レイミーに連れられ、俺は二回の部屋へと案内される。そこはレイバンの部屋だ。
「レイバン。少し良いかしら」
レイミーがノックして声をかけるが、中から返事はない。
「大事なお話があるから入るわね」
そう言ってレイミーが扉を開いた。カーテンが閉められているせいか部屋の中は薄暗いが、まあ視界がきかない程ではない。ぼろいカーテンなので、遮光がキチンと出来ていないためだ。まあ俺は真っ暗やみでも問題なく見通せるが。
レイミーの背後から中の様子を伺うと、壁際にあるベッドの上の毛布が膨らんでいるのが見えた。レイバンは、毛布をかぶる典型的な引きこもりスタイルの様だ。べたって奴である。
「失礼いたします」
レイミーが室内に入ったので、一声かけてから俺もそれに続いた。その時、一瞬毛布が揺れる。おそらく、知らない人間が一緒で驚いてしまったんだろう。
「紹介するわね。彼はこれからコーガス家の為に働いてくれるタケル・ユーシャーさんよ」
「タケ……ル?」
それまで無言だったレイバンが、俺の名前に反応を示した。初対面なので、当然彼が俺の事を知っている訳もない。おそらく勇者と同じ名前に反応したんだろう。
普通、勇者ならあやかって名前を付けられまくってそうなものだが、変わった名前である事と、既に百年も経っている事から、この名前を付けている人間はもはや珍しいレベルとなっている。
「初めまして、レイバン様。本日よりコーガス家に仕える事になった執事、タケル・ユーシャーと申します。以後お見知りおきを」
「……」
返事は貰えない引きこもりが初対面の相手と満足なコミュニケーションを取れ訳もないので、まあこれは仕方ない事だ。まあ精神的な物だし、俺もすぐにどうこうできるとは思っていないから、気長にやっていくとしよう。
「あのね、レイバン……実はユーシャーさんの曾祖父様から多額の支援があってね。それでね、新しい屋敷を購入してそっちに移ろうって話になってるの。ここは古くて色々と不便だから」
レイミーの言葉に、レイバンが被っていた毛布から頭を出した。姉に似た、優しそうな顔立ちの少年だ。
「い……いやだ!外になんか出たくない!!」
余程外に出たくないのだろう。彼は激しい拒絶の反応を見せる。
「レイバン様、ご安心を」
そんな彼に、俺は鎮静効果のあるスキルを声に乗せて語り掛けた。
――スキル【ウィスパーヴォイス】。
魔界での戦いは、チート能力持ちの俺ですら一人で戦い抜くには余りにも過酷過ぎた。そのため大魔王との戦いには、他の魔族達と手を組んで挑もうとした訳だが……
絶対強者の暴君相手に、異種族と手を組んで抗おうという魔族はいない。それは魔族と人間を置き換えても変わらないだろう。まあ当たり前の話だよな。だが俺は諦めずに根気よく話し合い、信頼を勝ち取って反大魔王軍を結成する事に成功している。
その際、興奮して話を聞こうともしない相手に、俺の話を聞かせるために編み出したのがこのスキルだ。
「……」
俺のスキルの効果で、興奮気味だったレイバンが一瞬で落ち着きを取り戻し、慌てて毛布を被りなおした。
「私ならば……一歩も動いて頂く事無く、新居までレイバン様をお連れする事が出来ますので」
落ち着きはしたが、スキルはそのまま継続しておく。一応。
「どうやって……どうやって、そんな真似……」
「私は転移魔法が扱えます。なのでこの部屋から、新居の部屋までレイバン様を一瞬で送らせて頂きます」
「「転移魔法!?」」
レイミーとレイバンが驚いて声を上げる。
「タケルさんは、転移魔法を扱えるんですか?」
「はい」
「大魔導士レベルになると、転移魔法も扱えるんですね」
レイミーが感心した様に言う。
だが実際は、大魔導士レベルで転移魔法を扱うのはまず無理だ。そのレベルの魔法になると、最低でも大魔導士の上である賢者クラスの実力が必要である。
因みに、賢者レベルの魔法使いは国に一人いるかどうかって感じだ。
「普通は難しいかと。私の魔法は特殊で、空間関係に特化しておりますので可能なのです」
「そうなんですね」
ちゃんと普通は無理で、俺が例外なのだと言っておく。力を隠すためとは言え、仕える主に変な勘違いを持たせる訳にも行かないからな。
「ですので……引っ越しの際は私にお任せ頂ければ、レイバン様を不快な気分にさせない事をお約束します」
「本当に……出来るの?」
「はい。お任せ下さい」
「それなら……別にいいよ……」
「ありがとうございます」
許可を得たので、これで問題なく引っ越しを執り行う事が出来る。理想は自分の足で部屋を出て貰う事なのだが、改善への取り組みは、状況がある程度落ち着いてからでいいだろう。
環境が良い方向へと変わっていけば、それが実感できれば、おのずとレイバンにいい影響を与える様になる筈である。