『お前の寝言を聞いたからだ』と、種明かしをするのは何だかもったいない気がしてしまう。
かと言ってキラキラした目で自分を見上げてくる羽理の視線を真っ向から見詰め返せるほど、嘘が上手くもない
***
ヨロヨロとゼンマイ仕掛けのおもちゃみたいなぎこちない足取りで風呂へ向かった
さっき羽理の様子を見に行っているとき焼いていた玉子は、ちょっと固焼きになり過ぎていた。
それは自分が食べることにして、新たに羽理用の卵液をかき混ぜていた
『羽理、もしかして身体に違和感でもあるのか?』
だなんて、ド・ストレートに聞いていいものかどうか……。
何せ処女を抱いたのは
というよりそもそも女性経験自体が。
いや、もっと言うと過去に関係を持った女性の人数自体が。
年上の元カノ二人こっきりと、年齢の割に少ない
「ひょ、ひょっとして……歩くの、辛い……の、か?」
結局迷った末、
一瞬だけ瞳を大きく見開いた羽理から「な、何かっ、……まだ足の間に
その余りに生々しい告白に、
「わわっ」
ぐらりと揺れたボールの端から、トローン……と卵液が一筋、床に流れ落ちて。
先の羽理からの赤裸々告白に、
「あ、あの……私っ。今日は……その……お、お仕事……お休みしてもいい、でしょう……か?」
***
今日はどう考えてもマトモに歩けそうにない。
股の辺りの違和感もさることながら、とにかく腰にきている。
一歩一歩足を踏み出すたびにズキズキと腰が悲鳴を上げて、家の中を移動するだけでも一苦労だったのだ。
と――。
しんと静まり返った部屋の中に、ブー、ブーッという振動音が微かに響いて、羽理はベッド
メールならブブッと短く二回振動するだけだが、長く鳴り続けているところを見ると、どうやら音声通話着信のようだった。
「ごめんなさい、
言って、寝室へ向かおうと身体の向きをほんのちょっぴり変えた羽理だったのだけれど。
「ひゃぅっ!」
その途端、足の付け根の筋肉痛がピキッとなって、それを
「大丈夫か!?」
そのまま壁をこするようにしてズリズリとうずくまってしまった羽理を見て、
「あの、
取って来て欲しい、と告げるまでもなく、
羽理はちょっと考えて「はい」と答えていた。
どうせ
***
電話先で息を呑む気配がした。
『あ、あれ? 私……羽理の携帯に掛けた、はず……だよね? えっ。もしかして間違え電話、しちゃってますか?』
困惑した様子でそう問いかけてくる
途端電話先で一瞬だけ黙る気配がしてから、『あの……もしかして……裸男さん?』と問い掛けられた。
自分が〝裸男〟と呼ばれているのは知っていた
ふとそこで今は亡き大物コメディアンの『そうです、私が変なおじさんです』というセリフを思い出してしまった
少し考えてから、「キミたちの間で俺がそう呼ばれていることは何となく知ってはいるが……正直俺としては不本意な呼び名である。すまんが
電話に応じながら壁際に寄りかかるようにして座り込んだままの羽理の元へ近付くと、
ニャンコ柄座布団の所まで羽理を
羽理が着座と同時に「きゃうっ」と悲鳴を上げて眉根をしかめたのにオロオロしていたら、手にしたままのスマートフォンから、
『えっ。ちょっと待って……?
「その……
手放しに明かしたいわけではないようだが、どうやらそういうことらしい。
***
そうして続けざま、『いつからですか!?』とか、『どちらから
途端電話の先から『あっ、そうだ! いま朝だった!』と慌てた声がして、
『あ、あのっ、
そこだけは譲れない、と言った調子で畳み掛けられた。
羽理の携帯電話は、羽理が
朝になってやっと繋がったと思ったら、代理が出て本人が応答しないとあっては、彼女が羽理の安否を気遣うのも無理はないと思えた。
「もちろんだ。そもそも羽理の携帯でキミと俺が長々と話していること自体おかしな状況だしな」
***
「もしもし、
「ごめん! その……寝込んでる間に携帯の電源が落ちてたみたいで」
厳密にはずっと寝込んでいたわけではないが、そこは嘘も方便だ。
そもそも、今日も羽理は〝別の理由〟で仕事に行けるような状態ではないわけで……ゴニョゴニョ……。
「もぉ! しっかりしなさいよね!? ……そういえば、体調はどうなの? 余りにも連絡がつかないから私、昨日の夕方、ちょっとアンタの家、行ってみたのよ?」
「嘘……」
「嘘じゃないわよ。けど、羽理、チャイム鳴らしても出てこなかったでしょ? もしかして病院行ってた? それとも……ひょっとして寝込んでて出らんなかったとか!?」
もし後者だったら申し訳ないことをしたと謝ってくる仁子に、羽理は言葉に詰まった。
「昨日は……その……夕方、たいよ……じゃなくて……えっと、や、
「〝
と付け足されてから再度。
「で、体調はどうなの?」
そう問いかけられた。
「……じ、実は
昨日は精神的に。今日は肉体的にグダグダなのだと正直に言えない気恥ずかしさが、
「色々って何! 朝起きたらまたどこか悪い所が増えてたってこと!? 一晩休んだのに!? 私てっきり昨日は
「いや……わ、私の方こそ……何か色々とごめんなさい。ホント……色々と……」
「さっきからやけに色々と、多いわね? 〝色々〟が何かすごく気になるの、私だけ? あー、けど! とりあえず調子悪いなら無理は禁物! 謝らなくていいからしっかり養生なさい。いいわね!?」
そこまで言って、仁子はちょっとだけ黙ってから、
そうして――。
「えっと……羽理。悪いんだけどもう一度だけ部長と替わってもらえる? 私、部長に言いたいこと出来たわ! ――羽理は部長に電話渡したらこっちのことは気にせず速やかに寝ること! いいわね!?」
何だかよく分からないけれど、再度