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21.朝チュンではないけれど①

 明朝――。


 羽理うりより早く目覚めた大葉たいようは、腕の中に閉じ込めるようにして寝かしつけた羽理の下からそっと腕を抜くと、ベッドからソロリと起き上がったのだけれど。


 その気配に寝ぼけた羽理が「ふぇ? 今日きょぉはオムライシュれすか?」と寝言を言ったのを聞いて、思わず瞳を見開いた。


 羽理の身体のあちこちに刻んだ情事の痕跡は、羽理が気を失った後、きつめに絞った温かなタオルであらかた拭いて綺麗にしてやっていたが、出来れば風呂へ入れるようにしておいてやりたい。


 初体験だった羽理は、わずかではあったけれどしっかり出血もしていたから。

 ついでにシーツも洗わないといけないだろう。


 自分の家ではないので不慣れではあるけれど、幸い羽理の部屋の給湯システムは、それほど難しいものではなかったから。


 大葉たいようは湯張りのスイッチを押して浴槽に湯を溜めながら、自分はササッとシャワーを浴びて着替えを済ませた。


 身体を拭きながらふと洗面所の鏡を見やれば、胸に羽理が引っ掻いたとおぼしき傷が幾筋か残っていて。それだけで何だかニマニマと口元が緩んでしまう。


 頭を三毛柄のタオルでワシワシ拭きながらベッドへ戻ってみれば、羽理がふにゃっとした顔をして、「ケチャップれ、……猫しゃん、描いてくら、しゃい……」とかつぶやくから。


 大葉たいようは、起き抜けに羽理が言っていた寝言を思い出した。


(こいつ、夢ン中でオムライスにケチャップでも掛けてんのか?)


 もうそれだけで、冷凍して弁当用に持って来ていたチキンライスを朝食に回そう!……と、大葉たいようの中で朝の段取りが組み立ってしまう。


 昨夜大葉たいようがこの家に持ち込んだ荷物は、大半が作り置きの食べ物で。

 冷凍ものに関してはほぼ空っぽだった冷蔵庫の冷凍室へ入れさせてもらったついで。この家の食料品ストック事情も把握させてもらったから知っている。


 幸いと言うべきか。卵だけは結構沢山あって、弁当用の玉子焼きにも、朝食用のオムライスにも問題はないはずだ。



(昨日もらってきたサツマイモは大学芋にして弁当に入れるのもありだな)


 自宅でならバターや牛乳、豚ひき肉なんかを使ってホワイトソース仕立てのミニグラタンにすることも可能だったのだが、それに関してはまぁ、今度家で作って弁当用に小分け冷凍しておいても良い。


 今日はとにかく慣れない羽理の家で、目に付くあり合わせの材料や調味料で手早く料理しなくてはいけないから、作る料理はなるべく一品一品の材料が少なめの方がいいだろう、と大葉たいようは作業工程にあらかたの目星をつけた。


 あれでも……と家から持ってきた米二合をササッと研いで炊飯器にセットしてから、(米、持って来といて正解だったな)と思いつつ。

 と言うのも、昨夜夕飯のため米を所望した大葉たいように、羽理が申し訳なさそうに「ごめんなさい。今、切らしています」と言ったからだ。


 ――ちょっと待て、米がないだと!? お前、普段何を食って生きてるんだ!と思った大葉たいようだったけれど、棚の中にカップ麺やシンプルな焼菓子ショートブレッドタイプの栄養補助食品、お握り一個分のカロリーが手軽に摂取できると言う触れ込みのゼリー飲料なんかがワチャッとストックしてあるのを見て、小さく吐息を落とした。


 それでも辛うじて食パンが二枚あったから。

 昨夜はそれに弁当用として持って来ていた冷凍ナポリタンを乗っけてとろけるチーズをトッピングした後にトーストして夕飯にしたのだけれど。


 お陰様で今朝はパンすらないという状況になってしまった荒木家あらきけなのだ。


 大葉たいようが、(これからは俺が一生! 羽理に栄養バランスの取れた美味うま食事めしを食わしてやろうじゃねぇか!)と意気込んでしまったのは当然と言えた。



***



(そーいや、昨夜は結局ケーキは食わずに寝ちまったな)


