そこへ置いてあるサニタリーチェストには、バスタオルやシャンプーの詰め替えも入れてあるけれど、一番上の引き出しには下着がずらりと並べて収納してある。
そこから上下
だって、やっぱりショーツも身に付けずに履いていたレギンスは何となくもう一度そのまま履くのには抵抗があったし、チュニックも、せっかくなら着替えて目新しいものをお披露目したくなったのだ。
(た、
普段下着のことなんて無頓着だし、何なら部屋着だって超絶
でも何となく……。そう、何となく今日だけは。ちょっぴり背伸びしてみたくなったんだから仕方がないではないか。
(た、たまたまっ。そういう気分だっただけだもん)
別に
(あ、そうだっ)
前に秘蔵っ子の猫耳バスローブを緊急事態で下ろしたことがあるけれど、あれと同じようにもったいなくてまだ一度もそでを通していない、白とピンク掛かったパープルがボーダーカラーになった猫柄パーカーと、同色の短パンのセットがあったのを思い出した羽理だ。
(あれ、下ろしちゃおっかな?)
きっと、
(さすがにズボン履かずにパンツむき出しのままは文句言われそうだけどっ)
でも、今日は……そんな
(だ、だって!
会社ではもちろんのこと、いつだったか
(わ、私だけだらしないのは何か悔しいだけだもんっ)
単なる対抗心だと自分に言い聞かせた羽理だったけれど、実際はそれだけが理由じゃないことくらい、さっきからいちいち色々言い訳しまくっている自分が、一番よく分かっている。
「あった。これこれ……」
クローゼット奥から取り出した真新しいルームウェアの上下一式セット。
今回はしっかりチェックして、タグも忘れずにちゃんと切り離した。
取り出したばかりで、畳まれていた時の折り目もしっかりついたままの部屋着を着て、姿見の前でくるりと回ってみて、「よしっ」とつぶやいた羽理は、『あ、そう言えば……』とベッドへ放り投げたままにしていた携帯のことを思い出した。
「あ……
羽理は触れても反応しない真っ黒なままのスマートフォンの画面を見て、いそいそと充電器にさしたのだけれど。
やっと起動出来たスマートフォンは、開通したと同時にショートメッセージを数件受信して――。
開いてみれば、
何だろう? とりあえず折り返さなきゃ……と思ってベッドにちょこんと正座したと同時。
ピンポーンとチャイムが鳴って、羽理は
(もぉ、合鍵持ってるんだから勝手に入って来ればいいのに……)
いつもなら確認するドアモニターもインターフォンも確かめずに「はいはーい」と言いながら無防備にドアを開けてしまった。
だがドアの外に立っていたのは、
「えっ。
だった。
***
昼、一緒にランチをしたときにはいつも通りだったはずの
ビンゴと言うべきか。
その瞬間の羽理の泣きそうな顔を見て、
(裸男の正体は
彼が、何故〝裸男〟と呼ばれているのかは分からない。
でも、羽理本人は気付いていないようだが、彼女が恋の
(下っ端の
そう思いはしたのだけれど、羽理が自分の恋心に気付いていない今ならまだ間に合う気がして――。
とりあえず羽理と仲の良い
自分のついた嘘のせいとはいえ、痛々しいくらいに様子がおかしくなってしまった羽理を呼び出して早退するよう仕向けたのは、実は仁子から引き離すためだ。
なのに羽理を席に戻すなり仁子が熱心に何かを話しかけているから。
それを見て、岳斗は柄にもなく真っ向勝負。
二人の会話をあえて断ち切るように仁子を呼び出して、いつもなら上手くやる駆け引きさえ忘れて、『荒木さんの恋心に起因する動悸のこと、きっと
(
そう思ったからこそ。
岳斗は仁子が動く前に、勝負に出ないといけないと思って羽理に電話を掛けたのだ。
だけど――。
電源が切られているのか通じなかったから。
(裏を返せば
と少し安堵して――。
見舞いと称して
***
「……
「あの……課長どうして私の家を?」
「あー、ごめんね。急に来たりしたら気持ち悪いよね。――えっと……前に迎えに行くって話した時があるでしょう? あの時に
照れ臭そうに……どこか申し訳なさそうに言われた羽理は、なるほど、と思って。
「……一応来る前に連絡はしたんだけど……。ひょっとして荒木さん、携帯の電源切ってない?」
眉根を寄せた岳斗から、「何度掛けてもずっとオフモードなアナウンスが流れるから……倒れたりしているんじゃないかと心配になって来ちゃった」と続けられた羽理は「わー、申し訳ないのですっ」と、岳斗のうるん……とした子犬のような雰囲気にほだされて、思わず謝っていた。
このところちょっぴりイメージからかけ離れた一面を見せられて何となく戸惑っていた羽理だけれど、いま見せられているアレコレの表情は羽理のよく知る
「あ、あの……ご心配をおかけしました。実は携帯の電池切れに気付かなくて……さっき充電器に掛けたばかりなんです。体調の方は……ご覧の通り、お陰様ですっかり良くなりました」
「そっか。良かったぁー。――って、……ホント突然押し掛けるみたいになっちゃってごめんね」
「いえいえ、全然……」
「あ、そうだ。忘れるところだった。――はい、これお見舞い」
言いながら、
振り子時計に「5」のローマ数字を現す「V」が描かれた特徴的なロゴに、羽理は、「わぁっ、ここのケーキ、仕事後に行っても売り切れ商品が少ないからお気に入りでよく行くんですっ」と
「うん、実は以前荒木さんの車がお店の前に停まってるの、見掛けたことがあるんだ」
「わわっ。ホントですかっ。な、何か恥ずかしいんですけど……!」
「別に恥ずかしがらなくても。……ここだけの話、実は僕も結構甘いものが好きでね、あそこは良く利用するんだ。今日も自分が好きだからってチーズケーキとイチゴのショートケーキにしちゃったんだけど……平気? 嫌いじゃない?」
やっぱり無難にチョコとかの方が良かったかな……と続けられた
「奇遇です! 私もあそこのお店ではその二種類が特に好きなんですよ。きゃー。
羽理がヘヘッと笑ったら、岳斗が瞳を見開いた。
「……そう言うトコ……。ね、荒木さん、キミは魔性の女だって言われたりしない?」
「え?」
突然岳斗からわけの分からないことを言われた羽理は、目を白黒させてソワソワと岳斗を見上げた。
「ねぇ、
目が合うなり、岳斗から何故か〝名前呼び〟をされて、ひどく切ない顔をされてしまうから。
「ダメって……な、にが……です、か?」
辛うじてそう返しながらも、羽理はますます混乱するばかり。
「ほら、羽理ちゃん、恋人はいないって言ってたでしょう? だから……えっと……僕じゃ恋人候補になれないかなって……そういう……意味……なんだけど」
岳斗からの思わぬ告白に、羽理は驚きの余りヒュッと息を呑んだ。
***
両手に沢山の荷物を持って小走りに
急いでエレベーターホールにたどり着いて、操作パネルで昇りボタンを押せば、さっき自分が下まで降りた時に一階まで降ろしたはずの箱が、羽理のいる七階に上がっていた。
七階フロアにあるのは、もちろん
だけど――。
(くそっ。何でこんな時間かかんだよ!)
だが、階段を走って上がるよりは、もどかしくてもここでエレベーターが来るのを待った方が断然早い。