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10.夕方は予定をあけておくように!①

 羽理うりが行くのは無理だと分かっても、上司におごってもらうモード全開になっていた法忍ほうにん仁子じんこは諦めなかった。


「羽理とはまた後日出直せばいいじゃないですかぁ〜。私はもう、課長に提案されたお好み焼き屋さんの口になってます!」

 なんて具合。


 倍相ばいしょう岳斗がくとは、仁子の圧に負ける形で、き立てられるようにしてランチへ駆り出されてしまう。


(おう! 行ってこい、行ってこい!)


 仁子の強引さに心の中で拍手喝采かっさいを浴びせつつ、そんな部下二人を愛しの羽理とともに見送った屋久蓑やくみの大葉たいようだったのだけれど。



***



倍相ばいしょう課長って、のほほんとしてるようで、実は案外鋭いところがありますよねー」


 ネギがたっぷり入った、甘めの卵焼きを摘み上げながら、羽理うりがほぅっと吐息を落としながらポツンとつぶやくから。

 先ほどのことを嫌でも思い出させられてしまった大葉たいようだ。


 法忍ほうにん仁子じんこと二人、財務経理課を出ていくとき、倍相ばいしょう岳斗がくとがふと立ち止まって。

「あ、そう言えば……」

 まるでとつい今し方気が付いた、と言ったていで羽理を振り返ったのだ。


「よく考えてみたら荒木あらきさん、今日は裸男さんと彼女さんのお宅からの出社でしたよねー? ……ってことは、そのお弁当は荒木さんが作ったんじゃなくて、裸男さんか、彼の彼女さんの手作りなんじゃないですか?」

 と――。


 悔しいけれど大葉たいようは、その言葉にぐうの音も出なかったのだ。


「あ、は、はい……。実は裸男さんが自分のを作るついでに作ってくれました」


 自分が作ったわけではないのは確かだったので、羽理が思わずその言葉を肯定して。


 仁子が嬉し気にポン!と手を打った。


「そっか、そっか。そう言うことだったのかぁー。考えてみたら羽理うりがお弁当を作って来るなんて不自然だもんね!? そんな事情なら私も文句なしで納得だわ!」


「ごめんね、見栄張っちゃった」


 仁子じんこの言葉に羽理が乗っかって。


 弁当箱が犬柄だったのにも、もっと言えば風呂敷包みが男っぽい渋柄だったのにも、得心が言った様子の仁子が、「弁当箱も包みもちゃんと洗って返しなよー?」と、まるでお母さんのようなことを言ってくる始末。


「分かってるって」


 羽理がムムッと口を突き出して答えるのを見つめながら。


 大葉たいようは、自分がどこぞの女性(?)と同棲していることになっているのも気になったし、何より呼び名!

 呼び名が〝裸男〟で定着してしまっていることにも思いっきりモヤモヤしてしまう。


(俺ンところに泊まりましたって素直に言えねぇのは分かる。分かるが! もっと言い方があんだろーが!)


(それに……俺が同棲してる女って誰だよ! 話の感じからして荒木ってわけじゃなさそうだよな!? おい荒木! お前、二人にどんな説明をしたんだ!)


 倍相ばいしょう法忍ほうにんが出払ったのをいいことに、大葉たいようはその辺の諸々の事情を聞くためと理由付けて、羽理うりを会社からちょっぴり離れた公園までタクシーで連れ出したのだけれど。


 木漏れ日のさす木陰に設置されたベンチへ横並びに腰掛けて、ふたりして大葉たいようお手製の弁当を広げていたら、「んー! このハンバーグ、味が沁みてて絶品です!」とか何とか嬉し気に弁当のおかずを褒められまくって、なかなか本題に切り込めない。



***



「はぁ~。どのおかずもめっちゃ美味しかったですっ! 料理のことだけで判断したらダメかもしれないですけど……屋久蓑やくみの部長とパートナーになれる人はホント幸せだと思います!」


 綺麗に平らげて、米粒ひとつ残さず空っぽにした弁当箱を元のように若松菱わかまつびし模様の小風呂敷で包むと、それをひざに載せて羽理うりがほぅっと至福の溜め息をいた。


 結局ここに至るまで、羽理に聞きたいことを何一つ聞けていない大葉たいようだ。


 食事を摂りながら話したことと言えば、「この煮物、朝から煮込んだわけじゃないですよね?」と言う質問に「ああ」と答えたり、サバの塩焼きをつつきながら問われた「朝からお魚焼いたんですか?」の言葉に「ああ」と言ったとか……そんなのばかり。


(考えてみたら俺、『ああ』しか言ってないじゃないか!)


 今更のようにそれに気が付いた大葉たいようだったのだけれど。


「――なぁ荒木あらき。俺の作る飯がそんなに気に入ったのか?」


 ポツンとそうつぶやいたら、即行で「はい!」と返って来た。


「じゃあ、さ……。毎日俺の料理が食えるポジションに来てみるとか……どうだ?」


 大葉たいようとしては結構思い切った告白の言葉を口にしたつもりだ。

 だって……それこそよくプロポーズで引き合いに出される「毎日キミの作った味噌汁が食べたいんだ」に匹敵するくらいのセリフだったから。


「えっ?」


 だからそのセリフに羽理が珍しく言葉に詰まったみたいにこちらをじっと見つめてきたのも当然に思えて、大葉たいようはごくりと生唾を飲み込んだ。


 なのに――。


「あの、部長……それって……もしかしてですか?」


 と返されるとか、さすがに『嘘だろ!?』と思わずにはいられない。


 至極しごく真剣な顔をした羽理うりからそんな言葉を投げ掛けられた大葉たいようは、思わず言葉を失って。

 しばし後、やっとの思いで「何でそうなる!」と抗議したのだけれど。


(そもそも上司の手料理が食える部署ポストってどこだよ!?)


 口に出せばいいのに、ヘタレゆえ盛大にツッコミを入れている大葉たいようへ、羽理が

「だって……」

 つぶやくなり、どうしたら良いか分からないみたいにソワソワとコチラを見て身じろぐから。

 その様が愛らし過ぎて、羽理の顔をしたミニミニキューピッドが、ズキューン♥と心臓を撃ち抜いたのを感じた大葉たいようだ。


 それは恋の矢で、というよりライフル銃で狙撃されたのに近い感覚で。


 羽理と出会ってからこっち、大葉たいよう心臓ハートはミニ羽理が仕掛けてくる恋の矢やらバズーカ砲やらの的にされまくりで、正直満身創痍まんしんそういだ。


 締め付けられるように痛む心臓をギュッと押さえつつ――。


(やばい。モジモジする荒木あらきが可愛すぎて身が持たん……!)

 となった挙句、

「俺に同棲してる彼女がいるってデマを流したのはお前だぞ? 責任を取れ!」

 とまくし立ててしまっていた。

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