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18.飛ばしすぎ?①

「だ、だからっ。私の後ろを歩くのは無しですっ」


 チュニックの下にレギンスを履いているとはいえ、その中はショーツなしだ。


 背後から大葉たいように見詰められるのはやたらと照れ臭いと思ってしまった羽理うりだ。


「ブランケットを巻き付けてんだから……俺がどう頑張ったって見えやしねぇだろ」


「がっ、頑張らないで下さいっ!」


「いや、今のは言葉の綾だ。別に見えたらいいなぁなんて期待してるわけじゃないとも言えないわけじゃないが……ややこしくなりそうだから一応ないってことにしておけ!」


「なっ、何なんですか、それっ! 意味分かんない!」


「俺にも分かんねぇよ!」


 羽理のアパートから少し離れたコインパーキングにエキュストレイルを駐車した大葉たいようと二人。

 一〇〇メートル足らずの距離をギャイギャイ言いながら少し距離をあけて一緒に歩く。


 途中、一〇段ばかりの階段に差し掛かった時、「こ、ここだけは私が前にっ!」と数段下にいる大葉たいようを追い抜かそうとしたのだけれど。


「何でだよ」


 下から見上げるように振り返られて、羽理は「ひっ!」と声にならない悲鳴を上げる。


 マントのように羽織ったブランケットは、歩きやすい様に前のところが二つにパックリ割れていて。

 下から見上げる形になった大葉たいようからは、チュニックの下に履いた薄々生地のレギンスが足の付け根まで丸見えになっていた。


 薄っすらと、羽理の秘めやかな場所の縦筋が目に入ってしまった大葉たいようは、慌てて前を向いて。


「なっ、何でブランケット、ぐるぐる巻きにしてないんだっ!」

 と抗議した。


 文句を言うや否や、大葉たいようがグッと前かがみになったところをみると、何やら股間の辺りに〝さわり〟が生じてしまったらしい。


「た、大葉たいようのエッチ!」


「お前が見せつけてくるからだろうが!」


「見せつけてません!」


 耳まで真っ赤にして「被害者は俺の方だ……」とかブツブツ言う大葉たいようを追い抜かして先に下まで降りた羽理うりは、ふと前方に見える鳥居とりいを視界の端に収めて何の気なしにつぶやいた。


「あそこに見える居間猫いまねこ神社のお祭り、結構出店が出て盛況なんですよ♪ やたらと焼き何とかが多いんですけどね」


 大葉たいようが階段の上の方から「出店に焼き何とかが多いのは普通だろ」と突っ込むのをクスクス笑いながらスルーした羽理だったのだけれど。


 鳥居の先に三毛猫が悠々と歩いて行く姿を見つけて、ハッとしたように足を止めた。


「そう言えば私、そのお祭りで……」



***



 羽理うりがそこまで言って固まってしまうから、やっと下腹部の興奮がおさまってきた大葉たいようは、いそいそと羽理の横へ並んで彼女の顔を覗き込んだ。


「その祭りで……何だ?」


 早く先を話せと急かしたつもりだったのに、「いっ、いきなり距離を削って来ないで下さいっ」と羽理が悲鳴のような声を上げるなり胸元を押さえて飛び退すさって。

 羽織っていたブランケットのすそを踏んでよろけてしまう。


「危ねっ」


 咄嗟とっさのことに、羽理の非難も忘れて慌てて彼女の細い手首を掴んで腕の中に引き寄せた大葉たいようだ。


 常に何かしゃべっている印象の羽理が大人しくなったことを疑問に思って腕の中を見遣れば、真っ赤になって固まっている羽理が目に入ってきた。


(やべぇ。めちゃくちゃ可愛い……)


 羽理を茹でダコみたいに真っ赤にしてしまっているのは、きっと自分に他ならないんだと思うと愛しさが五割増し、いや百倍増しになるなとニマニマが止まらなくなってしまった大葉たいようだ。


