明朝――。
その気配に寝ぼけた羽理が「ふぇ?
羽理の身体のあちこちに刻んだ情事の痕跡は、羽理が気を失った後、きつめに絞った温かなタオルであらかた拭いて綺麗にしてやっていたが、出来れば風呂へ入れるようにしておいてやりたい。
初体験だった羽理は、わずかではあったけれどしっかり出血もしていたから。
ついでにシーツも洗わないといけないだろう。
自分の家ではないので不慣れではあるけれど、幸い羽理の部屋の給湯システムは、それほど難しいものではなかったから。
身体を拭きながらふと洗面所の鏡を見やれば、胸に羽理が引っ掻いたと
頭を三毛柄のタオルでワシワシ拭きながらベッドへ戻ってみれば、羽理がふにゃっとした顔をして、「ケチャップれ、……猫しゃん、描いてくら、しゃい……」とかつぶやくから。
(こいつ、夢ン中でオムライスにケチャップでも掛けてんのか?)
もうそれだけで、冷凍して弁当用に持って来ていたチキンライスを朝食に回そう!……と、
昨夜
冷凍ものに関してはほぼ空っぽだった冷蔵庫の冷凍室へ入れさせてもらったついで。この家の食料品ストック事情も把握させてもらったから知っている。
幸いと言うべきか。卵だけは結構沢山あって、弁当用の玉子焼きにも、朝食用のオムライスにも問題はないはずだ。
(昨日もらってきたサツマイモは大学芋にして弁当に入れるのもありだな)
自宅でならバターや牛乳、豚ひき肉なんかを使ってホワイトソース仕立てのミニグラタンにすることも可能だったのだが、それに関してはまぁ、今度家で作って弁当用に小分け冷凍しておいても良い。
今日はとにかく慣れない羽理の家で、目に付くあり合わせの材料や調味料で手早く料理しなくてはいけないから、作る料理はなるべく一品一品の材料が少なめの方がいいだろう、と
あれでも……と家から持ってきた米二合をササッと研いで炊飯器にセットしてから、(米、持って来といて正解だったな)と思いつつ。
と言うのも、昨夜夕飯のため米を所望した
――ちょっと待て、米がないだと!? お前、普段何を食って生きてるんだ!と思った
それでも辛うじて食パンが二枚あったから。
昨夜はそれに弁当用として持って来ていた冷凍ナポリタンを乗っけてとろけるチーズをトッピングした後にトーストして夕飯にしたのだけれど。
お陰様で今朝はパンすらないという状況になってしまった
***
(そーいや、昨夜は結局ケーキは食わずに寝ちまったな)
寝ようとしたら〝あんなこと〟になってしまったのだが。
思わず緩みそうになった頬をグッと引き締めつつ冷蔵庫の中を見やれば、
朝っぱらからケーキはどうかと思うが、傷む前に食べたほうがいいだろう。
(朝食はオムライスとケーキだな)
何とも妙な組み合わせだが、まぁたまにはいいだろう。
特に、昨夜は羽理にたくさん無理をさせてしまったのだ。
ゴムこそひとつしか使わなかったとはいえ、今日くらいは頑張った羽理にご褒美があってもいいように思ってしまった。
***
ハッとして起き上がった羽理は、小さく悲鳴を上げてうずくまった。
「……っ!」
(イタたたた……)
まだ股の間に何やら挟まっているような……何とも言えない違和感があって、
(おしっこ、沁みちゃいそう……)
そればかりか、腰にはズキズキとした疼痛がある上、足の付け根は情けないくらいの筋肉痛。
オマケにはらりと布団がはがれて気が付いたけれど、スッポンポンのままではないか。
(やーん、恥ずかしいっ)
きゅーっと身体を縮こまらせてソワソワと視線を転じた先。
すりガラスの向こう側からキッチンを使っていると
(
ふと見下ろせば、いつの間に付けられたんだろう?
