みんなの知らないことが出来るはずだよ」
ダイが意味ありげにウインクをした。
「今の俺に……そうか、魔物退治か!」
「そう、それ!」
魔物退治をしたことのある一般人はそうそういない。魔物退治はヒーローに任せることが推奨されているからだ。
そしてヒーローはヒーローとしてのみ活動していて、お笑い芸人と兼業をしている人は、俺の知る限りいない。
つまり実際にヒーロー活動をしている芸人が魔物退治に関するネタを披露したら、話題性は十分だ。
「ヒーローって自分で名乗れば勝手にヒーローになれるんだっけ?」
「特殊能力を所持してる人がヒーロー認定委員会に行って試験をクリアしたらヒーローを名乗れるよ。正式なヒーローは魔物を倒すことで報奨金ももらえるみたい。ヒーローになってからは、ヒーロー事務所に所属する人が多いけど、フリーでヒーローをやってる人もいるらしいよ」
「やけに詳しいな?」
「この前の一件から調べたんだよ。今までは遠い存在だと思ってたヒーローが近くにいたんだもん。しかも能力の発動には僕もセットで必要だなんて嬉しいじゃん。ほら、男の子なら一度はヒーローに憧れるものでしょ」
なんだかダイが芸人よりもヒーローになる方に気持ちが傾いている気がしないでもないが、まあいいか。
漫才をしないことには特殊能力が発動しないから、どっちにしろ漫才をする運命だ。
……って、ステージ以外で漫才をするとなるとセンターマイクが必要だ。
しかも特殊能力の発動にもセンターマイクが必須っぽい。センターマイクはいくらくらいするのだろう。
「いつも漫才で使うのはステージに設置されてるマイクだもんなあ。個人でわざわざ買うのは嫌だな。貧乏だし」
「自分のセンターマイク、あるよ」
「なんで!?」
まさかダイがセンターマイクを所持しているとは思わなかった。どんなタイミングで買うんだよ、あれ。
「ファンがくれたんだよ」
「だからなんで!?」
ファンがセンターマイクをくれるのは、ますます意味が分からない。
混乱する俺に、ダイが楽しそうに理由を教えてくれた。
「自分のプレゼントしたセンターマイクを使って魔物を倒してほしいんだって。『ファンになりました。ヒーロー活動を応援してます』って手紙ももらったよ」
「芸人じゃなくてヒーローとして応援してるのかよ」
「まあまあ。どっちにしろ僕たちのファンなんだから、大切にしようよ」
確かに。最初はヒーローとしてのファンだったが、漫才を観て芸人としての俺たちのファンになる可能性もある。
俺たちに対して好感を持っている状態で漫才を観ることで、面白く感じやすくなるかもしれない。
それを思うと、ヒーローとしての俺たちから入るファンも悪くない。
今だって俺たちの漫才からファンになる人もいれば、ダイの顔面と人柄からファンになる人もいる。
何ならダイの顔面ファンが俺たちのファン層の多くを占めていると言っても、過言ではない。
「ダイはいつも出待ちのファンにファンレター渡されてるもんな。センターマイクもそのときに渡されたのか?」
そんな人物には気付かなかったが、センターマイクを持って出待ちをしているファンがいたのだろうか。
ものすごく不審者っぽい。
「ウケルがネタを考えてる間に何もしないのは悪いから、僕は多めにバイトをしてるでしょ?」
「ああ。小道具代を出してくれていつもすごく助かってる」
俺がネタを考えて、ダイが小道具代を稼ぐ。このスタンスで俺たちは芸人をやっている。
俺たちは漫才をすることが多いが、コントをすることもあるからだ。
その場合のカツラやスカートは主にダイのアルバイト代で購入をしている。
それに漫才でもたまに小道具を使っている。
もちろん俺もアルバイトはしているが、生活費としてもギリギリの稼ぎしかないのだ。
芸人の収入だけでやっていければいいのだが、如何せん知名度の無い俺たちは、会場までの交通費を貰える程度。まるで子どもの小遣いだ。
魔物を退治したあの一件以降はそこそこの金額で漫才依頼が入るようになったものの、すぐにその依頼は無くなった。
代わりに魔物退治についてのトークショーや対談依頼ばかりが来るようになってしまった。
理由は、俺たちの漫才がつまらないからだろう。
……って、違う! みんなのお笑いセンスが悪いだけだ! 俺たちは面白いのに!