 寝ようとしたら〝あんなこと〟になってしまったのだが。


 思わず緩みそうになった頬をグッと引き締めつつ冷蔵庫の中を見やれば、倍相ばいしょう岳斗がくとが持ってきたケーキが入っているのが目に付いた。


 朝っぱらからケーキはどうかと思うが、傷む前に食べたほうがいいだろう。


(朝食はオムライスとケーキだな)


 何とも妙な組み合わせだが、まぁたまにはいいだろう。


 特に、昨夜は羽理にたくさん無理をさせてしまったのだ。


 ゴムこそひとつしか使わなかったとはいえ、今日くらいは頑張った羽理にご褒美があってもいいように思ってしまった。



***



 羽理うりが目覚めると、大葉たいようの姿はすでにリビングにはなくて……。


 ハッとして起き上がった羽理は、小さく悲鳴を上げてうずくまった。


「……っ!」

(イタたたた……)


 まだ股の間に何やら挟まっているような……何とも言えない違和感があって、大葉たいようを受け入れたアソコの辺りが擦り傷でも負いましたかね!?と言わんばかりにヒリヒリと痛んだ。


(おしっこ、沁みちゃいそう……)


 そればかりか、腰にはズキズキとした疼痛がある上、足の付け根は情けないくらいの筋肉痛。


 オマケにはらりと布団がはがれて気が付いたけれど、スッポンポンのままではないか。


(やーん、恥ずかしいっ)


 きゅーっと身体を縮こまらせてソワソワと視線を転じた先。

 すりガラスの向こう側からキッチンを使っているとおぼしき音が聞こえてきた。


大葉たいよう……?)


 羽理うりは半ば無意識に唇へそっと触れると、昨夜のあれこれを思い出して頬をポッと赤く染めた。


 ふと見下ろせば、いつの間に付けられたんだろう?

 胸のあちこちに、まるで所有痕ででもあるかのように沢山の鬱血痕キスマークが散らされていた。


(ひゃー、ひゃー、ひゃー!)


 そう。昨夜のアレコレは夢なんかじゃない。

 羽理は、大葉たいようとエッチなことをしたのだ。

 身体が訴えてくる不調や違和感は、全てそのせいで……。


(痛かったぁぁぁ……!)


 初めてだったからだろうか。

 大葉たいようは、羽理が弱音を吐くくらい沢山ほぐしてくれたのに、彼を受け入れた瞬間の引き裂かれるような下腹部の痛みは、思わず泣いてしまうくらいに痛烈だった。


 だけど――。


 それを乗り越えた先。

 愛しい人とひとつになれた喜びは、何ものにも代え難いものがあった。


 大葉たいようがくれる大人のキスは、身体の奥底がムズムズしてしまうくらい気持ちよかったし、胸に触れられるのも、信じられないくらいゾクゾクして心地よかった。


大葉たいようの大きな舌で、ベロとか口の中コショコショされるの……何かくすぐったくてムズムズした……)


 触れられたのは口なのに、下腹部がキュンとうずくような何とも言えない不思議な感覚で、気が付けば羽理は足をもじもじと擦り合わせていた。


 心臓バクバクジェットコースターも、キュンと甘く締め付けられるような下腹部の反応も、大葉たいようと経験したんだと思ったら、何だか嬉しくて照れ臭い。


 婚外子という自身の生い立ちから、婚前交渉なんて一生出来ないだろうなと思っていた羽理の心を、大葉たいようは丁寧に解きほぐしてくれた。

 避妊だって羽理が言わなくてもちゃんとしてくれたし、そもそも大葉たいようは羽理と結婚したいと言ってくれたのだ。よもや子供が出来たとしてもきっと受け入れてくれるだろう。


 〝恋人フィアンセとの初エッチ。〟


 そんなパワーワードが脳内を駆け巡った結果――。


(私っ! ホントに大葉たいようと、最後までしちゃったんだぁ~!)

