「この、切ないくらいに痛いのが……恋の……?」
胸元の服をギュッと掴んで言ったら、「ああ、そうだ」と肯定されて。
「私は、
「俺が他の女とどうこうなるのが嫌だって思うんならそうだな」
美男美女にしか見えない二人が、お似合いだと思ってしまったのと同時に湧き起こってきた、何とも言えない
そんな時に
そう言うのを一気に思い出した羽理は、またあんな想いをさせられるのは耐えられないと思って。
小さく「イヤ……」と答えてポロリと涙を
「そっか……。だったら話は早い」
「え……?」
「羽理、俺を独り占めしたくないか?」
「ひとり、じめ?」
「ああ、そうだ。その代わりお前も俺だけのモノになる。そう言う夢のような関係を、俺はお前に与えてやれる。――なぁ、羽理。お前はそれが欲しくないか?」
「……そんな関係が……本当に得られるの?」
「ああ、得られる。しかも、今から俺が言うことに『はい』か『イエス』か『うん』のどれかで答えればいいだけだ。――出来るよな?」
羽理が涙でアーモンド型の瞳を
「――
***
突然
「え……?」
(この人、今……何て
もちろん
でも――。
こんな風に面と向かって二人の関係性をハッキリさせるような
しかもその問いは恋人をすっ飛ばして結婚の申し込みな上、「する」「しない」の決定権が羽理に
何だか色んな意味でとっても滅茶苦茶。無理難題ではないか。
(え、えっと……
余りに
その途端、何だかふっと肩の力が抜けて、緊張の糸がほろほろと
(ああ、そっか……)
考えてみれば、確かに恋人よりも婚姻という法律上の後ろ
お見合いならば〝結婚前提〟でお付き合いをすることが基本だろう。
だったら……結婚した後に
だってそれはまるで――。
(何だか私の大好きなティーンズラブの世界みたいだもの!)
恋愛に
上手くいけば〝夏乃トマト〟の執筆活動のネタになりそうだよ!?とか思ってしまった。
本当はそんな理由で軽々しく結論を出すべき事柄ではないことは、百も承知だ。
でも――。
それでも初っ端からお互いに真っ裸で「初めまして」をした
「――はい、喜んでっ!」
勢いよくそう答えたら、
でも、羽理を抱きしめる
羽理は、
今まではずっと……。キューッと胸が締め付けられるたび、死んでしまうんじゃないかと恐ろしくて
***
本当は「
もしかしたら、伯父から見合い話を持ち掛けられていることが心の片隅にあったことも関与していたのかも知れない。
――俺には結婚を約束した恋人がいるので見合いはお受け出来ません。
(お、OKもらったし……キスしたいって言っても受けてくれる、よ、な?)
そんなことを思いながら「羽理……」と声を掛けようとした矢先、羽理が「あっ」と小さくつぶやいて足元に視線を落として。
くそっ、タイミング!と悔しく思いながらも羽理の視線を追ってみれば、いつの間に来たのだろうか?
二人の足元に尻尾の短い小太りな三毛猫が来ていて、抱き合う羽理と
「にゃぁぁぁぁーん」
そのくせ見た目のイメージとは随分かけ離れた愛らしい声で甘えたように鳴くから、
次の瞬間、その猫から小馬鹿にしたようにニタリと笑われた気がしてしまった
(チェシャ猫!)
まるで『不思議の国のアリス』に出てくる、わけもなくニヤニヤ笑う大口をしたあの猫じゃないか、と思って。
気味悪さにヒッとなって、思わず腕が緩んだと同時。
「焼き鳥の三毛ちゃん!」
言って、羽理がスルリと
本当はしゃがみ込んで撫でたかったんだろうが、一瞬腰を落としかけてノーパンな
でも手は猫の方へ伸びたままで。
「お、おいっ、羽理っ! 下手に手を出すと不思議の国に連れて行かれちまうぞ!?」
自分の中ではすっかり〝チェシャ猫〟認識なので、思わずそう言ってしまったのだけれど。
幸い、三毛猫は羽理が手を伸ばすより先にタタッと駆け出すと、神社脇の植込みに姿を消した。
それを無言で見送ってすぐ――。
「あのっ、不思議の国って何ですか?」
と羽理が
「なんで猫なのに鳥なんだ!?」
と
即座に二人して
「どう見てもチェシャ猫だからだ!」
「あの子と焼き鳥をシェアしたからです!」
とこれまた同時に答えて、何だか可笑しくなって顔を見合わせて笑ってしまった。
***
その後はブランケットを羽織った妙な格好のまま、やたらと恥ずかしがる
ふと手元を見下ろして「あ……」とつぶやいた。
「どうしたの?」
羽理がキョトンと
「俺、何か色々浮かれすぎてたみたいだ。――泊まりの荷物とか、全部車に忘れて来てるわ」
「えっ?」
ブランケットに
ほぼ手ぶらでここまで来てしまっている。
持って来ているものと言ったらただひとつ、いつも持ち歩いている車の鍵と財布が入った小さなボディーバッグだけ。
それだけは常の習慣で流れるように肩から斜め掛けにして車を降りていたから、普通に車にロックも掛けられて、他を忘れたことに今の今まで気付けなかった。
(通りで身軽に羽理を抱きしめたりとか……色々出来たわけだな)
なんて思うと、荷物を置き忘れて来たことが、そう悪いことではなかったようにも思えてくるから不思議だ。
「なぁ、羽理。ちょっと俺、荷物取りに戻って来るから部屋ん中で大人しく待っててくれるか?」
羽理の部屋の前までしっかり羽理を送り届けてから。
以前
「さっさと中に入って身なりを整えろ」
羽理を部屋の中へ押し込みながら、あえて「下着を身に着けろ」とは言わずにそれを
羽理はうながされるままに部屋へ入りつつも、「あの……
「ほら。今日だってこれがあったからすぐお前ん
としどろもどろに言い募った。
そうしながら、前に身一つで羽理のアパートから飛ばされた時、キーレスのマンションで良かったとつくづく思ったのを思い出した
(あん時、もし普通にここみたく鍵がなきゃ開かないタイプのドアだったら俺……あの不審者ルックのまま管理会社の人間を呼ばなきゃいけなかったんだよな?)
今更のようにそんなことに気が付いてゾワッとした。
何しろあの日の自分の格好は、羽理チョイスの無地Tシャツに
羽理は折角買ってきたんだし!……と言うノリで靴下も履いて、レインポンチョも羽織れば完璧みたいに勧めてきたけれど、それでは変質者まっしぐらだと思って
「確かに……
羽理がちょっとだけ考えてからそう答えてくれてホッとした
「じゃあ、すぐ戻ってくるから。ちゃんと戸締りして待つように」
言って、コインパーキングまでの道のりを小走りで戻った
途中で一台の車とすれ違ったことに気付けなかったのは、痛恨の極みだったかも知れない――。