「あ、あのっ、……う、腕を……」


 放して欲しいと、消え入りそうな声音でゴニョゴニョ訴えてくる羽理を、わざとギュゥッと腕の中に一層強く抱き込んで。


「なぁ、羽理。ひょっとしてお前、今、すっげぇ心臓バクバクしてる?」


 分かっていて意地悪く問い掛ければ、コクコクと必死にうなずいてくる。


「そっか……」


 大葉たいようは小さく吐息を落とすと、「俺もだ」と同意して、羽理うりの耳を自分の胸元に押し当てさせた。


「――な?」


「だ、だったら……」


 なおのこと離れましょうと言いたげな羽理をじっと見下ろして、大葉たいようはふっと柔らかく微笑んだ。


「はぅっ」


 途端腕の中の羽理が心臓を撃ち抜かれたみたいに小さく悲鳴を上げるから。


 その反応を確認した大葉たいようは腕の力を少しだけ緩めると、ゆっくりと噛んで含めるように言葉をつむいだ。


「お前のそれな、病気とかじゃねぇから」


「えっ?」


「恋愛もの書いてるんなら知識くらいあんだろ。――恋のときめきってやつ」


「こ、いの……とき、めき?」


「ああ。何か気付いてないみてぇなのがめっちゃムカつくんだがな。――羽理、お前は、胸がざわついて苦しくなっちまうくらい俺のことが好きなんだよ」


 自分も同じだから分かると続けたら、羽理が瞳を見開いた。


「いい加減、自覚してくれ」




***



 いきなり大葉たいようから不整脈だと思っていた胸の痛みは病気などではなく、恋のときめきなのだと明かされた羽理うりは、どう反応したらいいのか分からなくて固まってしまう。


「自覚しろって言われても……私、私……」


 本当に目の前の大葉たいようのことが好きなのかどうかすら分からないのだ。


(腹立たしいくらいハンサムなのは認めてますし、そんな見た目の割に話しやすくてギャップ萌えなトコも嫌いじゃないですっ!)


 それに――。


 作ってくれる料理も絶品で、大葉たいようから手料理を食べさせてもらえると思うだけでヨダレがジュワリと湧いてきて胸が躍ってしまう。


 でも――。


 それを恋心だと断じるのは、何か違う気がした羽理だ。



「なぁ羽理。俺は正直ぶっちゃけお前が倍相ばいしょう五代ごだいと一緒にいるのを見るだけでも、すっげぇムカつくんだよ。胸の辺りがモヤモヤして自分でも感情のコントロールが付けられなくて参っちまう」


 眉根を寄せて、大葉たいようが己の心情を吐露するのを見て、言われてみれば、自分が二人と話している時の彼は、確かにおかしかったな?と思い出した羽理だ。


 それこそ、やけに不機嫌になってさしたる用もないのに部長室へ呼び付けてきたり、会話の途中なのに話をさえぎって羽理を連れ去ろうとしてきたり。


(モヤモヤさせてしまっていたのだとしたら、確かに申し訳ないことをしました)


 一応にそう反省してみた羽理だったのだけれど――。


「わ、私っ、二人とは何にもない……です、よ?」


 思わず語尾がしどろもどろ。言い訳するみたいにそう言ったら、「それでも、だ」と溜め息混じりに大葉たいようがつぶやいて、羽理を抱く腕にグッと力を込め直してくる。


「あ、あの……」


 ギュッとされるのはやっぱりとってもソワソワして恥ずかしくて……心臓がバクバクして苦しくてたまらないからやめて欲しいのだと羽理は涙目で大葉たいようを見上げたのだけれど。


「俺はお前を好きになるまで、自分がこんなに嫉妬深いとは思わなかった……」


 切ないぐらいに真っすぐな瞳で見つめられてそんなことを言われた羽理は、胸がキュッと苦しくなって言葉に詰まってしまう。


「わ、私なんかのために嫉妬だなんて……ホントですか……?」


「お前だからこそ、だ。なぁ、羽理。俺の好きになった女を〝私なんか〟とか卑下ひげするなよ」


 ここまで自分のことを崇拝すうはい?してくれる大葉たいように、今日のお昼は倍相ばいしょう課長と公園でお弁当ランチをしちゃいました……だなんて言ったら、どうなってしまうんだろう?


