王都は馬車で10日程の距離にある。ただ専用の馬車を持たず、乗合馬車を使っていた3年前まではこの倍以上かかっていた様だ。
速度の差? それもあるが、一番の理由は王都に向かう直通のルートがないためだ。
王都に向かうには、乗合馬車を街々で乗り換えていく必要があった。そして往来を行き来する乗合馬車は、現代日本の電車の様に分単位で次がやって来る事はない。一日一本所か、酷ければ二日以上待たされる事なんてザラである。そのため日数が倍以上かかってしまうのだ。
「荷物は全て届けるよう手配しておきましたので、宿へ戻りましょうか」
高級店での買い物を済ませ、事前に予約しておいた高級ホテルへと向かう。
コーガス侯爵家一行は、各町に寄る度に豪遊する予定だ。まあ豪遊とは言っても、高い宿に泊まったり、高級店で買い物する程度ではあるが。
因みに、これは只の浪費ではない。コーガス侯爵家ここにありと、周囲にその存在をアピールする為の宣伝の一種だ。
貴族ってのは行く先々で金を使ってなんぼだからな。それが必要ないなら、馬で移動なんて無駄な真似はせず、転移で王都まで飛んで行ってる。
「こんなに贅沢していいのかしら……」
ホテルの一等部屋に荷を下ろすと、レイミーがそんな事を呟いた。俺に言わせれば、この程度は贅沢の内に入らない。過去の栄光を知る身からすれば、旅路が地味で申し訳ないぐらいである。
「貴族とはそういう物です、お嬢様」
「そ、そうなんですね」
「じきになれますかと」
じきになんて言ってはみたものの、時間はかなりかかりそうだってのが本音だ。新しい屋敷に移ってもう数か月たつが、それでも貧乏性っぽい部分が抜けてないからな。まあレイミーは貧乏暮らしが相当長かったので、仕方のない事ではあるが。
「が、頑張ります」
そんなこんなで順調に旅は進み、予定通り10日目に俺達は王都へと到着する。
そしてほぼ同じタイミングで――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エンデル王国の首都。その中心たる王城の西側に建つ、貴賓をもてなす清花宮内貴賓室。そこには汚れ一つない純白のローブを身に纏った、神秘的で美しい黒髪の女性がいた。
「おお……これはなんとお美しい方か」
その姿に、貴賓室へとやって来たエンデル王国宰相セルイト・ゴルダンが感嘆の声を上げて見惚れた。
「……」
女性はセルイトの言葉には答えず、可憐な花の様な笑顔で微笑んだ。そしてそんな微笑みが、彼の心をより一層強く鷲掴みする。
『是非4番目の妻に迎え入れたい』
そんな欲望が、セルイトの胸中に渦巻く。もし相手がただの貴族令嬢だったなら、迷わず彼はそうなるよう働きかけていた事だろう。だがセルイトは自らの欲望をぐっと腹の底に押し込む。
何故なら――
「私はセルイト・ゴルダンと申します。ようこそおいで下さいました聖女タケコ・セージョー様。エンデル王国は貴方を歓迎いたしますぞ」
――相手はここ最近、名を上げて来た聖女だからだ。
「ありがとうございます」
「いやはや、この国でも貴方様の噂でもちきりですぞ。貧しき者達。苦しむ者達に手を差し伸べる様は、正に神に見遣わされた真なる聖女であると」
セルイトは、タケコに向かって笑顔でゴマをする。ただ善行を積んで民草から聖女と呼ばれているだけの相手ならば、セルイトもこんな御機嫌取りの様な真似はしなかっただろう。それどころか、貴賓室に通される事も無かったハズである。
彼女がこうして貴賓室に通され、セルイトが最大限気を使うのは、タケコ・セージョーの能力にその理由があった。
――それは、これまで治療が不可能と言われて来た病の治療。
一般的に、神聖魔法などでは回復させようのない病を難病や死病と呼ぶ。そういった手の施しようのなかった病を、これまでタケコ・セージョーは幾人も治療してきた。そしてセルイト、ひいてはエンデル王国は、彼女のその能力を利用したいと考えているのだ。
そう言った病にかかるのは、なにも民草に限られた話ではない。貴族とて人間である以上、いつそういった病気にかかってもおかしくはないのだ。だから何かあった時の為にタケコを囲い込む、もしくはそれが叶わなくとも、最悪パイプを繋げる事で有事に備えたいというのが彼らの狙いである。
「実はエンデル王国に来たのは、お願いがあって来ました」
「我が国に頼み事ですと?」
「はい」
「おお、でしたら何でもおっしゃって下され。不肖、このセルイト・ゴルダンの名にかけてお引き受けする事を約束いたしましょう」
内容も効かず、セルイトが安請け合いする。初めから最大限の誠意を示すつもりだったと言うのもあるが、相手が聖女であるため、無茶な願いはないと判断した為だ。
だから彼は安請け合いしたのだが――
「では……この国には、魔王の呪いによって汚染された地域があるとお伺いしました。神に仕える身として、その現状を黙って見過ごせないのです。ですので――ぜひ私に、その地の解呪を任せていただけないでしょうか?」
「んなっ……」
――聖女の口から出たありえない頼みごとに、セルイトは思わず目を白黒させた。