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怪異食堂・裏飯屋さん
怪異食堂・裏飯屋さん
鶴千鶴
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年05月15日
公開日
5.8万字
連載中
そこはレストラン、何の変哲も無い普通の飲食店――『モルテ』。 私、七山ミコトはとある事情により、そのお店でアルバイトとして働いている。 時給は9万2000円(※危険手当込み)。主な仕事内容は、接客、配膳、皿洗い、店内清掃。と、普通の業務を始め、夜間は仕入れ作業のために山や海や廃墟……等々、俗にいう『心霊スポット』へ店主と共に赴いて、食材となる『幽霊』や『怪異』を調達する手伝いをしている。 金曜日の夜にだけ営業する特殊なディナータイムで、この世ならざる”彼等”をもてなす為に――――。

第1話

 某県某市。都会過ぎず田舎過ぎず。

 そんな塩梅の地方都市にその店は在る。


 名は『モルテ』

 洋食系のしがないレストランである。


 場所は地方特有のぱっとしない駅から5分程歩いた先の、オフィス街の中央部に位置していて、年季の入った小さな二階建ての商業ビルを丸ごと用いている。


 屹立するビルの間に建っているものだから日当たりは最悪で、オフィス街の中央だと言うのに客の入りはあまり芳しくない。


 別に料理が死ぬほど不味いだとか、接客が最悪だとか、そういう訳ではないが……何となく近寄り難い雰囲気を人々は本能で感じ取っているのだろう。


 かくいう私――“七山ミコト”は、とある事情によりこのお店で働いている。


 そのビルは1階部分が店舗で、2階部分は居住スペースに成っており、私はその二階の一室を間借りする形で先週から住み込みアルバイトとして働き始めたばかりだ。


 因みに時給は9万2千円(危険手当込み)。もちろん桁が二つくらいおかしい超高額時給なのは“2つ”の理由が有る。


 ――1つ目。


 それは、このお店のシェフである“カミゾノさん”の仕入れ作業を手伝う為に、夜な夜な危険な現場へ同行しなければならない事。


 それは山だったり海だったり、あるいは病院やら学校施設、中には廃墟だったりと――枚挙にいとまがない。




――そして、2つ目は――――。




「――失礼致します。こちら、『死霊のポワレ』でございます」



 客の待つ卓上へ料理をそっと置く。



『死霊のポワレ』――と、告げた皿の上には、炭化して丸みを帯びたような焦げの塊が乗せられていて、墨汁よりも更にどす黒い色をしたソースが、皿の片隅で踊るように散りばめられている。


 そんな料理(?)を目下に、席に座る老夫婦は舌鼓を打っていた。


「いい香りだ」

「まぁ美味しそうね」


 かいもく廃棄物とも見紛うそれは――ポワソン。コースで云う所の魚料理に当たる。


 ああ、決して厨房が爆心地になった訳でも、これを調理したシェフの“カミゾノさん”が狂っている訳でもなく、きちんとした工程を経た上でこのビジュアルなのである。


 故に、私は昨晩何度も何度も復唱して、反芻して、練習した、料理の説明へと入った。


「こちらは新鮮な『死霊』を塩と胡椒で軽く味付けし、バターでソテーいたしました。表面はカリッとした焼き色で、中はふっくらとした食感に仕上がり、『死霊』の豊潤な旨味とバターのまろやかさがお楽しみ頂ける一品でございます」


 我ながら支離滅裂で意味不明な事を告げているようだが、調理したシェフがそう説明しろと言ったのだから間違いない……。


 私は一息挟んで、笑顔を張り付けたまま説明を続ける。


「そしてお皿に添えられているソースは『地縛霊』のバーニャカウダでございます。湿地で捕れた『地縛霊』の香り豊かなソースにつけてお召し上がりいただく事で、さらに一層の味わいが加わります。どうぞ、お召し上がりください」


 深々と一礼した私が顔を上げると――既に、気立ての良い老夫婦は柔和だった顔を禍々しい形相へと変え、料理を己が口へと掻き込んでいた。


「――――!」

「――! ――!」


 グチュルビチュル。ズゾゾゾ。

 不快な音が響いていく。


 もはや先程までの気品といった雰囲気は失われ、私の目前に在るのは“貪る”。正しくその表現がぴったりの光景だった。例えるなら空腹の犬が餌にあり付いた時のような……。


 だが、そんな作法の欠片もない食事風景を見せるのは――なにも老夫婦だけではない。


 あまり広くはない店内にはテーブル席が5つ配置されており、木を基調とした狭くも温かみを感じる店内では、老夫婦の他に3組の“お特異様”が食事を楽しんでいた。


 歓談の声や食器の音、あるいはキッチンから漂うジュワァっと油の跳ねる音……そんなありふれた飲食店の環境音が店内に飽和している。


 音だけに耳を傾けてみれば、そしてお客らが食べている物や作法という観点さえ除けば――何処にでも有るようなレストランのディナー風景と何ら変わりは無い。



 そう、“死神”が調理された人の魂を喰らっている。と言った点さえ除けば――。



 超高額時給、2つ目の理由。


 それは――“死神”を相手に料理を運び、料理の説明および、接客に当たらなければならない事。


 失言や粗相一つで、私の命が皿の上どころか、その場で踊り食いされる可能性があると成れば、ここまで高い時給も納得していただけるだろうか。


 とどのつまり、このお店ではシェフであるカミゾノさんが直々に捕らえて来た『怪異』や『霊魂』を調理し、こうして金曜日の夜にだけ訪れる死神様へ提供しているといった仕組みで運営している。


