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20.お願い、抱かせて?

「そうだ。倍相ばいしょうも帰ったし、ルームウェア、ちゃんと見せてくれないか?」


「えっ!?」


「アレさ、俺に見せるために着てくれてたんじゃねぇの? すげぇ……その、……か、……か……」


「か?」


「か、わい……かった、んだけど」


 愛らしい羽理うりの雰囲気に、パステルカラーの猫柄パーカーの上下はよく似合っていた。


 岳斗がくとの手前、下を長いのに履き替えさせた大葉たいようだったけれど、実際はせっかくキュートに着飾っていた羽理を、しっかりでられていなかったし、何よりちゃんと褒めてやれていなかった。


 姉の柚子に、言葉足らずなところがいけないんだと散々ダメ出しをされた大葉たいようとしては、ちゃんと仕切り直しておきたいと思ったのだが、いざ伝えようとしたら〝可愛い〟という単語は思いのほかハードルが高かった。


「か、可愛かった……です、か?」


 ホントに?とソワソワとコチラを見つめてくる羽理に、「ああ、……か、可愛かった! だからさ、その……もう一回もっかいちゃんと着て見せてくんね?」



***



 大葉たいようがやたらしどろもどろで照れるから。

 何だか羽理うりまでつられて恥ずかしくなってきてしまった。


 でも、確かに大葉たいようが言うように、彼に見て欲しくて着ていた服だ。


「もぉ、仕方ないですね」


 照れ隠し。

 ふぅ、と溜め息まじりに言って立ち上がりながら、羽理は内心(もう! 今の私の態度、全然可愛くない!)と猛反省していた。


 ソワソワと脱衣所で先程脱いだ、上と揃いの短パンに履き替えて戻ってきたら、大葉たいようが真っ赤になって目を逸らすから。


「は、恥ずかしくなるのでそう言う反応、禁止です!」


 羽理も頬をあかく染めながらぷぅっとほっぺたを膨らませてみせる。


「いや、だって……お前があんまり俺好みだから……」


 言って、大葉たいようにぎゅうっと抱きしめられた羽理は、「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げた。


「けど、……なんかくやしいな」


 だが、ややしてポツンと落とされた言葉に羽理は「ん?」と思って。


「考えてみりゃあ俺より先にお前のコレ、倍相ばいしょうに見られちまってるわけだろ? 何かすげぇモヤモヤすんだけど」


 言われてみれば何となく。羽理うりもそれは嫌だな?と思ってしまった。


大葉たいよう、今度別の可愛いの買ったら……その時こそは」


「ああ。俺に一番をくれ」



***



「よしっ。じゃあ、今夜は俺、お前のベッドわきで寝るから……。寝ぼけて踏んづけてくんなよ?」


 ククッと笑ってベッド下の床を指さしたら、羽理うりが「ふ、布団もないのにそんなところで寝かせられませんっ!」と眉根を寄せる。


 考えてみれば、羽理の部屋で二人一緒に夜を明かすのは初めてなのだ。


 当初の計画では羽理を上手に丸め込んで、一緒のベッドで添い寝なんか出来たら最高だ!……と目論もくろんでいた大葉たいようなのだけれど、いざ!と思ったら意気地いくじなしのヘタレ虫がそろりと頭をもたげた。


 この部屋の片隅に置かれたベッドも、大葉たいようのダブルベッドとは違って小さなシングルサイズだし、そこに羽理とくっついて寝たりして、何もせずにいられるだなんて、思えなかった。


(い、一応避妊具はあるけどな!?)


 そうなることを全く期待していないわけではない。

 その辺の準備万端ばんたんなのだが。


(羽理、そう言うの経験ねぇって言ってたし……今日気持ちを確かめ合ったばっかでそんなんは……さすがにダメだろ)


 別室に移動しても距離が足りないぐらい、羽理に触れたくてたまらない欲が抑え切れる自信がないと言うのが本音だが、残念ながら部屋数が足りない。


 女性用ワンルームをうたっているらしいこの物件。

 キッチンや風呂場があるあちら側と、リビングのあるこちら側以外には部屋がないのだ。


 玄関から真っ直線に部屋の中リビングが見渡せては良くないと言う配慮からだろう。

 キッチンスペースとリビングとの間に取って付けたみたいなすりガラスの仕切り戸はあるのだけれど。


 戸があるからと、キッチンの床に寝そべると言うのはいくら何でもおかしいし、すぐそこに見える、リビングに併設へいせつされたウォークインクローゼットの中に入って寝るのも妙な話だ。


(俺は『ドラレもん』じゃねぇしな)


 未来からきた、レモン色の超有名な国民的アニメの猫型ロボットが、世話になっている主人公の家の押し入れで寝起きしている。


 それをふと思い出してしまった大葉たいようだ。


(あ、けど……猫って部分は羽理、喜ぶかも知んねぇな)


 そこまで考えて、論点はそこじゃなかったなと、大葉たいようは頭を切り替えた。


 はぁ、と溜め息混じり。意図して携帯の画面に視線を落とせば、まだ十九時しちじにはなっていなくて。


 急げば、ホームセンターの閉店時間に間に合うだろうか。


(ひとっ走り行って、布団を一式買ってくるか?)


