「こっちこっちー」
女の子が俺達に手を振る。さっき泰三に声をかけていた子だ。彼女の座る席は6人掛けで、一緒にいた女子二人と見知らぬ男子が座っていた。
「おう!待たせたな!」
俺と泰三は空いている席に着く。
「おっそいよぉ!さ、早く食べよ!ぺっこぺこで死んじゃいそう!」
「おいおい、お前らの紹介が先だろ」
「おっと!そうでした!」
女の子が可愛らしく舌を出す。ネタなのかおっちょこちょいなのか、判断は難しい。
「じゃあ私から!」
そう言って彼女は片手を上げて席を立つ。身長は150ちょっとぐらいだろうか。前髪が髪留めで9ー1に分けられているベリーショートだ。愛嬌のある顔立ちに快活な表情が浮かんでおり、見るからに元気っ子というのが伝わって来る。
俺の見立てではCだ――何処がとは言わない。
「
「エアロって?」
なんだそりゃ?
聞いた事のない単語だ。どういった能力なのだろうか?
「飛行能力よ。あたしはエアロって呼んでるの!」
「ああ、そうなんだ」
勝手に付けた固有名詞で説明って……どうやら空条は少々アレの様だ。まあその辺りを元気で吹き飛ばしていくスタンスなのだろう。
「けど飛行か……便利な能力だな」
かなり便利そうだ。それに比べて俺のスキルは……てか不味い流れだな。空条がスキルを紹介したという事は、必然的に俺も自分の能力を紹介する流れになってしまったと言っていい。
正直、あんま人に言いたくないんだよなぁ。俺のスキル。まあ授業とかですぐばれるだろうから隠す意味はあんまりないんだが、やはり気が進まない。
「飛行じゃなくてエ・ア・ロ!」
「ああ、悪い」
どうやら本人はエアロ呼びに固執してる様だ。その根源は分からんが、こういう時は合わせておくのが無難であえる。それが人付き合いの基本というもの。
「で、続きね!好きな物は甘い物!絶賛彼氏募集中!」
能力者である事を除けば、この学園の生徒は普通の人間と変わらない。空条の自己紹介はそれをハッキリと思わせる物だった。
「じゃ、次はビンちゃんね!」
「誰がビンちゃんだ!」
空条が指さしたのは、メガネ男子だった。顔立ちはいいが、眉間に皺を寄せて難しい顔がこびりついている。神経質そうだし余り女性にはモテなさそうだ。
というかそうであって欲しい。親しい人間がモテモテなのはイラっとするから。
「僕は
「ビーム。ビーノ。ビン!だから略してビンちゃんだよ!覚えておいてね!」
清々しいまでの力押しだな。渾名の付け方。
「空条黙れ。俺の事は岡部と呼んでくれ」
「あ、ああ」
しかし目からビームか……撃ったらメガネはどうなるんだ? レンズは透過するとか? つうか“目から”ってついてるって事は、そこからしかビームは出せないって事だよな。随分と変な限定の有る能力だ。
「んじゃ、次は委員長ね」
「私は
此花は肩までのボブに、メガネをかけている理知的な顔立ちをしている女子だ。着ている制服に皺などはなく、かっちり着込まれていた。自己紹介の際の、メガネの縁を持ってクイッと上げる姿も様になっている。
正に、ザ・委員長といった風貌だ。
つか、自分で委員長呼びを求めるのかこの子。普通は嫌がりそうなもんだが。
「能力は透視よ。私はこの能力で、クラスの様子を隅々まで把握してるの。教室内への不審物の持ち込みは決して許さないわ」
そう言うと、此花は誇らしげに胸を張る。D。まずまずだ。
しかし透視か……捜査官や探偵をやらせたら活躍しそうな能力だな。
「委員長の前じゃ、プライバシーも何もあったもんじゃないからな。竜也も気を付けろよ」
「酷い言いがかりね。私は委員長としての役目を全うしているだけよ。あ、そうそう。原田君の鞄に入っていた、氷部澪奈の隠し撮りブロマイドは後で没収するから」
「おおい!あれは俺の宝物だぞ!」
泰三……お前そんな物持ち歩いてるのか。こりゃ相当氷部に入れ込んでいる様だ。まあ確かにびっくりする程綺麗だからな、彼女は。
「さて、いちゃつく二人は放っておいて。真打はうさちゃん!」
揉めてる二人をしり目に、空条が最後の1人を指さす。三つ編みの大人しい感じの子だ。女性陣の中では一番小柄で、席に座っている為正確には分からないが、身長は140ちょっとぐらいしかなさそうだった。顔立ちも少し幼い感じの愛らしさがあり、正直同い年には見えない。
何というか、小動物的な感じの子だ。
ただし……あそこはE。破壊力抜群である。
「あの……
宇佐田は両手の人差し指をもじもじさせながら、更に顔を赤くして俯き小声で呟く。横でギャーギャー揉めてる委員長と泰三の声のせいで今一聞き取り辛い。
「能力は……超聴力です」
「ラビットイヤーよ!」
「超聴力ってのは、耳が凄く良くなるって事?」
空条の勝手な命名を無視し、俺は宇佐田に尋ねた。
「只の聴力強化じゃない。彼女の能力の凄い所は、他人にもそれを付加できる事だ」
なぜか岡部が誇らしげに能力の説明をしてくる。その表情を見て俺はピンときた。あ、こいつ惚れてるなって。まあEだし気持ちは分かる。
「他人にも付与できるって凄いな」
「そんな……大した事無いよ」
「そうだ!折角だし鏡っちかけて貰いなよ」
鏡っちというのは、どうやら俺の渾名の様だ。まあ名前からとってる分、力押しで謎の渾名を付けられるよりはマシか。ただ、能力の事を話したら別の渾名に変更されそうで怖いが。
「さ!ウサちゃん!」
「う、うん」
宇佐田が席を立ち、俺の耳に触れる。その際岡部に睨まれてしまったが、いくらんでも嫉妬深すぎだろコイツ。
「かけるね」
「おう、頼む」
答えた瞬間、急にキーンと耳鳴りが始まった。それは直ぐに納まり――
「おお。こりゃすげぇな」
周囲の音がまるで耳に吸い込まれて来るかの様に、頭の中に入って来る。普通なら大量の音が押し寄せれば雑音の塊になりそうなもんだが、能力の効果か、全てをクリアに聞き分ける事が出来た。
レベルの効果で俺の聴力も強化されているが、この能力はそれを遥かに超える。純粋に凄い。
「と、悪い。ちょっと便所に行ってきてもいいか?」
「急だな、おい。大か?」
「泰三君。食事時にそういう下品な発言はしないでくれる?」
「悪い、先に飯を食っててくれ」
そう言うと、俺は席から立ち上がり駆けだした。
勿論目的は便所ではない。聞こえたのだ。聴力を強化して貰った際に。微かに男女の争う声が。ひょっとしたら只の痴話喧嘩辺りなのかもしれないが、周囲に獣の鳴き声なども聞こえたのでどうしても気になってしまった。
俺は人の域を超えない程度の速さで中庭を突っ切り、声のした方角へと向かう。