目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第21話 狙った獲物は

「安くしとくよ」


「お、そいつはありがたい。助かるよ」


コーガス侯爵家への食料品や、日用雑貨の買い出しの仕事をしているルートという男が、本日納品分の肉を行きつけの店で購入する。


「まいどあり」


彼は肉を受け取って代金を支払い、そのまま次の店へと向かう。


「……」


去って行く彼の後ろ姿を、肉屋のおやじがうすら笑いを浮かべて見送っていた。それは商売用の愛想笑いではなく、心中に醜悪な物を含んだ笑顔。


「さて、それじゃあ」


まだ早い時間帯だったが、店主が店じまいに取りかかる。彼は店内をささっと片付け、そして扉を閉じようとした所で――


「うわっと」


――ギリギリ飛び込んで来た闖入者ちんにゅうしゃに驚きの声を上げる。


「おおおお……アンタか。びっくりするじゃねぇか」


闖入者の正体は、ほんの数十分前にこの肉屋で買い物をしたルートだった。入って来たのが常連であるルートである事に気付き、店主は冷や汗をたらしながらも安どの言葉を吐き出す。


「随分と早い店じまいだな?」


「今日は売れ行きが良くてな。品切れしたから早めに締める事にしたんだよ」


「へぇ……そうなのか?」


ルートが無表情のまま店内に入りこみ、そして後ろ手で引き戸の扉を閉める。

その様子に、額に汗を浮かべながら店主が後ずさった。


「丁度良かった」


「……」


「一つ聞きたい事があるんだが……お前は誰だ?」


真っすぐ店主を見つめて放たれたルートの質問。だがそれに答える事無く、肉屋の親父は腰元に潜ませていたピック状の凶器を手に取り――


「はぁっ!」


――弾かれた様な勢いの動き、で彼の首元を狙う。


その動きには一切の、殺す事への迷いがない。その目にもとまらぬ早業から、彼がただの肉屋の店主ではなく、手練れの者である事は明白だった。普通に考えれば、ただの小間使いであるルートではなすすべのない攻撃。


だが――


「――っ!?」


――その凶器の先端を、ルートは顔色一つ変えず、人差し指と親指で摘まむ様に止めてしまう。その現実離れした相手の動きと結果に、肉屋の親父は目を見開き口を間抜けに開く。


「悪いけど……お前さんの腕程度じゃ、俺に掠り傷一つ付ける事は出来ないぞ」


「くっ……」


ルートの言葉の通り、自分では絶対に敵わない。そう一瞬で判断した肉屋の親父は迷わず武器を捨て、今度は踵を返してその場から逃げ出そうとする。だが――ルートの方が早い。


「逃げるのも無理ゲーだっての」


彼は背を向けた男の延髄部分を一瞬で掴み、そのまま地面に叩きつけてしまう。


「がっ、あぁ……」


「にしても、面白いものつけてんな」


ルートは地面に押さえつけた肉屋の顔の喉元に手をやり、そこに爪を立ててから顔の皮を勢いよく剥いだ。いや、皮ではない。よく見ると、はがれた下から別の顔が――


それは肉屋の主人とは、似ても似つかない男の顔だった。どうやら男は、顔に被って人相を変えるマジックアイテムを身に着けていた様だ。


「肉屋の主人はどうした?」


「ぐ……何故、分かった?」


「別人だと分かった理由は三つ。一つは臭いだ。毎日肉を扱ってる様な奴は、肉や血の匂いが体に染みついてるもんだ。俺は鼻が良いから、それを嗅ぎ分けられるんだよ」


質問に質問で返す謎の男。自分の質問を無視されたルートだが、その事は気にしていないかの様に相手の質問に答えた。


「二つ目は立ち居振る舞い。ただの肉屋の親父が、あんな隙のない動きをする訳ないからな。素人は騙せても、俺は騙せないぜ」


ルートは男の首元を掴んだだまま、相手の体を引き上げ立たせて自分方に向ける。


「で、三つめは魔力だ。俺は魔力の流れを見る事が出来てな。だからお前の顔に、マジックアイテムが嵌まっているのは一目瞭然だったぞ」


「……」


「言っとくけど、あの毒入りの肉はもちろん処分済みだぜ。まあ、仮に肉屋の異変に気付かなかったとしても届ける事は無かったがな。コーガス侯爵家に届ける物は全て、いつも事前に魔法でチェックを入れている」


男の狙いはコーガス侯爵家を狙った毒殺だった。ルートはそれを阻止した事を告げる。まあ彼がこの場に現れた時点で、相手も気づいてはいただろうが。


「ああ、助けは期待するなよ。俺の後を付けてた二人は先に確保済みだからな。そいつらと合わせて、お前らには色々と聞かせて貰う」


「くそっ……」


男が歯を食いしばる。次の瞬間その体がビクンとはね――


「服毒自殺はさせねぇよ」


――だがルートの魔法によって一瞬で痙攣が収まってしまう。


「そんな馬鹿な……」


口内に仕込んでいた毒を、ルートは一瞬で解毒してしまった。その事実に男は目を剥き、驚愕の声を漏らす。


「一つ良い事を教えてやる。勇者ってのはな――」


『狙った獲物は絶対逃がさないんだよ』


――ルートは男に顔を近付け、そう告げる。


大魔王すら逃げられない。それが勇者に狙われた物の末路。たかが暗殺者如きが逃げ切れる訳もない。


死による逃避という選択が消えた今、男の心は容易く折れる事だろう。実際、ルートは捕らえた男達を拷問し、あっさりその情報を引き出す事に成功する。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?