(内緒にしておいた方がいい、よ、ね?)


 そんなことを思ってから、別に大葉たいようがどう思おうと今までの羽理ならそんなに気にならなかったはずなのに、何故今回はそんな風に考えてしまいましたかね!?と思い至って思考が停止する。


「あ、あの……私……」


「ん?」


 ――お昼に倍相ばいしょう課長と二人でお弁当を食べました。


 分からない感情に支配されるくらいなら、いっそのことさらりと白状してしまえばいいと思うのに、羽理はやっぱりそれが出来なくて。


「好きとか嫌いとか……嫉妬するとかしないとか……よく分かりません……。ごめんなさい……」


 気が付けば、全然違うことを口走ってしまっていた。


 心にやましいことがあるからだろうか。


 自然と視線がブレて、羽理はとうとうこらえきれなくなって、うつむいてしまう。


「ホントに……分からないのか?」


 なのにまるでそれを許さないと言いたいみたいに、大葉たいようにそっとあごに手を添えられて上向かされた羽理は、ソワソワと視線をそらせる。


「なぁ、羽理。例えば、なんだがな。――俺がお前をっぽって羽理以外の女と親しげにしてたとしたらどうだ? 平気か?」


 あごを掴まれたままそんなことを問われた羽理は「へ、平気に決まってますっ」と答えたのだけれど。


「だったら何で……俺が柚子他の女と一緒にいたことを責めて、あんなに泣いたんだ?」


「そ、それは……た、大葉たいようがっ。私のことを好きだって言ってたくせに……後で呼び出すって言う約束まで破って別の女性ひとを優先させたと思ったからです! あの時はまだ、会社の受付で貴方と一緒にいた綺麗な女の人が……大葉たいようのお姉さんだって知らなかった、から……」


「ん? お前、あん時ロビーにいたのか……?」


 勢い込んでそこまで言ったら、大葉たいようが「だったら声掛けてくれりゃ、よかったのに……」と付け足して、嬉し気に顔をほころばせてふっと笑うから。


 羽理はその時のどうしようもなく苦しかった気持ちを思い出して、何だか腹立たしくなってきてしまう。


「し、仕事だって手に就かなくて早退までして……泣きながらお風呂に入ったのに……! 笑うとか酷い!」


「……ああ、俺と一緒で重症だな」


「え?」


「分からないのか? 羽理。それが〝ヤキモチを妬く〟ってことだ」


 大葉たいようの言葉に羽理はビクッと身体を震わせて……挙動不審に彷徨さまよわせていた目線を恐る恐る大葉たいように合わせて……。

「やき、もち?」

 確認するみたいにそう問いかけた。


「ああ、そうだ。――羽理はしんどかったかも知れねぇけど……すまん。俺はお前がいてくれてるって知って、ちょっと……いや、かなり嬉しかった」


「……え?」


「お前が俺のことを意識してくれてるんだなって分かって……。俺だけの一方通行じゃないって思えたの、すっげぇ幸せなことだったんだよ。羽理がクソ真面目に心臓が痛い、死ぬかもって悩んでんのも恋愛初心者な感じがして可愛くて……。けど一応俺なりにそれは恋わずらいだぞって伝えたつもりだったんだがな? 結局、何か伝わってなくね?って分かってからも……お前が俺のことでいちいち戸惑う姿が可愛すぎて……つい訂正が遅れちまった。……すまん」


「ひょっとして大葉たいようが最初に言ってた、お医者様でも草津の湯でもっていうの……」


「恋のやまいには治療法はねぇって良く言うだろ?」


 大葉たいようがほんの少し腕を緩めてくれて……間近で愛し気に羽理のことを見下ろしてくるから。


 羽理はそんな大葉たいようの顔を見上げて、胸がキュンと引き絞られるように痛むのを感じた。


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