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第14話 獣医

「女子には人気でそうな能力じゃん」


「美容師とかには興味ないからなぁ」


皇に能力を聞かれ、少し迷ったが俺は素直に答えた。例え隠しても、同じクラスだから直ぐにばれるだろうし。


「そうなんだ?あたしはさ……将来獣医になりたいんだ」


「へぇ」


皇の初対面の印象は、一言で言うならロック少女だった。そのままのイメージで獣医になりたいなんて言われていたら、きっと「ふぁっ?」となっていた事だろう。


でも今なら素直に納得できる。何せ、さっきまで飼育している動物達の話を延々聞かされ続けていたからな。その時の熱意と優しい彼女の表情から、本気で動物が好きだというのが良く分かる。


「あ!今そんな見た目で獣医とか、何言ってんだこいつって思っただろ?」


「いやいや、思ってないよ」


「本当かよ?」


「ほんとほんと」


一応自覚はあるんだな。今のビジュアルが獣医向きではないという自覚は。


「あたしがこんな格好してるのってさ……両親の影響なんだ」


「両親の」


「うん、親がロック大好きでさ。その影響で子供の頃からあたしも髪染められて、メイク迄させられてたんだぜ。お陰で友達なんて一人も出来やしねぇ」


皇は寂しげに笑う。趣味を持つのは悪い事ではないが、子供にまでそれを強く押し付けるは最早虐待と言っていい。


「そんなあたしの唯一の友達は、家で飼ってた犬のパンクだけさ。あいつだけは、いつでもあたしと一緒にいてくれたんだ」


飼ってた犬だけが友達か。彼女が動物好きになった理由が垣間見えるな。


「動物は見た目で人を判断しないからいいぜ」


「ははは、そうだな」


ふと疑問に思う。この学園は基本全寮制だ。両親の元を離れているのなら、もう髪の色もメイクも無理しなくていいはず。それでも続けてるって事は、結局本人も今の格好を気に入ってるって事だろうか?


「なあ聞いて良いか?」


「ん?」


「両親の影響で、結局皇もロック好きになったのか?」


「いや全然、寧ろ大っ嫌いだよ」


「え?」


じゃあ何でそんな格好を続けてるんだ? 親に強制されているならともかく、好きでもないのにそんな恰好をしている意味が分からない。


「言いたい事は分かるよ。なんつーかなー、習慣になっちまってんだよ。子供の頃からやってるせいか、この格好じゃないと何となく落ち着かないんだ」


「そ、そうなのか……」


何それ。もうほぼ洗脳じゃん。笑えないぞ。


「なあ鏡……下の名前で呼んでもいいか?あたしの事も理沙りさって呼んでくれていいから」


「皇の下の名前は理沙か」


可愛らしい名前だ。もっとロックなのが付いてるかと思ったが、名前は大丈夫だった様だ。


「あれ?あたしの名前教えてなかったっけ」


「自己紹介の時は苗字しか聞いてないぞ」


「ああ、ごめんごめん。あの時はシロの事が気になってて、それ所じゃなくってさ」


理沙は照れ臭そうに笑う。彼女があの時窓から外をずっと見ていたのは、素気ないんじゃなく、飼育ゾーンが気になっていた為だ。


「いいって、俺は気にしてないから。それより名前の件、オッケーだぜ」


「へへ、今日は付き合ってくれてありがとな……竜也」


彼女は照れ臭そうに俺の名を呼ぶ。その女の子らしい仕草に、俺は思わずドキリとしてしまう。


「これで貸し2つだ」


「将来獣医になったら、その時は無料で診察してやるよ。2回分」


「おいおい、けちくせーな」


貸が返って来るのは大分先になりそうだ。まあそれ以前に俺はペットを飼うつもりがないので、多分一生返ってこないだろうけど。


ま、別にいいさ。たった貸二つでクラスメート……いや、友達の事を色々知れたんだ。対価としては安い位である。


「さて、ちょっと便所行って来るわ」


「でっかい方か?」


理沙がにやりと笑う。発想が泰三のそれと一緒だった。俺は呆れて首を竦める。


「超でっかい奴だ。ついでに、寮でジュースでも買って来るかな。理沙の分も買って来てやるぞ?」


「いや、あたしはいいよ」


「そっか。ちょっと時間かかるけど、一人だからって寂しくて泣くなよ」


「誰が泣くか。大体あたしにはシロが付いてるからな」


「ははは、そうだな。じゃあいってくら」


俺は軽く手を振ってプレハブを後にする。そしてそのまま便所には行かず、グラウンドの方へと歩いて行く。もう10時を回っている為グラウンドに人影はなく、照明も完全に落とされている。


ここで良いだろう。


俺は振り返って声を掛けた。


「何か用か?」


飼育ゾーンから後を追って来た人影が無言で俺を睨み付けた。その顔に赤いマスクを被っているが、気配で誰だか分かる。


こいつは――


「四条王喜。いや、エレメント・マスターって呼んだ方が良いか?」

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