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第21話 弟子入り

「ふぅ……今日はここまでにしておくか」


自室での日課の瞑想を終え、俺はベッドの上に体を投げ出した。初日に授業で習った物とは違い、俺のやっているのはプラーナを体から引き出しつつやるというアレンジを加えた物だ。これが結構きつい。


「しっかし、堪ったもんじゃねぇなぁ……」


俺の青春は短いモテ期を終え、冬の暗黒期に差し掛かっていた。登校すると女子達の大半――もちろん理沙達は別――が、俺を白い目で睨んで来たのだ。


理由は至って単純。学園のアイドル、王子こと金剛劔関連だ。奴とのやり取りを見た彼女達は、俺が金剛と揉めていると誤解してしまったらしい。お陰でクラスの女子達からは、完全に敵認定されてしまっていた。


只の力比べをしただけだというのに……どうしてこうなった?


「空条達に期待するしかねぇか……頼むぜ、ホント」


説明しようにも、敵視している女子達は俺の言葉に耳を傾けはしないだろう。そこで空条達に事情を話し、さり気無く誤解を解く様頼んでおいたのだ。俺のこの先の青春ライフは、彼女達にかかっていると言っても過言ではない。3年間女子から敵視される暗い青春とか、マジ勘弁である。


「やれやれ、何の用だ一体」


俺はベッドから起き上がり、玄関へと向かう。来客が来たのを気配で察知したからだ。


「なんか用か」


ドアを開け、声を掛ける。そこにいたのは泰三と岡部だった。泰三の方はちょくちょく俺の部屋に遊びに来ていたが、岡部連れとは珍しい事だ。


「うわぉ!びっくりした!」


インターホン直前で扉が開き、いきなり声を掛けられるとは思わなかったのだろう。泰三は軽くその場でジャンプし、岡部は目をギョッとさせていた。


「俺達が来るのが分かってたのか?」

「ああ、泰三の糞うるせぇ声は部屋の中でもよく聞こえてたからな」


勿論真っ赤な嘘だ。この寮の造りは高級マンション並みにしっかりしている。余程大声で叫んだりしない限り、部屋の中に声が聞こえる事はない。


つまりは冗談。だったのだが――


「ああ、ちょっと声がデカかったか」

「確かに、泰三の声はうるさいからな」


2人とも俺の言葉を鵜呑みにしてしまう。こいつらも寮暮らしなのに――しかも俺より長い――何故信じる?


「まあ立ち話もなんだし、中に入ろうぜ」


そう言うと、泰三はずけずけと俺の部屋に入って来た。岡部も当たり前の様にそれに続く。お前ら、ここは俺の部屋なんだからちゃんと同意はとれよな、まったく。


「ほらよ」


気を利かせ、キッチンでインスタントコーヒーを入れてやる。泰三は甘党なのではミルクと砂糖を勝手にたっぷり入れ、岡部の分はそれぞれ別の容器に入れてテーブルの上に置いた。


「お!気が利くなぁ!」


泰三はカフェオレになっている方を迷わず手に取り、一気に飲み干した。甘いものは嫌いじゃないが、激甘のカフェオレを一気飲みするこいつの感性だけは理解不能だ。


「で?何の用だ?」

「おう!竜也に格闘技を習おうと思ってな!」

「はぁ?」


いきなり何を言ってるんだ? こいつは?