 カミゾノさんはその筋では功名な“凄腕の霊媒師”と言う話で、日中は普通にお客が来ないレストランの料理人として活動し、夜間は金曜日に向けて『仕入れ』と称した除霊に勤しんでいる。


 モルテが平日の日中しか営業しないのも、9万2千円と言うあり得ない高額時給なのも、その為だ。


 詳しい話は忘れたが、彼等がこうして穢れた魂を喰らう事で強制的な成仏を促しているとの事だが……食べる事が一番の供養と言った言葉を地で行くのは此処くらいだろう。


 おかげ様でと言うのも変な話だが、罪悪感は無い。もし此処で彼等に食べられなければ、その人の魂は苦しみと共に永遠にこの世を彷徨う事になるとか……どうとか……。



「……失礼いたします」


 脇目も振らずに食事を続ける老夫婦へ向け、再び一礼した私は踵を返した。


 私の背中を見送るように不快な音が響き続ける。ゾッとした。背筋にまとわり着くようなその音が、人の魂を咀嚼しているのだと思うと本能的な恐怖を感じざるを得なかった。


 その時。


『七山ミコトさん』

「ヒィッ!?」


 心臓が飛び出した。いや、実際に飛び出した訳ではないけど、短い悲鳴と共に体が動かなくなってしまった。そのまま硬直していると、今度は嘆息を交えた声が背後から返ってくる。


『驚きすぎじゃありませんこと?』

「あ……。す、すみません……」


 振り返る。声を掛けて来たのは、同じくこのお店で働いている私の先輩だった。驚き過ぎだと彼女は言うが、場が場なので仕方がないと思う。


 悍ましい食事風景も、彼女が持っている皿の上でウネウネと動く白い触手みたいな料理も……絶対に慣れそうにない。


 彼女は呆れた様に言う。

『まったく、これだから人間は……。それより3番席に伝票を渡してくださるかしら?』


 そんな職場の先輩――お淑やかでいて丁寧な口調、まるでお嬢様のように話す彼女の名は、“霊子”という。


 霊の子と書いてレイコさん。もちろん本名ではないが、本当の名は随分と昔に忘れてしまったらしい。享年は確か14歳だったか……。


 紹介が遅れたが彼女は幽霊である。


 その風貌は三つ編みのおさげを両肩に垂らした、昭和の女学生みたいな出で立ちをしている。と言っても、今の時代でも美人と呼ばれる類なのは間違いないだろう。


 最初に彼女を見た時は腰を抜かしたけど、やっと慣れて来た。と思いたい。


『ああ、それと――』


 言いながら、踵を返しかけていた霊子さんが振り返る。



 すると彼女は整った顔を悪戯に綻ばせた。


『お客様の中には人の恐怖心が大好物の方もいらっしゃいますわ。あまりビクビクしていると……ふふっ、食べられちゃいますわよ?』

「…………え」

『なんて、冗談ですわ。ほら、仕事仕事』


 青ざめた私を見て満足したのか、霊子さんはクスクスと笑いながら次の客の対応へと向かった。冗談にもなってないし、完全に余計な一言である。


 時折、こうして意味もなく私をからかうのが最近の生きがいらしい。といっても死んでいるのだが。


「…………ふぅ」


 一息。

 私は無駄に上がった心拍数を整えた。


 ふと、霊子さんの方を見る。彼女は先程の悪戯な態度を切り替え、いつも通りの業務へ勤しんでいた。


 その一挙一度の動きは洗練されていて無駄がなく、動きの覚束ない私に比べてピンストライプの柄が縦に入ったブラウスが実に様になっていると思う。


 そんな昔ながらの喫茶店やレストランを彷彿させるこのお店の制服は、霊子さんが考案したのだとか。私はさて置き、老成した雰囲気の彼女にピッタリだと思う。


 カミゾノさんから聞いた話では――霊子さんは此処『モルテ』が開店する数十年も前に、この建物内で殺害されたとの事だが……何があったのか、そもそもなぜ働いているのか、詳しい話は知らないし、聞くつもりも無い。だって怖いし。