胸のあちこちに、まるで所有痕ででもあるかのように沢山の
(ひゃー、ひゃー、ひゃー!)
そう。昨夜のアレコレは夢なんかじゃない。
羽理は、
身体が訴えてくる不調や違和感は、全てそのせいで……。
(痛かったぁぁぁ……!)
初めてだったからだろうか。
だけど――。
それを乗り越えた先。
愛しい人とひとつになれた喜びは、何ものにも代え難いものがあった。
(
触れられたのは口なのに、下腹部がキュンと
心臓バクバクジェットコースターも、キュンと甘く締め付けられるような下腹部の反応も、
婚外子という自身の生い立ちから、婚前交渉なんて一生出来ないだろうなと思っていた羽理の心を、
避妊だって羽理が言わなくてもちゃんとしてくれたし、そもそも
〝
そんなパワーワードが脳内を駆け巡った結果――。
(私っ! ホントに
なんてことを激しく実感してしまって。
(夏乃トマト! 作品の描写に深みが増しそうですっ!)
そう宣言して、布団を頭から被って心の中でキャーキャー悲鳴を上げながら
「はぅっ!」
予期せぬ痛みに、今度こそしっかり声を出してしまった羽理だったのだけれど。
「どうしたっ!?」
当然と言うべきか。
***
チキンライスの上に乗っけるフワとろ卵を焼いていたら、隣室からゴン!という音が響いてきた。
それと同時、「はぅ!」とうめき声が聞こえて来て、
見れば、ベッドの上に布団をかぶったお化け――ではなく
バナナの皮をむくみたいに被った布団をめくって痛みに震える羽理の顔を中から
「頭、打ちましたぁぁぁ」
うるりと瞳に涙をにじませて、布団にくるまったまま自分を見上げてくる羽理に、
(俺の彼女、可愛すぎだろ!)
昨夜こんな可愛いのを〝頂いた〟んだと思うと、何となくイケナイことをしたような気持ちに
「痛いの痛いの飛んでいけー!」
いつだったか、公園で羽理に股間を撫でさすられながらそんなことを言われたことがあったのを思い出しつつ羽理の頭をヨシヨシしたら「むぅー。私、子供じゃありませんよぅ!」とか。
「いや、お前もこれ、俺にやったことあるぞ?」
つい本音がポロリ。
「あ、アレは忘れてください! 忘れるべきですっ! 忘れてしまえー!」
結果、羽理と二人、あの時のことを思い出して妙に気恥ずかしくなってしまった。
「とっ、とにかくっ! 俺はお前のことを子供だなんてこれっぽっちも思ってねぇからな?」
そう思えないから大変なんじゃないか、と心の中。フライ返しを手にしたままの間抜けな姿で付け加えつつ。
今だって腕の中の羽理は、布団の中で素っ裸なのだと知っているから……布の隙間から見え隠れする胸の膨らみに、
「ん……。分かった」
羽理はそんな
「――ね、ところで
羽理のちょっぴり釣り気味で愛らしいアーモンドアイが、
「あ、あぁっ! そうだ。朝飯にオムライス作ってんだ。食うだろ?」
フライパンの中に放置してきた卵液は、余熱でどのくらい固まってしまっただろうか?
(火ぃ通り過ぎてたら俺のだな)
そんなことを思いながらキッチンの方をちらりと気にしたら、腕の中の羽理が「オムライス!」と嬉しそうに声を弾ませた。
「私、実は今朝、オムライスの夢見たんですっ! すごぉーい! 正夢になりましたっ!」
内側から布団の合わせ目をギューッと掴みながら勢い込んだ様子で身体を揺らせる羽理に、
「やーん。なんか以心伝心みたいで照れますねっ」
ふふっと恥ずかしそうにフニャリと頬を緩められたから
「た、たまたまだ、たまたま。……バカなこと言ってないでとりあえず風呂入ってこい。湯、溜めてあるから」