「理由は至って単純!モテる為だ!」

「……」


馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、まさかここまでとは。俺はジト目で泰三の顔を眺めるが、奴は気にせず言葉を続けた。


「今回の授業の一件で、強い男はモテる!そう確信したのさ!そして強くなるために、俺達は竜也から格闘技を習う!OK?」

「俺は別にモテたい訳じゃなく、単純に自分を高めるためにだな……」

「おいおい。一人だけ高尚振るなよ、ビン」

「誰がビンだ!誰が!」

「昨日の授業で宇佐田が鏡君凄いって言ってたの、すっげぇ悔しそうに見てたじゃねぇか」

「う……べ、別にそんな事は無い!俺は別に宇佐田をど、どうとかそんな事は……」


岡部の言葉は後半になるにつれ、だんだん尻すぼみになって行く。分かり易い奴だ。


「モテルっつっても、お前ら俺の惨状は知ってるだろうが」

「学園のアイドル敵に回すからだろ?それはお前が下手打っただけじゃねぇか」

「別に敵に回してねーよ。只の誤解だ」

「まあそこは別にどうでもいいさ。要は俺がモテればそれでいいんだからな」


欲望に直球な奴だ。女子に嫌われてしまった俺の心配を少しはしろよ。


「という訳で、格闘技を教えてくれ。得意なんだろ」

「得意って言うかまあ……」


俺の場合は、半分実践で身に着けた戦闘術だからなぁ。格闘技とはまた微妙に違うんだが。そもそも無手より、武器持った方が戦えるし。


「少し思ったんだが、鏡の能力は本当に髪を伸ばす物なのか?」

「ん?」

「昨日の千堂先生との動き、あれは格闘技が出来るとかそういう次元じゃ無かった様に見えた。だから髪を伸ばす能力というのは、実はジョークか何かかと思ってな」


まあそこを岡部が疑うのもしかたのない事ではある。実際、レベルアップによる身体能力の超強化ありきの動きだからな。まあそれを誰かに伝える積もりは無いので――


「いや、本当に髪を伸ばす能力だぞ。疑うなら泰三の髪を伸ばして見せようか?」

「何で俺の髪の毛!?自分のでしろよ!」

「ただで伸ばしてやるんだから喜べよ」

「いらねぇよ!俺はこの髪型が気に入ってんだ!」


泰三はツンツンに立てた短髪の前髪を、誇らしげに手でなぞった。頑張ってセットしているのは分かるが、正直顔面の方が大した事無いので、どんな髪型でも大差ないだろうと俺は思う。


……まあ流石にそれを言うほど無神経では無いので、決して口にはしないが。


「いや、見せて貰わなくても大丈夫だ。信じるよ。疑ってすまなかった」

「ああ、いや気にすんな」


わざわざ謝られてしまうと、嘘をついている訳ではないが隠している事に対する罪悪感を感じてしまう。


「まあ戦い方は別に教えてやってもいいけど、必ずしも強くなれる保証はないぞ?」


もちろん訓練を続ければ腕は磨かれる。だが泰三達の求めているのは、手っ取り早いレベルアップだろう。正直、それに応えられるかは相当微妙だ。


「ああ、それで構わねー。俺は天才だからな!」

「5年かけてパワーCが良く言うぜ」

「う、うっせぇ!パワーだって直ぐにBになってやる!」

「へいへい。じゃあ明日の放課後からでいいか。今日はもう疲れてるし」


というかもう22時だ。流石に俺の部屋で稽古をつける訳にも行かないので、広い場所に移る必要がある。だがこの時間帯だと、訓練施設はもう使えないだろう。グラウンドならいけるかもしれないが、暗いうえに氷部辺りに見つかって注意されそうなので止めておく。


「じゃ、明日の晩飯後から頼むぜ!」

「晩飯後?」

「ああ、部活の後少し休憩したいからな」


俺はてっきり部活は止めて、その分訓練に当てるのかと思ったんだが……そんな中途半端な事で、本気で強くなれると思ってるのだろうか? 泰三達は。


いや……だが考えてみればそれが正しい感覚か。


この世界にはギフトがある。能力者にとって近接戦闘技術なんて物は、その補助的な意味合いしか持たない。特に二人は、炎とビームという攻撃的な能力を持っているのだから猶更だ。


「わかった。ビシバシしごいてやるから覚悟しろよ!」


ま、引き受けた以上はしょうがない。ぼちぼち鍛えてやるとしよう。

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