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第20話 横槍

道場を出ると、大量の女性徒が入り口近辺に群れていた。彼女達は出て来た金剛に黄色い声援を送る。どうやら奴の取り巻きの様だ。


死ねばいいのに。


「付いて来い」


奴はそう言うと、その人垣を易々と飛び越えてしまう。それを見て、正直俺は驚いた。プラーナでの強化があった――どういう訳だか、金剛はプラーナを常に身に纏っていた。まあ恐らく不意打ち対策だと思う――とはいえ、10メートル近く飛翔したその脚力は驚嘆に値する。


恐るべき身体能力だ。いや、ひょっとしたら何らかの能力ギフトである可能性の方が高いか。どちらにせよ――


「よっと」


俺も奴に続く。唖然としている女生徒達を飛び越え、既に駆けだしていた奴の後を追う。


金剛の走る速度は人間の限界など遥かに超えていた。これなら、奴の取り巻きが追いかけてくる心配もないだろう。これについて来れるような奴が、男の取り巻き何てしょうもない真似をしてる訳ないしな。


金剛は校舎まで走り、その裏側に回り込む。周囲に人影はない。ここでやるのかとも思ったが、どうやら違う様だ。金剛は膝を曲げて屈伸すると、その場で大きく跳躍した。


「屋上か」


奴は指を校舎3階の窓枠の縁にかけ、足を壁面に引っ掛ける様に蹴って更に飛び上がる。その姿は屋上のフェンスを越え、その中に消えていった。


「やっぱ、身体能力強化系か?」


プラーナで身体能力を高められるとは言え、流石にそれだけでは今の様な動きが出来るとは思えない。だから最初は空条と同じ飛翔系の能力かとも考えたが、それではあの桁違いの走力の説明がつかなくなる。


神速の槍グングニルという異名を考えると、全身、もしくは脚力の強化と考えるのが妥当だろう。


「ま、考えても仕方がないな」


俺はその場に屈み、伸びあがると同時に地面を強く蹴った。バネの様に跳ねた俺の体は一瞬で屋上のフェンスを飛び越え、片手でその端を掴んで一回転して屋上へ着地する。


「ここか?」


屋上には広いスペースが広がっており、周囲に人影は見当たらなかった。


俺はまだ見た事無いが、屋上はヘリの離着陸スペース――ヘリポートとして使われているそうだ。それを証拠づけるかの様に、中央付近に立つ金剛の足元には、Hに丸枠のマークがでかでかと描かれていた。


「ああ、ここなら邪魔は入らない」


金剛は構えを取る。半身になって、左手を太ももの前に沿える様に伸ばした変わった物だ。


「そうか」


俺も自然体に近い形で構えた。取り合えず軽く様子見だ。金剛の構えは攻撃的な物には見えないので、此方から軽く仕掛けて見る。


「じゃあ……こっちから行くぞ!」


一気に間合いを詰め、拳を突き出す。だがそれは前に出した奴の左手に、跳ね上げる形で容易く弾かれてしまう。更に金剛は跳ね上げたその手で、俺の喉元目掛けて突きを放ってきた


「っと!」


それを咄嗟にスウェーしてかわす。鋭い突きだ。洗礼された動きもそうだが、特筆すべきはそのスピード。奴の能力は足だけではなく、全身の強化とみて間違いないだろう。


「ふっ!」


金剛が短く息を吐く。奴の回し蹴りが、頭部目掛けて飛んでくる。俺はそれを飛んで後ろに躱した。


「くそっ」


とんでもない事に気づいてしまった。俺の身長は170後半で、金剛はそれより5-6センチ程背が低い。にも拘らず――奴の足の長さは、俺より少し長かった。


気づかなきゃよかった。世の中の理不尽を噛み締めながら、俺は苦い気持ちで奴と相対する。


「はぁ!」


今度は金剛の方から突っ込んできた。奴の拳を、俺は手で弾く。だが金剛は止まらず、流れる様な動きで連続して突きと蹴りのコンビネーションを放って来る。畳みかける様なラッシュ――が、俺はそれを容易くいなして見せた。


「くぅ……」


金剛の連撃の間に割り込む様に、奴の腹に軽く蹴りを叩き込む。咄嗟に後ろに飛ばれたためクリーンヒットには程遠いが、それでも、それは金剛の顔色を変えるには十分な一撃だった。


「どうする?続けるか?」


見切ったといえば大げさだが、強さはもう一連の受け攻めで大枠おおわく把握出来ている。多少期待していたのだが、残念ながら思った程ではなかった。なので相手が引くのなら、俺に続ける意味はない。


