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第12話 魔法

争う声が聞こえたのは、どうやら動物を飼育しているゾーンの様だった。泰三の案内にはなかったが、きっと学園生活で関わる事がないと判断し飛ばしたのだろう。実際、俺は特段動物には興味がないからな。


何故学園にこんなスペースがあるのか?


少しそれを不思議に感じたが、まあ今はそんな事はどうでもいいだろう。言い争いの有った方へと俺は足を向ける。


「ここか……」


声が聞こえた場所はプレハブの辺りだった。というかその中で間違いないだろう。宇佐田にかけて貰った能力は既に切れているが、ここまで近づけばもう必要ない。男女の言い争う声が外にまでハッキリと聞こえて来る。


「ふむ」


俺は引き戸を勢いよく開ける。自然、中の人間の視線が俺に集まった。人数は全部で4人だ。


1人はすめらぎ。隣の席にいた、青い髪のロック少女だった。残り3人は男子生徒。2人は普通の服装だが、一人は何を思っているのかド派手な赤いマントを肩から掛けている。


「待たせたな、皇」


「へ?」


俺の言葉に皇が目を丸める。途中までラビットイヤーの効果があったので、俺はやり取りの内容をある程度把握していた。


風紀委員長――エレメント・マスターの四条って奴が、彼女兼風紀委員になれと皇に無理やり迫っている所な訳だが……恐らくマントを付けている頭の悪そうな奴が、その四条ってのだろう。


「一緒に見守るって言ったじゃん」


プレハブの中にある柵の中、そこには狼が静かに横たわっていた。そのお腹は大きく膨らんでおり、一目で妊娠しているのが分かる。もういつ出産してもおかしくない状態だ。


皇が教室をイの一番で飛び出したのは、この狼の事が気になっていたからだろう。俺は彼女の横に歩いていく。そして尋ねた。


「誰、この人達?知り合い?」


「違う!こんな奴ら!」


「そうなの?申し訳ないんですけど、出産間近の狼を刺激したくはないんで退出して貰っていいですか?」


相手が動けないのをいい事に、悪質なしつこいナンパする様な奴はぶっ飛ばしてやってもいいんだが……流石に氷部クラス――同じ四天王だから――と思われる相手とこんな場所で喧嘩するのは不味い。そう思って皇の関係者を装い、俺は申し訳なさそうに頭を下げた。


取り敢えず穏便に仲裁だ。駄目そうなら挑発して外におびき出そう。正直、ちょっと戦ってみたいという気持ちもあるし。


「ふん!何だ貴様は!俺はエレメント・マスター、四条王喜様だぞ!消えろ!雑魚が!」


全く効果はなさそうだ。まあ皇とのやり取りで何となく予想はしていたが……ウザいので、挑発路線に早々に切り替える。


「じゃあこうしませんか?実は俺も皇の事を狙ってるんです。俺と勝負して勝った方が彼女を口説くっていうのはどうです?」


「は、ははははは!何を言い出すかと思えば、俺と決闘だと?四天王と言われるこの俺に、お前の様な雑魚が!」


「でもあれですよね。四天王って言っても、四条さんが一番弱いんですよね?」


実際の序列は知らない。でもこんな雑魚っぽい奴が、氷部より強いとは思えなかった。グラビトン・エンドとやらは学園トップらしいので、残るもう一人かこいつが最弱って事で間違いないだろう。


