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『チート作家の異世界執筆録 〜今日も原稿と畑で世界を綴る〜』
『チート作家の異世界執筆録 〜今日も原稿と畑で世界を綴る〜』
MKT
異世界ファンタジースローライフ
2025年05月15日
公開日
13.5万字
連載中
 ラノベ作家志望で連日徹夜で賞レースに出す為の原稿を書いていた40代の茶川龍介。  ある日三徹して原稿を書き上げた時、ラノベ神が現れ異世界に転移することに。  そして彼が手にしたのは「書いたことが現実になる」というチートすぎる《執筆》の力。 「もう戦いとか冒険とか、そういうのはごめんだ。今度こそ、のんびりスローライフを満喫するんだ……!」  そう決意したリュウは、森のログハウスを拠点に畑を耕し、味噌や醤油、おにぎりに練り物、そして日本酒まで作り出してしまう。  食と暮らしを整えた“筆の家”は、いつしか王都でも話題の場所となり、かわいい猫獣人のルナや、魔導学者のエルド、エルフのティア、芋を愛しすぎる元魔王マオ、大天使セラフィエルまで、さまざまな人々が集う賑やかな拠点へと変貌していく。  だがその人気が、王都や獣王国、天使族の封印騒動、果ては国家間の政治問題を巻き起こしていくとは、本人はまだ知る由もなかった。  求めていたはずのスローライフはどこへやら。  増え続ける仲間たちと、どんどん規模が膨らむ商売と騒動。  チート能力を活かして“異世界を日本化”させながら、リュウの毎日はますます忙しく、賑やかに。  これは、“戦わずに世界を変える”をモットーに、筆一本で異世界を渡り歩く男の、のんびり(予定)異世界ライフである!

第1話 神様、転移はラノベ仕様でお願いします!

 夜明けの気配が、わずかにカーテンの隙間から忍び込んでくるころ、俺はついに限界を迎えていた。


「はは……ついに三日連続オール達成か。ラノベ作家としてこれ以上ない勲章だな、うん。……いや、普通に死ぬぞコレ!」


 机の上には、空になったエナジードリンクの缶が十本以上、小さなピラミッドを作っている。モニター画面には赤い点滅字幕で「第17回異世界ラノベ大賞・応募締切:あと2時間」が踊っていた。俺、茶川龍介(ちゃがわ・りゅうすけ)、42歳。売れないラノベ作家の悲哀と誇りを背負い、必死で原稿を仕上げた。


「……よし、これで限界だ。いや、むしろこれ以上の文章は俺の脳内から出てこない!」


 目を閉じた瞬間、部屋の空気がスッと変わった。


 ふわり。


「お疲れ様でした、龍介さん。いや、リュウとお呼びすべきかのう?」


 耳元で響いたのは、澄んだ老人声。慌てて目を開けると、そこには銀髪の長髪を背中に垂らし、虹色に輝く羽根をたなびかせた存在が、天井からゆっくりと降りてきていた。ローブは淡い蒼色で、裾がゆらゆらと宙を撫でている。


「えっ、え? ……夢? それとも幻覚? や、ヤバい、エナドリって違法だっけ!?」


「違わぬ。これは夢ではない、ラノベの神じゃ。三徹の執念を持つ者にのみ現れるという伝説の存在……見事じゃ!」


「マ、マジでラノベ神!? そんな設定公式じゃないでしょ!?」


 ぽかんと口を開ける俺に、神様は微笑んだかと思うと、


「ほれ、お主の努力、無にせぬぞ。転移のチャンスじゃ。望む世界を申せ」


「き、来たコレ! 異世界転移!?」


 心の中でガッツポーズ。俺は畳の上に正座し、両手を組んだ。


「神様! どうか、どうかファンタジーな世界に転移させてください! 魔法が使えて、ドラゴンもいて、スローライフで、ハーレムもあって……とにかく全部入りの異世界に!!!」


「お主、欲張りじゃな……ふむ、よかろう。ついでに16歳に若返らせてやろう。ほいっ」


 神様が指をぱちん、と鳴らす。その刹那、部屋の壁がグルグルと渦を巻き、世界が大きく揺れた。


「……あ、ちょ、ちょっと待って! スローライフとハーレム、設定が噛み合ってないんじゃ……!?」


 気づいたときには、もう。


 外は青々とした森。柔らかな木漏れ日が風に揺れる葉の隙間から零れ落ち、薪がくすぶるログハウスの前へ、俺はパンツ一丁で立っていた。


「……なんで服がないの!? ていうか、パンツ一丁!?」


 辺りを見回すと、背後で木の隙間に囲まれた小さな小川がきらきら光り、鳥のさえずりが心地よい。どこかで小動物の足音が枝をかすめる。草の匂い、湿った土の匂い、異世界感は満点だが、俺の全身を駆け抜けたのはただ一つの感情。


 神様、ちょっと雑すぎるやろ!


