「あ、あの、
「は? 何でだ!?」
「分かんないです。分かんないですけど……何か
***
電話している
猫柄弁当箱の横に、もうひとつシンプルな容器を並べ置いているのだけれど、自分用ではない。
歩くのもままならない
まぁ、弁当はそのための
(昨晩は元気だった
そう思いはしたものの、そこはまぁ羽理のため。
***
冷凍して持って来ていた作り置きのおかずの中から、甘辛いたれで煮絡めたミートボールを電子レンジへ入れたところで、不意に羽理から声が掛かった。
何故か再度自分に替われと
生まれたての小鹿みたいにぎこちない様子で立ち上がろうとする羽理を制して彼女のそばまで行くと、通話中のままの携帯電話が差し出された。
今更自分に替わって、何の用があると言うのだろう?
まさか昨夜の
そう思ってゾクッとした
いくら何でも電話で話しただけで、彼女が羽理の不調の理由に勘付いたとは思えなかった。
(羽理もそんなこと話してる素振りはなかった……よ、な?)
女同士がどこまで赤裸々にアレコレ語るのか、
だが、漏れ聞こえていた会話からそんな気配はなかったはずだ。
だが当然のこと、
(もしかしたら羽理のやつ、何かやらかしたか?)
何せ相手は奇想天外娘の羽理だ。その可能性は十分にある。
「もしもし……?」
***
「ちょっと部長! 何で
もしもし?と電話口から
本人は言わなかったし実際に見たわけじゃないけれど、羽理は絶対相当肉体的なダメージを受けているに違いないと仁子は確信している。
(でなきゃ責任感の強い羽理が、二日も続けて休みたいだなんて言わないはずだもん!)
もしかしたら、
(いやいやいや! だからって油断は禁物よ、仁子!)
何せ相手はあの機械仕掛けみたいな印象の、鬼部長様だ。
間違いなど犯そうものなら、論破されて
そう思って気を引き締めた仁子だったのだけれど、このところ
以前は業務上で用事がない限り、他の社員のことなんて眼中にない感じでスルーだったのが、結構な頻度でフロアに顔を出すようになった。
それじゃあ、とすれ違う際「おはようございます」と声を掛けてみれば、驚いたように「おはよう」と返って来るようにもなった。
これまでは、せいぜい偉そうにうなずく程度だった
あれが、全部親友
つい【羽理の友人枠】と言うことで、ちょっぴり気が大きくなって〝虎の威を借る狐〟になれそうな気がしている仁子なのだ。
そうして、もしかするとその〝威〟は〝魔王=
『あ、いや、すまん。あの後……その、い、色々……あってだな……』
だってその証拠に、仁子の言葉に
そうしてまた出た、色々!
「もう、二人して『色々』って一体何なんですか! あの子、昨日早退した時は体調的には何の問題もなかったはずなんですよ!? 部長も……羽理と一緒にいらしたならその辺、ご存知のはずですよね!? なのに
『あー、うん、まぁ、色々は色々だ……。悪いが少々
(あー、これ絶対、部長ってば羽理を……)
ひとつ
「今、部長、確かに『俺のせい』っておっしゃいましたよね? それってつまり……」
昨日、羽理は帰り際、仁子に泣きそうな顔で言ったのだ。
「自分から誘ったくせに羽理との約束を破ったのは部長だったってことで合ってますか? 羽理、すっごく落ち込んでたんですけど……ちゃんとフォローした上で今一緒にいるんですよね!?」
最初、仁子は羽理のセリフを
羽理を傷付けた真犯人は誰だろう?とずっと気になっていたのだ。
それが
それをおろそかにして、もしなし崩し的に
「どうなんですか?」
黙り込んでしまった
『ああ、
そこまで言うと、
『その辺も含めて昨夜羽理とはちゃんと仲直りした。その上で――』
***
「プロポーズをしてOKをもらったんだ。
途端、「イタタタタ……!」とうずくまる羽目になったけれど、実際問題それどころじゃない。
「ちょっと
『ちょっと羽理ぃー! プロポーズって何なのぉぉぉぉっ!』
当然と言うべきか、
「あ、あのっ、そ、それは……えっと……」
羽理が仁子の勢いに押されていたら、
「まぁそれについてはまたゆっくり羽理と話すといい。――だが、とりあえず今朝のところは一旦興奮をおさめて……朝の
羽理は休むからいいとして、
上司モードでそれを
「もぅ、
「知らないのか、羽理。仕事でもプライベートでも外堀固めは重要なんだぞ?」
なのに
身動きのままならない羽理が、恨めし気に呆然と見つめる先、
どうやら弁当が完成したらしい。
***
「待たせたな、朝食にしよう」
それを見て、
「ほら、冷める前に食え。……食わねぇなら俺が全部食っちまうぞ?」
ツン!とそっぽを向いている
急に動いたからだろうか。一瞬「はぅ」と悲鳴を上げた羽理が痛々しく思えてしまう。
卓上のオムライス、当然羽理の方はとろりとした半熟の卵がチキンライスの上に乗っかっていて、少し焼け過ぎた
ケチャップで、
それら全てが
「ブタさん……?」
「猫だ!」
猫っぽいものを見詰めながらつぶやいた羽理に、猫だと言い張りつつ「火傷するなよ?」と言い添えて、マグカップに注いだサツマイモのポタージュスープを差し出せば、羽理が視線をケチャップ絵からカップへ移して瞳をまん丸にした。
「わぁー、オムライスだけじゃなくスープまで! この匂いはサツマイモですか? やーん、すっごく美味しそうです!」
すっかり自分が拗ねていたことを忘れてしまったみたいにキラキラと瞳を輝かせる羽理に、
「スープカップとかあると見栄えもいいし、お勧めなんだがな?」
口が緩んだのを隠すようにわざと苦言を呈すれば、「スープはいつもクナール社のカップスープをお湯で溶いたものを愛飲しているのでマグで十分なんですよぅ」と、羽理が曖昧に笑うから。
「ぐっ。……そ、そう言えばうち、ミキサーないのにどうやってポタージュなんて作ったんですか?」
カエルがつぶれたような声でうなった後、誤魔化すみたいに話題を変えてきた羽理に、「あく抜きしたサツマイモを電子レンジで柔らかくしてな。鍋に移してからお玉の背でつぶしたんだ」と答えたら、今度こそ申し訳なさそうに眉根を寄せられてしまう。
「すみません。うち、マッシャーもなかったですね」
「問題ない」
実際、柔らかく火の通ったサツマイモを潰すのなんて、造作ないことだったから。
さっき味見をしたから知っているが、羽理が飲んでいるスープは確かにミキサーで作ったものより少し舌触りがざらざらしている。
けれど、逆にそれがアクセントになっていて美味しく感じられるはずだ。
現に羽理はカップから口を離すなり、「はぁー、すっごく美味しいですっ。
まるで思ったままを口にしたという
(ちょっ、可愛すぎだろ、
何故か