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第52話 テラスのさざ波、王都を飲み込む

 筆の家ログハウスのテラスは、今日も平和そのもの。

 夕暮れの光が差し込む中、テーブルの上に並ぶのは、黒と白の石を置く、シンプルな盤。まるでそこだけが、静かな特別席のようだ。


「そこやな! よーし、うちの勝ちばいっ!」


「ぐあああっ! また負けたああっ! 芋の神よ、我に加護を……!」


 叫んでいたのは、敗北が板についてきた芋王ことマオ。敗北の理由を“芋の神様の機嫌”に託すほど、すっかりリバーシに夢中である。

「ふっふっふ…これが“反転の型・極致”の力か!」

 マオの挑発にも動じず、盤面を真っ黒に染め上げたのは、猫獣人の筆の家看板娘、ルナ。尻尾をくるりと揺らし、誇らしげに駒を並べ替え直す。


「ほらリュウ、次あんたと勝負たい!」


「……え、俺? また実況席から引きずり出されるの?」


「当然やろーが!」


 ◆◆◆


 同時刻、隣接する《芋カジノ(チップパレス)》の大窓越し。酒を傾けて語らう貴族風の中年紳士が、ふと視線をそちらへ移した。


「なんじゃあれは…?」

「石? 白と黒? 盤上の戦い…これは、もしや…新たなる賭場の萌芽か?」


 噂は、瞬く間に王都を駆け抜ける。


 ◆◆◆


 翌日、王都。


「聞いた!? 筆の家で『対戦する遊び』が流行ってるらしいぞ!」


「名前は……リバーシ? なんか、白と黒で石をひっくり返すんだとよ!」


「え、またあの筆の家か!? 芋の次は石かよ!」


 筆の家 王都支店。朝。


 リュウがのんびりと焼き芋を食べながら窓を開けると、そこには


「リバーシやらせろー!」


「リバーシセット売ってないのかー!?」


「フィナちゃん今日もかわいいぞー!」


「リバーシリバーシリバーシィィ!!」


「な、なんだこの混雑ぅぅ!?」


 パニック状態の店内に、モモとフィナもアタフタと応対。


「お、お姉、なんで急にこんな人が……」


「たぶん……例のアレよ……リバーシってやつ……!」


「リュウ、人気者たい……いや、迷惑者たい?」


 背後から現れたルナが、しれっとリュウの肩をトントンと叩く。


「これは……スローライフ、またお預けってことですかね……」


「んふふ、現実を受け入れるとよ。さ、働きんしゃい!」


「うううううう……」


 リュウは悲しげにうめきながら、ハンモックの揺れを遠い目で追う。


「んふふ、現実を受け入れんしゃい。さ、また働きんしゃい!」


 こうして、またしても小さな“嵐の前の小波”が、筆の家に次なる騒動を誘うのだった。


 ◆◆◆


「こりゃいかん。完全にオセロ目当ての来客であふれとる……」


 筆の家王都支店のカウンターで、ルナは頭を抱えていた。

 開店と同時に押し寄せる客、客、客。

 野菜も味噌玉もそっちのけ、叫ばれるのは


「リバーシさせろー!」

「リバーシセット買わせろー!」

「フィナちゃんリバーシやらんの!?」


「フィナちゃん関係ないけん!!」


 一方リュウは、というと


「スローライフってなんだっけ……?」


 王都支店の屋根裏で、頭を抱えて膝を抱えていた。

 だが、現実は逃げさせてくれない。


「リュウ〜! 王都の広場で『リバーシ賭け大会』が開催されとるって噂よ!」


「え、公式大会より早く広まってるの!? 野良大会まで発生してる!?」


「仕方ない……やるか……」


 リュウは立ち上がった。筆を取り、紙を開く。


「ここまで来たら、ちゃんと整備された遊戯空間を用意しよう。ルールも場所も、ちゃんとオーガナイズされたやつを……!」


 書き始める筆の先から、魔法の文字が走る


《筆の家 王都支店・厨房亭地下に、静謐な雰囲気と快適な設備を備えたリバーシ専用サロンが完成。

観戦席あり、給仕エリアあり、落ち着いた明かりと白黒を基調とした内装。入場料制で遊び放題》


 ズズズズズンッッッ!!


 地面が軽く震えた次の瞬間、厨房亭裏の階段がパカッと開いた。


「なんか……カジノの地下VIPルームみたいやね……」


「いや、それは作った俺が言うけど、やりすぎだよね!?」


 そして数日後。


 筆の家 王都支店の地下には、白と黒が交差する美しいサロンが誕生していた。

• 壁は漆黒と雪白の市松模様。

• リバーシ盤が整然と並ぶ空間。

• 軽食メニュー「リバーシ焼き芋ボール」や「白黒スイート団子」も提供。

• サロン内は静寂を守るため、マジックスクロールによる防音処理完備。


「まさか地下に“対戦文化の聖地”ができるとはね……」


 リュウはほっと息をつきながらも、胸騒ぎが止まらなかった。


「でも、これでやっと落ち着くかな……?」


 そう思った矢先、ルナが新聞を手に走り込んできた。


「リュウ! 王都の新聞、見たことある!? 『筆の家、娯楽革命!次なる“国家認定遊戯”はこれだ!』って見出しが出とると!!」


「はいぃぃぃ!? 国家認定って、待って、なんでそうなるの!?」


「セラフィエル様が王宮で毎日やっとるから、王様が気にしたっちゃ!」


「だから天使と遊ぶなっつってんだよぉぉぉぉ!!」


 筆の家リバーシブームは、地下から天界にまで届こうとしていた。


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