目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

9.ワンコパニック④

「えっ?」


(他の部署の人たちは問題社員が混ざっていようと何だろうと、基本的に個人個人が持ってきているのに……。営業課だけ何で特別扱い?)


 確かによその部署に比べたら接待などの絡みで経費の計上が多いけれど、それにしたって。


「戻ったら私からも倍相ばいしょう課長に確認してみるね。チョコ、有難う。けど……差し入れとかホント気にしなくていいから。代わりに仕事、バリバリ頑張って私たちのボーナスに反映させて? あー、あと! 髪の毛、もっと黒っぽい方が五代ごだいくんには似合うと思うし、服装もピシッとしてる方が好感度上がると思うぞ?」


 まくし立てるように一気に言ってきびすを返した羽理に、「す、すぐ美容院行きます!」と言う声が投げかけられて。


 クスッと笑いながら可愛いワンコを振り返ったら、ワイシャツのボタンを留めてネクタイをキチッと整えている懇乃介こんのすけが目に入った。


(ホント、基本的には素直でいい子なんだけど)


 手のかかるワンコのような後輩は可愛いけれど、他部署なのだし、もう自分のことは気に掛けてくれなくてもいいのにな?と、手の中のチョロルチョコを見ながら思った羽理だった。



***



 ジリリリリリー!と言う、まるで目覚まし時計のようなこの音は、土恵つちけい商事では昼休憩ですよ、の合図だ。


「ねぇ羽理うり! 倍相ばいしょう課長が今日のお昼一緒にどう?って誘ってくれたんだけど……もちろん行くよね?」


 ベルが鳴ると同時、羽理はパーン!とエンターキーを叩いてデータを保存したと思しき法忍ほうにん仁子じんこから、そう声を掛けられた。


 会社ではキリリとました、〝出来るオフィスレディ〟を気取っている羽理だけれど、家では基本ぐぅたら。

 女子力なんてどこかに置き忘れて久しいので、入社して以来手作り弁当なんて作ってきたことがない。

 ランチは大抵コンビニ弁当か、会社に出入りしている仕出し屋の弁当か、はたまた近場の飲食店へ仁子と一緒に食べに行ったりしている。


 長い付き合いでそれを知っている仁子が、いつもの調子で「せっかくだし一緒に食べに行こうよ」と誘ってくれたのだけれど。


「ごめん、仁子! 実は私、今日はお弁当持ってきてて……」


「嘘でしょ!」


「嘘じゃないよぅ」


「もぉ! どこで買ったヤツよ? 消費期限、夜までとかじゃないの!? 確認してみなさいよ!」


 買ってきた品だと決めつけている仁子の様子に、羽理は何となく意地になってしまう。


「残念ながらじゃないから! そう言うの、分かんないし多分そんなには持たないと思う!」


 言って、どこか得意げに若松菱わかまつびし模様の風呂敷に包まれた弁当を鞄から取り出したのだけれど。


「やけに渋い包みね!?」


 朝、羽理自身が華麗にスルーした部分を、仁子が的確に拾い上げてきたから。


 羽理は、不合理にも(裸男め!)とたまたま通りかかった屋久蓑やくみの大葉たいようをキッと睨み付けたのだった。



***



 昼休憩の合図音が鳴ったと同時。

 屋久蓑やくみの大葉たいようは(荒木あらきのやつ、俺が作った弁当食ってるかな?)とソワソワし始めて。


(ちょっと覗くだけだ……)


 そう心の中で誰にともなく言い訳をして、部長室から何気ない風を装って財務経理課のフロアへ出たと同時――。


 羽理うりが同僚の法忍ほうにん仁子じんこを相手に、大葉たいようが作った弁当を披露している真っ最中のところへ出くわした。


 その様に何となく(法忍ほうにんよ、それ、俺が荒木に作ってやったんだぞ)とか、(やっぱり荒木にはもっと可愛い包みの方が似合うな)とかせわしなく思っていたら、「デキアイヒンじゃないから」云々うんぬんと断言する羽理の言葉が耳に飛び込んできて。

 心の中で思わず、(バカ! どう見てもだろ! 俺の愛が分からないのか!)とツッコミを入れてしまった。


 それと同時、法忍ほうにん仁子が「やけに渋い包みね!?」と指摘して。


 こちらへ気付いたらしい羽理からキッと睨まれてしまう。


「なっ」

 ――何故そこで俺を睨む!