「あれ? ダイのバイトがセンターマイクと何か関係あるのか?」
「うん。僕、せっかくだからバイトをするときに時間と場所を告知してるんだ。そうするとファンの子たちがバイト先に遊びに来てくれるんだよ。で、休憩時間にお喋りをするの。ファンサービスの一環で」
「そんなことしてたのかよ!? 店に迷惑かけるとバイトをクビになるぞ」
SNSの『爆ウケダイナマイツ』アカウントはダイに任せきりだったのだが、そんなことをしていたとは知らなかった。
「今まではわざわざ来るようなアンチがいなかったし、そもそも知名度が無いに等しかったから、来ても一人か二人だったんだよね。でもこれからは気を付けるよ。有名になっちゃったから」
「そうしてくれ。ヒーロー関連で過激なアンチがついた可能性もあるしな」
ヒーローの到着が遅かったから怪我をした、と理不尽な恨みをヒーローに向ける一般人の話もよく聞く。
そういった人に粘着されると危険が伴う。
今までと同じように売れない芸人としての振る舞いを続けることは危険だ。
「今後はもっと注意するとして。魔物を倒したあの一件のあとに、バイト先にセンターマイクを持って来てくれた子がいたんだよ」
変わったファンもいたものだ。
アイドルに自作の衣装を着てほしいと願うオタクもいるらしいから、そういう類のファンだったのかもしれない。
「とにかく、センターマイクは手元にあるんだ。魔物が出た場所にセンターマイクを持って行って漫才をしたら、すぐに魔物退治が出来るよ!」
「魔物の前で漫才か」
かなりシュールな絵面になりそうだ。
「ダメかな?」
子犬のような目で俺のことを見るダイの肩を掴んで揺さ振った。
「最高だ! そんなことをやった芸人はこれまでにいない。絶対に面白い!」
魔物が出たら特殊能力を持っていない普通の芸人はすぐに避難をする。
だからそんな場所でする漫才は誰も観たことが無いはずだ。
そしてその経験をネタに入れ込んだら、爆笑間違いなしのネタになるはずだ!
「あっ。面白かったら特殊能力が出ないんだっけ」
「大丈夫だ。魔物の前で披露するのはいつもの漫才だから安定的にスベる……って何言わせるんだよ!」
「自分で勝手に言ったんじゃん」
だが、スベるのはあと少しの間だけだ。
すぐに俺たちは爆笑を取りまくる人気芸人になるのだから。
「俺たちは、面白くなったら魔物退治が出来なくなる期間限定ヒーローなんだ。期限が切れる前にどんどん魔物退治をして行こうぜ! まずはヒーロー認定委員会へ行ってヒーロー登録だ!」
期間限定のヒーロー芸人。うん、悪くない。テレビ番組でのキャッチフレーズに使えるはずだ。
『お次のネタは……期間限定のヒーロー芸人、爆ウケダイナマイツです!』
ほら、しっくりくる。
まだテレビに出たのは魔物退治についてのインタビューだけで、漫才を披露したことはないが、これはイケる!
「……今さらだけど、スベり続けてずっと魔物退治をしてた方が世のためにならない?」
ダイが面白くなろうとする俺に苦言を呈した。
しかしそんなことを考える必要は無い。だって。
「芸人が世界のために動いてどうするんだ! 芸人は自分だけがのし上がろうとする生き物だぞ! レッツ自己中!」
「うわあ。ヒーローらしからぬ発言だ」
「当然だろ。俺たちは期間限定ヒーローで、本職はお笑い芸人だからな!」