 そう思いはしたものの、それだと羽理をまた一人にしてしまうと気が付いた。


(置いてってる間にまた来客があったら嫌だしなぁ)


 実際、そんなことは滅多にないのだが、大葉たいよう岳斗がくとの訪問で変に気が張ってしまっている。


 かといって……連れて行くにしてもこんな太ももむき出しの可愛いルームウェアを着た羽理を、これ以上誰にも見せたくない。


 もちろん、着替えさせている時間はさすがにないから、大葉たいようは無限ループにおちいって「うー」とうなった。


 懸命に寝床をどうすべきか思い悩んでいる様子の羽理を横目に、嫉妬心丸出しでそんなくだらないことを思ってしまっている自分はある意味バカだなと思ってしまった大葉たいようだ。



***



 で、結局――。


「ほっ、ホントに良いのかっ!?」


「なっ、何度も聞かないで下さいっ。決心が鈍りますっ!」


 羽理うりからベッドで一緒に寝ましょうと提案された大葉たいようは、そんなやり取りを繰り返した後、羽理が落っこちたりしないよう壁側を彼女に譲って、自分は逆に今にも落ちそうなくらいベッドの端っこに寝かせている。


 せめてもの温情というか……自分へのいましめで羽理に背中を向けているのだけれど――。


「あ、あの……落ちたら大変です。もっ、もうちょっとだけこっちに来ませんか?」


 羽理に服のすそをキュッと引っ張られて、大葉たいようの〝タイヨウ〟は結構ピンチなのだ。


「こっ、これ以上そっちへ行ったらさすがにまずい」


 背中を引っ張る羽理うりからじりじりとさらにベッドわきへと逃げると、背後の羽理が「でも! 大葉たいようがあんまりそっちに行ったら……私、背中が出て寒いんですっ」とか言ってくるから。


「ああああーーーっ!」

 と悶絶もんぜつしながらむくりと起き上がった大葉たいようは、自分の方へ巻き込まれて落ちそうになっていた掛け布団をグイッと引っ張って羽理の上に着せ掛け直してやった。


 だが――。


「う、ぁっ!」


 緊張の余りバランスを崩した大葉たいようは、期せずして羽理の上に覆い被さる形ですぐ間近。

 羽理の顔を見下ろすようになってしまって。


 結果、変な声を上げる羽目になった。


(何だってこんな薄暗がりのなか、俺の目はこんなに優秀なんだ!)


 本来ならば見えないはずなのに、お互いの吐息すら感じ取れるくらいに近付いてしまったからだろうか?


「……大葉たいよう?」


 ちょっぴりまなじりの吊り上がった猫のようなアーモンドアイをした羽理が、驚いたようにじっと大葉たいようを見上げてくる、その目元のまつ毛の一本一本まで事細ことこまかに確認出来てドギマギしてしまう。


 ああ、そう言えばベッドに入る前、羽理が「慣れない部屋で大葉たいようがテーブルとかにつまずいたらいけないから」とか言って、シーリングライトの豆球をひとつ、けっぱなしにしてくれていたんだったなっ!?と今更のように思い至った大葉たいようだ。


(……にしたって見えすぎだろ!)


 それに、そのことを思い出したからと言って、現状が変わるわけではない。


(ちょっ、待っ……、そもそも何で俺、こんなバカな格好になってる!?)


 パニックの余り、羽理の上に影を落としたまま、身動きの取れなくなった大葉たいようは、誰にともなく問い掛けてみたのだけれど――。

 当然答えなんて返ってくるはずがない。


 ばかりか――。


「あ、あの……大葉たいよう……」


 そっと大葉たいようの腕に触れてきた羽理が、ギュゥッと目を閉じて。まるでキス待ちのように「んー」っと唇を突き出してくるから。


(ば、バカっ。その顔は反則だろ!)