(そもそも、お前、今朝弁当渡した時は包みのことなんざ、全然気にしてなかっただろ!)


 俺の愛を反故ほごにするような発言をした上、何て理不尽りふじんな女なんだ!と思ってしまった大葉たいようだ。


 と、そこでとした春風みたいな雰囲気を身にまとった倍相ばいしょう岳斗がくとがひらりと二人に近付いてきて。


「あれぇ? ひょっとして荒木あらきさん、今日は手作り弁当? ランチをおごろうと思ってたのに残念ざんねーん


 瞳を目一杯見開いた倍相ばいしょうの様子から、言外に『珍し過ぎない!?』と付け加えられているのを感じた大葉たいようは、(ま、それ。そいつが作ったんじゃねぇしな。荒木を昼に誘えなくて遺憾だったな、倍相ばいしょう岳斗がくと!)なんて思いつつ。


 何となく倍相ばいしょう課長に一歩リードした気がして心の中、(今朝の俺、グッジョブ!)と胸を張りたくなった。


「すみません、課長。また誘ってください」


 羽理からのに、倍相ばいしょうが「もちろん」と答えるのを聞きながらつい対抗心。


「いや、荒木あらきはこれからもずっと手作り弁当持参するから無理だろ」


 なんてつぶやいてしまって。


「えっ!?」


 三人から一斉に注目を浴びてしまった。


「何で屋久蓑やくみの部長がそんなこと言うんですか!」


 羽理にプンスカされた大葉たいようは、思わず苦しまぎれ。


「せ、せっかく弁当箱とか用意したのに作らないとかもったいないだろ!……って思った、だけ……だ。ふ、深い意味は……ない」


 と、机上にポツンと置かれたモスグリーンの包みを指さして、しどろもどろ。どうにかこうにかそう思った理由を述べたのだけれど。


「えー。羽理、わざわざお弁当箱、買ったの?」


 法忍ほうにんがそこへ食いついてくれてホッとする。


「か、買ったわけじゃ……」


 自分が作ったわけでも弁当箱を用意したわけでもない羽理がオロオロするのを見て、(それは忘年会のビンゴ大会の景品だぞ、荒木)とふふん、としたと同時、『あ!』と思った大葉たいようだ。


 そう、あれは行事ごとで手に入れた品だ。


 鈍そうな女子社員二人はともかくとして、一見のほほんとして見えるがその実やり手な倍相ばいしょう岳斗がくとは勘付くかも知れない。


 それに――。


「もぉ、煮え切らないわね! どんなお弁当箱なのか見せてみなさいよ!」


 法忍ほうにんが羽理をかして皆の前で包みをほどかせてしまったからたまらない。


(マズイ……)


 包みの下から姿を現したのは白木の曲げわっぱで。


「えっ!? 何で!?」


 仲の良い同僚のことを知悉ちしつしている法忍ほうにんが、それを見て驚いたのも無理はない。


「ちょっと羽理! あんた、いつからしたの!」


 白木のふた部分。

 大葉たいようが、風呂敷と箸が可愛くない分、少しでも女子っぽく見えるように……と思って貼った、ミニチュアダックスの愛らしい防水ステッカーが鎮座ましましていたからだ。


(ウリちゃんイメージのステッカーだぞ? 可愛いだろう!)

 と言うのはもちろん建前。


 ニブチンの羽理に、食べる直前。少しでもいいから自分が作った弁当なのだと意識して欲しかっただけ。


 そう。

 言うなれば、大葉たいようが己の存在感を主張してみただけのステッカーに他ならなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?