 だが、この春めいた朝こそ、俺の異世界スローライフ(ただし執筆付き)が幕を開けた瞬間だった。全ては、ここから始まる。


 ◆◆◆


 澄んだ空気に包まれて、目を覚ますと、頭上には平らな木の梁、耳には微かな木の軋む音。深呼吸すると、鼻腔の奥をくすぐるのは、薪の燻(いぶ)る匂いと、ひんやりとした朝露が染み込んだ青草の香り。


「……うん。悪くない。むしろ、最高だな」


 昨夜パンツ一丁で放り出されたときはさすがに「神様、雑すぎるだろ!」とツッコミを入れたものの、いつの間にか俺サイズの服がちゃんと用意されていた。木綿(もめん)の白いシャツは朝陽に透けて柔らかく輝き、動きやすいダークグリーンのズボンは足さばきも快適。腰には革製のポーチがぶら下がり、中には羽根ペンとインク瓶、そして小さなノートが収まっている。


「さて……これからどうしよっか」


 小さな丸窓から差し込む光を背に、俺はログハウスの重い扉をゆっくり押し開けた。軋む木の香りとともに広がるのは、光と影が織りなす緑の世界。風に揺れる葉のざわめき、小川を渡るせせらぎ、遠くで見慣れない鳥がさえずる声。町も村も人影もないが、それがまた心地いい。


「……完全に“スローライフ系”だよな?」


 いきなり魔王討伐に駆り出されるよりぜんぜんマシだ。俺は腰のポーチからノートを取り出し、羽根ペンをインクに浸す。そう、俺、茶川龍介のチート能力は、“書いたことがそのまま現実になる”という無慈悲すぎるもの。


 まずは試運転。


 俺はノートに丁寧にこう書いた。


《ログハウスの隣に小さな畑があり、そこに丸々としたジャガイモの種芋が植えられている。畑はしっかりと耕され、水路から水が引かれ、土はふわふわに乾いている》


 そして三行後、土を掘り返す素手の感触が腕に伝わった。


「え……もう芽が出てる!?」


 まるで俺の筆跡を見ながら成長しているかのように、若葉はみるみるうちにスクスクと伸び、数時間後には土の盛り上がりから、ゴロゴロと立派なジャガイモが顔をのぞかせた。皮は薄くツヤツヤ、引き抜くとほのかにバターの甘い香りが鼻をくすぐる。


「チートってレベルじゃねぇぞこれ!」


 喜びに浸る隙もなく、全身を襲う強烈な眠気。まるで毒霧にでもやられたかのように、目まいとともに地面へドサリと尻餅をついた。


 これが代償か。


 意識が遠のきながらも、俺はかすかに思った。


「書く→成る→眠る。これが俺の新しい日常か……」


 それからというもの、俺の生活は「朝起きて書く→畑に出て収穫→書いた内容が現実化→猛烈な眠気で昏睡→起きたらまた書く」という、一見シュールな農業作家ライフに突入した。


 気づけば畑にはジャガイモだけでなく、トマトの赤い実、キャベツの丸々とした球、にんじんのオレンジ色、どこからともなく現れたスイカまで枝を伸ばしている。まさに「実るほど神に感謝」というやつだ。


 その夜も、俺はテラスの手すりに腰掛け、用意された薪で焚き火を起こした。パチパチと燃える音を聞きながら、ホクホクに蒸したジャガイモを割って、チートバターをたっぷり乗せる。


「はふっ……う、うまい……!!」


 甘く濃厚なバターがジャガイモの熱でとろけ、口いっぱいに広がる幸福感。バトルも魔法もないけれど、これ以上ない至福の瞬間だった。


 そう思った矢先、夜の静寂を引き裂くように、


「きゃああああああああっ!!」


 森の奥から、少女の悲鳴がこだました。


「……やっぱり来たか、異世界フラグ」


 俺はペンを握り直し、胸の高鳴りを感じながら立ち上がった。このスローライフ、まだまだ波乱が続きそうだ。

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