――コーガス侯爵家の没落は仕組まれた物だった。
エンデル17世は今年42歳。その腹心と言えるセルイトは40歳だ。30年前コーガス侯爵家没落時、彼らは12歳と10歳である。当然その企みに二人は関わっておらず、セルイトに至っては世間で見聞きできる以上の情報を持っていなかった。
だが国王エンデル17世――当時の王太子には、その時点である程度の情報網があった。そのため、彼は事の顛末を知っているのだ。
コーガス侯爵家は清廉潔白かつ優れた歴代当主による治世により、国民からの評判が非常に高かった。さらに世界を救った勇者まで輩出している家門であったため、当時の名声は王家を凌ぐ程だったと言われている。
全てを兼ね備えた完璧な家門。そんなコーガス侯爵家を、貴族や王家がどう思っていたかは言うまでもないだろう。
嫉妬を抱き。逆恨みし。何とかコーガス侯爵家の足を掬ってやろうと、虎視眈々と狙い続ける貴族達。その中には王家すら含まれていた。
しかしコーガス侯爵家は完璧な一族であったため、付け入る隙がまるで無かった。
――だが、そんなコーガス家にどうしようもない愚か者が生まれる。
ハミゲル・コーガス。彼は次代を約束された嫡子だったにもかかわらず、その人格には大きな難があり、やりたい放題の問題児だった。そんなハミゲルの存在に、コーガス侯爵家の足を引っ張る事を企んでいた者達は歓喜する。彼らはハミゲルが違法な薬物に手を出すよう誘導し、更にあの手この手で唆してその流通にも一枚かませた。
ここまでくればもう思いのままである。なにせ王家まで噛んでいる罠だ。ハミゲルに流通の責任全てを押し付け、大問題とする事は容易かった。
――こうしてコーガス侯爵家は、一人の愚か者の為に没落する事となる。
「ふ……まあタケル・コーガスの功績を考えれば、もう一度小さな恩赦を与えても罰は当たらないだろう」
「はぁ、まあ確かに……」
エンデル17世は30年前の物が恩赦でも何でもなく、寧ろ真逆である事を知っている身だ。だからその罪滅ぼしとして、もっともらしい理由を付けてコーガス侯爵家を支援する。
――という訳ではない。
国王の感覚からすれば、貴族や王族が自衛するのは当たり前の事であり、罠だろうが何だろうが自衛出来なかったのならば、それはその家の落ち度でしかないのだ。だから没落したのは、純粋にコーガス侯爵家の傲慢や怠慢でしかない。
なので条件はどうであれ、それが出来なかった侯爵家に恩赦を与えた王家は、勇者から託された頼み事をちゃんと果たした。そう彼は考えている。
ならばなぜ、コーガス侯爵家の得になる行動をするのかという疑問が浮かび上がってくる。その理由は単純だ。エンデル17世の為政者としての勘である。
完全に没落しきったコーガス侯爵家の大きな動き。そこに何かあると感じ、彼は先んじて貸しを作ろうとしているのだ。それが王家のプラスに働くと考え。
「セルイト。譲渡の手配を頼む」
「は、
「それと……コーガス侯爵家への内偵も頼んだぞ」
「は」
エンデル17世の命を受け、セルイトはその場を後にする。
「さて……30年前に没落した家門をどう立て直すのか、お手並み拝見と行こうか」
いずれ今日の貸しがどのような形で帰ってくるのか楽しみだ。エンデル17世はそんな他愛ない事を考えてから、自身の政務に戻るのであった。
――コーガス侯爵家への支援は、エンデル17世にとっては他愛のない選択でしかなかった。
だが彼は知らない。この行動が、想像を遥かに超えるレベルで王家の運命に影響する事を。
もしここで無償提供を行っていなければ、王家は近い将来……