 なんてことを激しく実感してしまって。


(夏乃トマト! 作品の描写に深みが増しそうですっ!)


 そう宣言して、布団を頭から被って心の中でキャーキャー悲鳴を上げながらもだえていたら、盛大にゴン!と壁に頭を打ち付けてしまった。


「はぅっ!」


 予期せぬ痛みに、今度こそしっかり声を出してしまった羽理だったのだけれど。


「どうしたっ!?」


 当然と言うべきか。

 大葉たいようがフライ返しを手にしたまま寝室へ飛び込んできた。



***



 チキンライスの上に乗っけるフワとろ卵を焼いていたら、隣室からゴン!という音が響いてきた。


 それと同時、「はぅ!」とうめき声が聞こえて来て、大葉たいようは慌てて火を止めて仕切り戸を開けたのだけれど。


 見れば、ベッドの上に布団をかぶったお化け――ではなく羽理うりがいて――。「どうしたっ!?」と声を掛けながらも心の中、『何をやってるんだ、こいつは! くっそじゃねぇか!』と、他者からすればちょっぴりズレたことを思わずにはいられない。


 バナナの皮をむくみたいに被った布団をめくって痛みに震える羽理の顔を中からみれば、額のところが赤くなってちょっぴり腫れている。


「頭、打ちましたぁぁぁ」


 うるりと瞳に涙をにじませて、布団にくるまったまま自分を見上げてくる羽理に、大葉たいようは心臓をズキュン!と撃ち抜かれて。


(俺の彼女、可愛すぎだろ!)


 昨夜こんな可愛いのを〝頂いた〟んだと思うと、何となくイケナイことをしたような気持ちにさいなまれて心臓がバクバクする。


「痛いの痛いの飛んでいけー!」


 いつだったか、公園で羽理に股間を撫でさすられながらそんなことを言われたことがあったのを思い出しつつ羽理の頭をヨシヨシしたら「むぅー。私、子供じゃありませんよぅ!」とか。


「いや、お前もこれ、俺にやったことあるぞ?」


 つい本音がポロリ。


「あ、アレは忘れてください! 忘れるべきですっ! 忘れてしまえー!」


 結果、羽理と二人、あの時のことを思い出して妙に気恥ずかしくなってしまった。


「とっ、とにかくっ! 俺はお前のことを子供だなんてこれっぽっちも思ってねぇからな?」


 そう思えないから大変なんじゃないか、と心の中。フライ返しを手にしたままの間抜けな姿で付け加えつつ。


 今だって腕の中の羽理は、布団の中で素っ裸なのだと知っているから……布の隙間から見え隠れする胸の膨らみに、大葉たいようは〝愚息〟をなだめるので一杯一杯なのだ。


「ん……。分かった」


 羽理はそんな大葉たいようの必死な訴えを恥ずかしそうに短い言葉で受けると、まるでその空気を一新したいみたいに言うのだ。


「――ね、ところで大葉たいよう、お料理中じゃなかったの?」


 羽理のちょっぴり釣り気味で愛らしいアーモンドアイが、大葉たいようが手にしたフライ返しを見詰めている。


「あ、あぁっ! そうだ。朝飯にオムライス作ってんだ。食うだろ?」


 フライパンの中に放置してきた卵液は、余熱でどのくらい固まってしまっただろうか?


(火ぃ通り過ぎてたら俺のだな)


 そんなことを思いながらキッチンの方をちらりと気にしたら、腕の中の羽理が「オムライス!」と嬉しそうに声を弾ませた。


「私、実は今朝、オムライスの夢見たんですっ! すごぉーい! 正夢になりましたっ!」


 内側から布団の合わせ目をギューッと掴みながら勢い込んだ様子で身体を揺らせる羽理に、大葉たいようは心の中で(ああ、知ってる。……寝言で思いっきり言ってたからな)と返したのだけれど。


「やーん。なんか以心伝心みたいで照れますねっ」

 ふふっと恥ずかしそうにフニャリと頬を緩められたからたまらない。


「た、たまたまだ、たまたま。……バカなこと言ってないでとりあえず風呂入ってこい。湯、溜めてあるから」


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