「きききききききぃ!貴様ぁ!!!」


顔を真っ赤にして四条が吠える。どうやら図星の様だったらしい。びっくりする程分かり易い反応だ。


「俺はフェミニストだから!女性陣に勝ちを譲っているだけだ!!!」


「へぇ、そうなんだ?だったらその実力を見せて下さいよ。それとも、怖くて決闘から逃げるんですか?」


「糞雑魚が!この四条王喜様がこの場で血祭りにしてくれる!」


血祭って。殺したら普通に刑務所行きだぞ。まあそれ以前に殺される気など更々ないが。


「動物がいるんで、場所を変えて貰えますか?それとも、動物を盾にしないと怖くて戦えません?」


「ぐ……ぐぐ……ぎ……ざ……まぁ……」


今にも頭から湯気を噴き出しそうな形相で、四条は俺を睨み付けて来た。怒りに我を忘れ、明らかに目がいってしまっている。ちょっとばかし挑発しすぎた様だ。


暴れられても面倒なんで、こっちから先制で奴を鎮めた方がいいかもしれんな。そう判断し、俺は拳を強く握りこむ。


「四条さん、問題を起こしたら不味いですよ!」


「そうですよ。今は不味いですって!」


その時、取り巻き二人が割って入って四条を止める。まあ風紀委員長が喧嘩で飼育スペースを滅茶苦茶にしたとなれば大問題だろうから、そりゃ止めるわな


「ふぅ……ふぅ……そんな事は分かっている!おい貴様!顔は覚えたからな!」


そう捨て台詞を残し、四条はプレハブから出て行った。取り巻き二人もそれに続く。清々しいまでの子悪党ムーブだ。


「余計な事したか?」


静かになったプレハブの中、振り返って皇に声を掛ける。もっと上手くやれれば良かったのだが、交渉事とかは得意じゃないのでしょうがない。


「いや、ありがとう。あいつ馬鹿みたいにしつこく迫ってきてさ、困ってたんだ。助かったよ」


「そっか、役に立ったんなら良かったよ」


「でも大丈夫なのか?あいつ、絶対あんたになんかして来るよ?」


「大丈夫だよ」


笑顔で返す。ぶっちゃけ、俺に仕掛けて来る分には何も問題なかった。返り討ちにするだけである。


「それよりも、その狼は大丈夫なのか?」


出産前というのもあるが、狼は明かに弱り切っていた。このままだと体が持たない様に見える。


「こいつ、2-3日前から飯を食ってねぇんだ」


「病気か?」


「こいつのつがいが、運悪く3日前に病気で亡くなっちまって……それで……」


精神的な物か……普通の状態での出産じゃないから、皇は過剰に心配しているのだろう。


「一応点滴とかしてるんだけど、全然効果が無くって」


「ふむ……ひょっとしたら、俺なら何とかしてやれるかもしれない」


「へ?ほ……本当か!?」


「ああ。ただ今からする事は、周りには黙っててくれないか?」


回復には魔法を行使する。使うのは体力エネルギー譲渡の魔法と、精神を鎮める魔法だ。


異世界で生活していた俺は、ある程度のレベルの魔法を扱う事が出来た。だが当然だが、この世界には魔法は存在していない。その為、それを言い触らされると困った事になるかもという思いがある。出来れば、そういう面倒くさい事は避けたい所だ。


まあオオカミ少年宜しく、皇の言葉が無視される可能性の方が高いとは思うが……余計な噂は立たないに越した事は無いだろう。


「シロを助けてくれるんなら何でもする!絶対に誰にも言わない!だから頼む!」


「わかった。信用するよ」


動物の為に此処まで必死になれるんだ。尖った見た目とは違って、良い子に違いない。俺は彼女の言葉を信じる事にする。


「それと、絶対助かるとは言えないから。駄目だった時は……ごめんな」


扉を開け、柵の中へと入る。狼はぐったりとしてはいてたが、首をもたげて俺を威嚇して来た。


弱り切っている状態ではあるが、迂闊に触れると無理をして暴れるかもしれない。そうなると助けるのが難しくなってしまう。大人しくしててくれると有難いのだが。


「シロ!安心しろ!この人はお前を助けてくれようとしてるんだ!」


そう皇が狼に話した途端、狼の瞳からトゲトゲしさが消える。それを見て、俺は驚いて振り返った。


「あたしの能力は、動物と意思疎通ができるって奴なんだ」


「そりゃ凄いな」


冗談抜きで、結構優秀な能力だ。


俺は狼を刺激しない様、一応ゆっくりと近づいてその首筋に手を置いた。暴れる様子は全くない。俺は素早く呪文を詠唱し、魔法を発動させる。


一つ目は体力の譲渡だ。俺の生命エネルギーが狼の中に流れ込み、萎みかけたその命に新たな活力を与える。


「すげぇ!すげぇよ!」


魔法が効いてか、先程まで明らかに荒かった狼の呼吸が見る間に鎮まって行く。


「次は」


精神を鎮める魔法を詠唱。俺のレベルでは、強い精神性ストレスを完全に消し去る事は出来ない。少し和らげる程度が限界だ。だが、何もしないよりはましだろう。


「俺に出来るのはここまで。後はこいつ次第だ」


かなりのエネルギーを注いだので、出産は問題なく乗り越えられるはず。問題は精神的な方だ。こいつに生きる意志が戻らなければ、結局一時的な延命にしかならない。


「シロがさ!ありがとうって言ってる!」


「そうか」


彼女が言っているのなら、狼は本当に礼を言っているのだろう。そして礼を言うだけの気力があるのなら、きっと大丈夫な筈だ。


そう思いたい。


「んじゃ、昼飯あるから」


「鏡!この借りは必ず返すから!」


「期待せずに待ってるよ」


俺は飼育ゾーンを出て中庭へと戻る。戻ったら泰三にどんだけ長い便所だよと揶揄からかわれたが、奴の脛に蹴りを入れて適当に流しておいた。

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