結局。今まで戦った中では、氷部がダントツだったな。


「成程。体術では流石に敵わない……か」


金剛が口の端を釣り上げ、にやりと笑う。それを見て、俺も嬉しくなって笑う。


どうやら隠し玉がありそうだ。まあ当然か。冷静に考えて二つ名が神速の槍グングニルなのだ。何もない訳がないわな。


「本気で行かせて貰う。そっちも本気で来い」

「俺が本気を出すかどうかは、あんた次第だ」

「ならば、引き出して見せる!」


奴の手元が光る。その光はまるで意思でもあるかの様に形を変えて行き、やがては白く輝く一本の槍へと生まれ変わった。


成程な……


槍の様な突きとかそう意味ではなく、正真正銘の槍使いだった訳か。では見せて貰うとしよう。四天王、グングニルの異名を持つ金剛劔の真の力を。


「行くぞ!」


金剛は両手で槍を持ち、中腰の構えで切っ先を俺に向ける。その瞬間、奴の気配が変わった。さっき迄とはまるで別人の様な強い気迫を感じる。これは――楽しめそうだ。


「そこまでよ!」


だが突然横槍が入ってしまう。


「これ以上は風紀委員長として、見逃す事は出来無いわ」


声の方に振り向くと、そこには氷部澪奈が立っていた。屋上の風が彼女の銀色の髪をたなびかせ、その美しい美貌を幻想的に彩る。相変わらずとんでもない美人だ。


「氷部……いたのか」


ばつの悪そうな顔で金剛が槍を下げた。流石に風紀委員の前で戦い続ける程、非常識ではない様だ。


「俺と金剛の勝負を、見逃してくれるのかとばかり思ってたんだけどな」


氷部は少し離れた場所で、勝負の最初っから俺達を見ていた。学園内を高速で走る姿を見られたのだろう、彼女は転移の能力で俺達を追って来ていたのだ。


金剛は気づいていなかった様だが、俺は当然その事には気づいていた。


「少しの手合わせ位なら、見逃してあげても良かったけど。流石に本気の勝負となれば話は別よ。屋上を壊されても困るし」


まあ確かに……本気の金剛と戦ったら、ヘリポートは滅茶苦茶になっていた可能性は高い。奴から感じたのは、それ程の気迫だった。


「どうしても続きがしたいのなら、学園闘祭バトルフェスティバルで勝負なさい。あれはその為の場なのだから」


学園闘祭バトルフェスティバル。泰三が言っていた、校内ランキングバトルの正式名称だ。確か半年に一回だっけか。


「やれやれ、しょうがない」


金剛が槍を消し、俺に背を向ける。


「鏡、勝負はお預けだ。闘祭で当たるのを楽しみにしている」


そう言うと、奴は跳躍してフェンスを飛び越えこの場から消える。去り際が無駄にスマートでかっこよかったので、少しイラっとしてしまった。色々と異世界で修練を積んでは来たが、他人に対する嫉妬という物は御し難いものである。もっと精進しないとな。


「それで?考えてくれたの?」

「ん?何を?」

「風紀委員の件よ」


口調は落ち着いたものだったが、その視線は凍り付きそうな程冷ややかな物だった。ちょっと冗談で返しただけなのに、そんな目で見ないでくれよ。


「冗談だよ!冗談!」

「どうだか、怪しいわね」


ぬぅ。泰三のお宝本を見られたせいか、俺に対する信頼度が著しく下がっている様だ。


「まあいいわ、返事を聞かせて頂戴」

「悪いけど、やめとくよ」

「理由を聞かせて貰っていいかしら?」

「プラーナの訓練をしたい。俺は学園に入ったばかりで、能力があれだからな」


俺の返事に、氷部は訝し気な表情をする。それは「何を言ってるんだこの男は」と言った表情だった。


「入ったばかりなのは知っているわ。でも身体強化の能力を考えてもあれだけの動きが出来るんだから、貴方のプラーナの判定はAでしょ?それ以上に鍛えたいって事?」

「いやAじゃなくてFだぞ。あと、俺の能力は身体強化じゃない」

「…………」


氷部は半眼の眼差しで俺を見る。どうやら俺の言葉を信じていない様だ。まあ結構出鱈目な動きをしてるからな、そう思われても仕方がないか。


「まあいいわ。トップが首になってしまったから、それを補う人手が欲しかったんだけど。本人に入る意思がないのなら仕方が無いわね」


トップって事は……エレメンタルマスター、四条王喜の事か。あいつ風紀委員長を首になってたのか。


……ま、自業自得だな。


「あんなのなら、いない方がましだったんじゃないのか?」


氷部の補うという言葉に違和感を感じ、そう言う。あれだけアホだと、いない方がましだったと思うのだが。


「人格とお頭おつむに難はあったけど、実力はあったわ。少なくとも、彼の前で喧嘩を始める生徒はいなかったわよ」

「一応抑止力にはなってたって事か?」

「ええ、積極的に学園内の見回りもしてはいたし」


俺から見れば大した実力ではなかったが、それでも四天王の肩書は伊達じゃ無かったと言う訳か。まあ少なくとも、本人の起こすトラブルのマイナスを帳消しにする程度には、役に立ってはいた様だ。


「私もそれ程暇じゃないから、これで失礼させて貰うわ」


そう言うと、氷部は転移能力で消えてしまう。しかし忙しいと言う割に、俺と金剛の勝負は黙って見てたな。ひょっとして、彼女も奴のファンなのだろうか?


だとしたら胸糞の悪い話だ。イケメンなどこの世から消えてしまえばいいのに。


俺は心から本気でそう神に祈った。

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