 と思った大葉たいようだ。


 本来ならば、二十歳はたちを越えたいい年の女性が、こんな風に分かりやすく唇を突き出すのは笑える行動だと思う。


 目のつぶり方だって、そんな力を入れたら逆にギャグだと思うのだけれど。


 そう言うぎこちなさを感じさせられる全てが、羽理の不慣れさを象徴しているようで、愛しくてたまらないのだ。


「なぁ羽理。……キス、しても……いいか?」


 それでも四角四面にそう問いかけてしまったのは、もしも羽理に本当はそんなつもりがなかった場合、彼女の意志を無視することになってしまうと懸念けねんしたからだ。


 自分も大概スマートじゃないなと頭の片隅で苦笑しつつ……。


 今まで自分はどんなふうに女性と口付けをするタイミングをはかっていたのだろう?と考えてしまった大葉たいようだ。


(思い出せん!)


 だが、さすが恋愛初心者の羽理というところか。


 そんなグダグダな大葉たいよう相手に、コクコクと恥ずかしそうに懸命にうなずいてくれる。


(可愛すぎだろ、荒木あらき羽理うり!)


 手慣れた女性なら「聞かないで!」とか「察しなさいよ!」とか叱られていても仕方のないところだ。


 大葉たいようはゴクッと生唾を飲み込もうとしたのだけれど……緊張していて飲み込める唾液がなくて。


 そのことにも妙にドキドキと心臓を跳ねさせてしまう。


 ギューッと身体を固くしてキス待ちをしてくれている羽理をこれ以上待たせるわけにはいかないと、目一杯男らしさを振り絞って羽理の唇に自分のそれを重ね合わせたのだけれど。


 ふわっふわのマシュマロみたいな羽理の唇の感触に、気が付けば夢中になって何度も何度もついばむみたいに唇を重ねていた。


「や、んっ。たい、よ……息、出来なっ……」


 別にディープな大人のキスをしているわけではないのに。

 唇を離すたび、いくらでも呼吸のタイミングはあっただろうし、もっと言えば鼻で息すればいい。


 だが、それすらままならなかったんだろう羽理が、真っ赤になって大葉たいようの胸元をトントンと叩くから、大葉たいようはその初々ういういしさに羽理のことを胸が苦しくなるくらいに好きだ!と再認識した。


「羽理! 何で俺はお前がこんなに可愛くて堪んないんだろうな……!?」


 私に聞かれても困りますっ!と返されかねない気持ちを、もどかしさごと言葉に乗せた大葉たいようは、羽理を抱き起こして衝動のままに腕の中へ閉じ込めた。


「あ、あのっ。あのっ……」


 突然の大葉たいようの暴挙に真っ赤になってあわあわする羽理の唇に、もう一度だけ――。

 そこだけは丁寧な動きでゆっくりと……。


 大葉たいようはその温かさと柔らかさを堪能するみたいに真心を込めて口付けを落とした。


 さっきまでのついばむみたいなキスとは違って、重ね合わせたまま離される気配のない唇に、羽理がたまらずちょっとだけイヤイヤをして「ふ、ぁっ」と呼気を落とした瞬間、無防備に開かれた羽理の唇の隙間へスルリと舌を差し込んだ大葉たいようだ。


「ひゃ、んっ……」


 そのことに驚いたようにおののいて縮こまる羽理の舌先が可愛くて堪らなくて、じゃれるみたいに二度三度、軽くくすぐるだけのフレンチキスをする。


 唇を離す時、名残惜なごりおしさにわざとペロリと羽理の小さな唇を舐めてやれば、羽理が呆然とした様子で大葉たいようを見詰めてきた。



「――羽理?」


 余りにぼんやりした様子の羽理を心配した大葉たいようが「大丈夫か?」と、問い掛けたと同時。


「わ、わらし、……大人おとにゃのキ、初めてしまし……」

 と、羽理がどこかうっとりとした舌っ足らずな口調で言うから。


 大葉たいようは思わず手のひらで顔を覆って、(頼むからこれ以上俺をあおらないでくれ!)と、心の中、グッと理性を総動員して懇願こんがんせずにはいられなかった。


 そうしておいて、これはもう無理だな?と早々に白旗を上げて……。

「なぁ、羽理、お願い? このまま……抱かせて?」

 羽理を片腕で抱きしめたまま、自身の顔を覆っていた手を移動させた大葉たいようは、愛しい彼女の頬から首筋に向けて意味深に指先をツツツツッ……とすべらせた……。


 三十路みそじも半ばを越えてこんなに〝したい!〟と思うような状況になれるだなんて、正直自分でも驚きだ。


 準備してある避妊具は全部で六個。普通に考えれば十分過ぎる個数だが、羽理が相手なら何回でも出来てしまいそうだと思えるのが怖い。


 とはいえ――。


 大葉たいようはそこでオロオロと不安そうに自分を見上げている羽理を見下ろすと小さく吐息を落とした。


(まずは最初……一回目がうまく出来るかどうかが問題だよな?)


 処女を相手にするのは、大葉たいようだって初めてなのだ。


 上手く……出来るだろうか?

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