 て……ボヤボヤしている暇は無いので会計伝票を3番席へ持っていかないと。


「お待たせいたしました。こちらがお会計でございます」


 その席は一人の若い女性客だった。


 ドレスコードとは程遠いパーカーとジーンズ。ありきたりに長い黒髪。その他に目立つような特徴と言えば左目の眼帯くらいだろうか。


 果たして死神様が結膜炎の類を患うのかどうかはさて置き、もし街中で見ようものなら彼女を死神だと思う人は誰もいないだろう。私だってそうだ。


 そんな一般人の皮をこれでもかという具合に被った死神様は、渡した伝票を一瞥するなり右目を丸くしていた。


「……へぇ、ここの店主は随分と無欲なのね。人間のくせに金に興味が無いのかしら」


 呟きながら、女性客は膝上に置いたポーチから流れるように札束を取り出してテーブル上へ並べ始めた。


 1束、2束、3束――9束。


 明らかに物理法則だとかを無視した形状のポーチから大金が出てくる。深く考えたら負けだと思う。


 それにしても……これだけ貰っておいて金に興味がないと言われるのも甚だおかしいと思うが、“死神様”と“私達“では根本的な価値観が違うのだろう。


 その大金の出所が気にならないと言えば嘘になるが、「余計な詮索と無駄な会話はするな」とカミゾノさんから言いつけられているし、するつもりもない。私だって長生きしたい。


 ともなくして、3番席の死神様が席を立った。


「お客様のお帰りです」


 お客様を見送るべく、先導した私が出入口の扉を開けると――風。思わず目を閉じてしまう程の突風が、耳にかけていた私の前髪を無造作に掻き乱した。


 しかし今は伸びきった前髪をそのままに私は深々と首を垂れる。


「あ、ありがとうございました。気を付けてお帰りください」


 私が下した目線の先。その敷居の先は、一切の闇に閉ざされている。


 スダレの様に垂れ下がった私の髪色よりもそれは深く、色濃く、まるで扉枠の向こう側でポッカリと口を開けながら、何かを待ち構えているようだった。


 漆黒、そうとしか言えない扉の向こう側はいったい何処に繋がっているのだろう。


「あ、そうそう」

「……っ」

 ふと、女性客が光と闇の狭間で足を止める。


「メインの『くねくね』、とても美味しかったってシェフに伝えてくださるかしら?」

「……あ、ありがとうございます。伝えておきます」


 額の脂汗が引いていく。


 一瞬、なにか粗相が有ったのではと身構えたが、杞憂に終わってよかった。本当に良かった。危うく私も向こう側へ連れていかれるのではと思った。


「その“眼鏡”お洒落ね。また来るわ」


 そう言うと、眼帯をした死神の彼女は黒の中へ溶けて行く――。



 メインの『くねくね』とは、いわばコース料理のヴィアンド(肉料理)である。


 様々な幽霊の中でも、最も特異であり独自の形態に変化した者――即ち『怪異』がメインディッシュとして提供され、その内容は週によって都度変更される。


 因みにここで謂う所の『怪異』とは、簡単に言えば『トイレの花子さん』や『人面犬』等、その現象や存在自体に名前が付いた者のことを指し、それ以外が『地縛霊』や『死霊』に『怨霊』など、総称で云うところの悪霊を使用した料理になる。


 先ず――付け出しのアミューズは『騒霊』から始まる。


 続く前菜やスープには『地縛霊』が使用されることが多い。


 そして、魚料理となる『死霊』。


 次に凍らせた『背後霊』で口直し。


 その後は、お待ちかねのメインディッシュである『怪異』――。


 デザートに『怨霊』で作った、菓子類かも怪しい謎の物体ⅹを提供して。


コースの最後はコーヒーで締めくくる。そこは普通のコーヒー。


 そして――本日のメイン料理は『くねくね』。


 かの『怪異』を捕まえたのは先週の事だった。あの日、と言うかつい先週――散歩中だった私が偶然にもカミゾノさんの仕入れ現場に居合わせてしまったがせいで、今の現状が有る訳で……。


 私がしみじみと思っている最中、キッチンの方面から怪訝な声と共にベルが鳴る。


「2番のメイン、あがったぞ」

「は、はい!」


 ボヤボヤしている暇はない。私はズレた“眼鏡”を掛け直して前髪を整えた。もちろん髪を弄ったので手洗いも忘れずに。


「失礼致します。こちらが本日のメインディッシュ、『くねくね』でございます――」



 2番席は男女のペアだった。人が良さそうなスーツ姿の男性と、ドレスコードに身を包んだ女性。そんな二人が待ちかねた皿の上では、『くねくね』の名を体現したかの如き多肉植物の様な白いナニカが、うねうねと動いている。


 もはや懐かしくも感じる郷愁に想いを馳せながら――私は料理の説明に入った。


「こちらの怪異は〇県〇市の山間部に在ります×××町にて――」


 ×××町――私が生まれ育った町。


 その日は、薄っすらとした曇天に暁色の影が降り始めた時だった。木々の葉は重苦しげに佇んで、心地よかった風も生温い湿気に満ち始める季節。梅雨入り。



――――カミゾノさんと出会ったのは、そんな先週の事だった。


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