「何か分からんもんが分かったやろ?それを外に出してみてください」
三人が言われるがまま魔力を現界させる。
「んぐっ!?」
すると、一人は正面からの突風に椅子ごと持っていかれ、
「むっ……」
一人は両腕が突如炎上し、慌てて消そうと振り回す。
「……しょぼ……」
そして最後の一人は、目の前に漂う水滴を見て項垂れた。
「葵はん、落ち着いて、熱うはあらへんはずやで?」
炎で風を切り厳つい音を出している葵獅を、彼女は落ち着いた声で宥なだめる。
冷や汗をかいた顔がこちらを向き、彼は改めて自分の腕を見た。
「……確かに、熱くない」
「消したいと思えば消えますよぉ」
「あぁ、……助かった」
「いえいえ」
お礼を言う葵獅に、紗命はくすくすと笑いながら返事をする。
「ぃつつ、それにしても紗命さん色々知ってますね」
起き上がった佐藤が尻を摩りながら椅子を立てる。
「昨日色々調べたさかいなぁ」
葵獅が席に戻ると同時に、項垂れた頭頂部から残念そうな声が発せられた。
「紗命と被った上に、水滴って……」
「ドンマイです、凜はん」
「……元気出せ、凛」
「葵は凄そうでいいじゃないよぉっ」
葵獅の無言で掲げた腕が炎上する。
「……はぁ、まぁ仕方ないわね。佐藤さんはどうだったの?いきなりぶっ倒れたけど」
「それが、私もなにがなにやらで……」
「多分、佐藤はんが使うたのは風魔法や思う」
紗命の見た動画にも似た現象が起きていた。
「見た感じ葵はんと佐藤はんの二人も、うちとおんなじで他の人より魔法が使えるっぽいなぁ……もし戦うことになったら頼りにしてるなぁ?」
「……戦い、ですか……」
戦い。先日の惨状を見れば誰でも分かる。ここでの戦いは、それすなわち殺し合いと同義だ。
一人の女子高生が発した生々しい発言に、逃げ惑う人々の光景が蘇る。
暗い顔をする三人に、一息ついた紗命が言い聞かせるように語りだした。
「……今はたまたま平和な時間を過ごせてるけど、うちらはこの状況がいつ地獄に変わってもおかしない場所にいてはる。ここにいる皆知ってると思うけど、池袋は嬉しいことに、日本一危険な場所になってもうた。――」
スマホくらいしかやることのないこの中で、危険区域指定の情報は何よりも早く彼らに絶望を与えていた。
「正直助けが来るなんて思てへん、せやけど易々と死ぬ気もあらへん。
今一番欲しいものは力や。モンスターにも勝てる、心が壊れた味方への抑止力にもなる力や。
それ今、うちらはもってる。うちらが、ここにおる全員を救うんです」
話す少女の瞳には、絶望の中に輝く強い意志の炎が灯っていた。
三人の中にその炎を見て見ぬふりできる者はいない。うち二人は、一人でも敵陣に突っ込んでいきそうな正義感の塊だ。
彼等の決断に時間など必要なかった。
「……いい演説だったわよ。私は魔法使えないけど、守ってやろうじゃないの」
「あぁ」
「恥ずかしいわぁ、せやけどおおきになぁ」
「……ええ、私の力が役立つのであれば、これより嬉しいことはありません。喜んで御助力させていただきます」
「おおきになぁ、佐藤はんのそういう堅いとこ、うちは好きやでぇ、「すッ!?」そうと決まれば特訓ですっ、皆はん頑張りましょ」
では、と立ち上がりお辞儀して、紗命は女の子の所へ向かっていく。その途中、
「忘れてましたわぁ。明日の昼、よろしゅうお頼もうしますなぁ?お兄様?」
葵獅の目を見て、軽くウィンクをした。
「……うむ」
「……葵?」
「……照れてないぞ」
そんな光景を笑顔で見ながら、佐藤は自身も筋肉をつけようと心に誓った。
――下品な笑い声が響く昼下がり。男たちの手の中で揺れる金色の液体がキラキラと輝く。
多くの人は自分達のいる場所の危険性を理解しているため、酒を飲もうとはしなかった。
しかし男たちにそれを考える頭はない。勝手に注いで持ってくる始末。
使う予定のない物だから見逃されているだけ。無断で食料を持ち出すのは、今この場で最もやってはいけない大罪だ。
「あひゃひゃひゃひゃ、もっとこっちに来なよ愛ちゃんっ」
「許してくださいなぁ、うちも一人の女の子、何されるか怖いわぁ」
「何もしない何もしないっ、俺たちゃいたって健全だぜ?」
「確かに、喧然、なんに違いはあらへんわぁ」
偽名を使った紗命は全国の愛ちゃんに謝りながら、ゆらりゆらりと男共を躱していく。その手腕は見事という他ない。
「そうだ愛ちゃんっ、俺達魔法使えるんだぜ?」
「見てろよ?」と言い、三人がそれぞれ小粒の火、砂利、静電気を発生させる。
「わぁっ、凄いわぁ、お兄さん達は魔法使いなんやなぁ」
「そうだろ?まぁ、あっちの方は魔法使いじゃねぇけどな?」
「ちげぇねえっ、ぎゃははははははっ」
「……(チっ)」
彼女はゲラゲラと笑う三人に嫌気がさすも、表情は崩さない。
……そんな少女に、一人手を近づける者がいた。悪戯のつもりなのだろう、指の先には小さい電気が走っている。
ゆっくりと少女の白磁の肌に狂気が手を伸ばし、
瞬間、ものすごい力で持ち上げられた。
「……俺の妹に何してる」
彼が見上げるそこには、まごうことなき化物が立っていた。
「ぐぅぅ、いてぇぇ」
「あら、お兄様」
紗命はわざとらしく振り返る。
「……貴様ら、俺の妹に二度と近寄るな。……行くぞ」
「はぁい」
掴んでいた手を放り投げ、二人揃って去っていく。
突然の出来事に放心する三人に、声を出す余裕も勇気も無かった。
「おおきに、おかげさんで助かったわぁ」
「……あぁ。……気付いていたろ」
なぜ避けようとしなかったのか?と、葵獅は言葉に心配から来る若干の怒りを孕ませる。
事実紗命は彼等の性質の悪い悪戯を見抜いていた。
では何故逃げようとしなかったのか。
「?、……あぁ、そら葵はんが来たはるのが見えたし、」
何より、と続ける。
「うちがやったら多分、我慢できずに殺してもうてましたさかい」
にっこりと笑う可愛い笑顔の中に、今にも溢れそうな黒い感情が見て取れた。
――皆が寝静まった頃、トイレの中に三人の男が言い争う姿があった。
「チっ、お前が余計なことしたせいで失敗したじゃねぇかっ」
「わりぃって、それよりあの兄貴は反則だろ」
「近づくだけで殺されんぞあれ」
「服までやったんだ、只で引き下がれるか。お前責任取ってもう一回アタックしてこい」
「無理だわっ、なんて言って連れてくんだよ」
「知るかっ、クソっ、さみぃしよッ」
彼等は小便を済ませ、手を洗い、電気を消して外に出る。
「……おい、あれ何だ?」
一人が呟き、その声に振り返る。
来てほしくないものとは、得てして、来てほしくない時に突然やって来るもなのである。