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第40話 ブルドッグ

武闘祭の会場に、観客の雄叫びのような歓声が響く。準決勝第一試合。前回優勝者である王宮騎士、コダック・ローワンを圧倒的な強さで下したサインに対する歓声だ。


「サインさんって、本当滅茶苦茶強いですね」


「ええ、本当に」


これまでの試合を全て瞬殺で終わらせてきたサインの強さに、大河とレイミーが感心する。


この大会では、圧倒的強さを見せつけるのが目的だからな。あたった奴らには悪いけど、試合は全て一瞬で終わらせてきた。


「彼をスカウトできたのは本当に幸運でした」


因みにサインとコサインは、人里離れた山奥で強さだけを求めていた偏屈な達人の優秀な弟子、という設定にしてある。馬鹿みたいに強いのに、名を知られていない尤もな理由として。


「このままいけば、決勝戦はサインさんとコサインさんでってのも十分あり得えますよね」


「それはどうでしょうか」


本来は大河の口にした通りの予定だった。だが、準決勝第二試合であるコサインの対戦相手は――


「相手の選手――ブルドッグ殿も相当な使い手の様ですので」


まるで犬の様な名をした準決勝の対戦相手は、例のフードをかぶった選手だ。


名前からして、転移者か転生者と考えるのが妥当だろう。何せブルドッグだし。流石に、この名前が偶々って事はないはず。


大河の時の様に連絡は入っていないが、いい加減な神だからな。連絡漏れがあっても全く不思議はない。


余談だが、俺は子供の頃にブルドッグを飼っていた事がある。名前はまんまブルドッグ――命名俺。よく奴にズボンの尻の部分を噛み千切られ、どうしようもない馬鹿犬だと思っていたが、今考えると怪我は一切してなかったので、実は頭は良かったんだと思う。


まあそんな事はどうでもういいか。


「決勝戦がサインさんとコサインさんだと熱いんですけどね」


「本当ね。あ、試合が始まるみたいだから応援しましょう」


「うん」


準決勝第二試合が始まる。


応援する気になっている二人には悪いが、この試合は完全な捨て試合だ。なので、可能な限り相手の情報収集に努めさせて貰う。決勝戦での勝利を確実にするために。


まあ少々ズルい気もするが、優勝だけは絶対に頂かないとならないからな。この際細かい事は気にしていられない。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ブルドッグが両手に持ったナイフを振るう。とんでもなく素早く隙の無い動きで。


「くっ……」


コサイン――俺はそれを手にした盾と剣で、ギリギリ捌いて凌いだ。


試合が始まってから、終始こんな感じで押され続けている。勇者としては情けない限りだが、基本となるスペックに大きな差がある以上どうしようもない。


だが……


思ったほどの動きではない。それが俺のブルドッグに対する評価だ。この程度の戦闘技術なら、サインの方で戦う決勝戦で梃子摺る心配もないだろう。


……いや、油断するのは早計か。


コサインは明らかな格下だ。何らかの隠し玉を持っていないとも限らない。


「はぁっ!」


可能な限り相手の情報を引き出す。そのために俺は無理をして反撃に転ずる。


――放ったのは相打ち覚悟のカウンター。


「ちっ!」


奴はダメージを嫌ってか、間合いを離す様に背後に飛んでそれを躱す。


……ん? この声、聞いた事のある様な……それに今の間合いを離す動きも、以前何処かで……


記憶に引っかかる声と動き。ひょっとして、ブルドッグは俺の知ってる奴だろうか? まさか子供のころに飼っていたあの……な訳ないか。まあいい。今は詮索より戦いに集中しよう。


「押して参る!」


俺は盾を放り捨てて剣を両手に握り、そのまま奴へと真っすぐ突進する。そして防御を捨てた完全な捨て身スタイルで一気に攻め立てた。


さあ、本気があるなら見せてみろ!

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