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第32話 不仲

ある報を耳にし、私は息子の元へと向かう。エンデル国王、エンデル17世の執務室へ。


「久しぶりね。元気にしていたかしら」


「母上。何か御用ですか?」


私が挨拶をしているにもかかわらず、息子は立ち上がりもしない。執務机から一瞬、こちらに視線を向けるだけ。


正直、親子仲は良好とは言い難い状態だ。寧ろ悪いと言っていい。その原因は、息子が私を毛嫌いしているためである。


だから私は息子に自身の生まれ――彼が魔人である事を伝えていない。


この子にそれを伝えれば、その性格から最悪、自身の生まれを隠すために私や他の魔人達の排除に乗り出す可能性があったからだ。だから自身の生まれを伝えず、今は敢えて放置している。


魔人である事に自分で気づかないのか?


魔王様の生み出した初代と違い、第二世代以降の魔人は儀式を通じて初めてその特性と力を得る。そのため、儀式さえ行わなければ通常の人間と全く変わらないのだ。なので誰かが伝えるか、儀式を行わない限り、自分が魔人である事に自力で気付く事はない。


「小耳にはさんだのですが……旧魔王城跡地をコーガス侯爵家へ下賜かししたと言うのは本当ですか?」


下の者からこの報を伝えられた時、私は自身の耳を疑った。魔王様の眠る聖なる地を、その魔王様を討ったにっくき勇者の血筋であるコーガスに与える。そのありえない事態に。


「ああ、その事ですか」


息子が、さもつまらなさそうに此方を見た。


「コーガス侯爵家が復興を始めた様なので、その支援です」


コーガス侯爵家がどこからか支援を受け、再興に向けて動き出していた事は私も知っている。


あそこは憎き血筋ではあったが、もはや家自体に力はない。だから再起を図った所で大した問題はないと判断し、私は気にも留めなかったのだが……


まさか息子がその支援のために、聖域を渡すなど夢にも思わなかった事だ。


「一体何のためにそんな事を?魔王討伐を加味しての恩赦なら、30年前に既に与えているはずですよ」


「コーガス侯爵家の功を考えれば、多少色を付けても罰は当たらないかと思ったので。この国の王としての判断です。それで?その事が何か問題でも?」


息子が冷たく問い返して来る。


「……」


――不都合は全くない。


魔王城一帯は、魔王様の生み出した呪いによって生命の住める環境ではなくなっている。その呪いは強烈で、しもべである我ら魔人ですらそこには長く留まれない。それどころか、足を踏み入れば呪いの影響で寿命が縮まってしまう程だ。実際、魔王様が直接生み出したとされる第一世代の魔人達は、魔王様の安否を確認するため魔王城へと赴き、その多くが短命で終わってしまっている。


そんな土地を、国が所有する価値などある筈もない。そしてそんな土地であるからこそ、誰が所有していようと、我々魔人にとっても影響はなかった。


だがどうしても、もやもやしてしまう。いやな予感と言っていいだろう。魔王様の復活が迫ったこの時期に、勇者の一族が魔王様が眠る地を手に入れる。これが果たして偶然と言えるだろうか?


もしこれが必然なのだとしたら、何が起きるか分からない。そんな思いから私は言葉を続ける。


「過去の働きからの恩賞としての支援だというのなら、もっと他の地を与えた方が良いのではないの。あんな場所を貰っても、コーガス侯爵家も困るでしょう?」


「ふ……そのコーガス侯爵家の方からの打診です。彼らの望む地を与えるのですから、何も問題ありませんよ」


「コーガス侯爵家が?」


望んだのがコーガス家だと聞かされ、悪い予感がさらに膨れ上がり、私は眉根を寄せる。


「ええ。あそこを所有する事で、コーガス家が勇者ゆかりの家門である事と存在感をアピールする為の様です」


本当にそんな浅はかな理由なのだろうか?


確かに貴族は見栄を好むが、今の没落しているコーガス家にとっては、虚栄より実利の方が優先すべき物のはず。ますます嫌な予感がしてならない。


「母上。私はこう見えても忙しい身です。話がそれだけでしたら、どうぞお引き取り下さい」


「……」


食い下がりたいが、その名分が私にはない。いっそリスクを承知で息子に自身の生まれや魔王様の事を教え、コーガス家に対する警戒を高める事も考えたが、それは止めておく。息子を納得させる明確な証拠が出せないからだ。


私が言っても儀式には参加してくれないだろうし、目の前で魔人化して見せても、乗っ取られたり入れ替わったとでも思われるのが落ちに決まっている。


はぁ……こんな事なら子供の頃からちゃんと伝えておけばよかったわ。


そうしなかったのは、子供の口が軽いからである。ふとした拍子に、その秘密を誰かに話してしまうかもしれない。それを恐れて、私は息子が成長するのを待っていたのだ。


……その結果が不仲な今なのだから、世の中儘ならないわね。


「分かりました」


結局、私はすごすごと引き下がる事を選択する。問題が明確に見えている訳ではなく、所詮は嫌な予感に過ぎない。少々ナーバスになっているだけだと自分に言い聞かせて。


とは言え、全く何もしないというのはありえない。私は秘華宮に戻り、コーガス侯爵家の動向の調査を配下へと命じた。


兎に角、今は様子見よ。

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