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第18話



「ギェェェェエエエッ‼」



「ひっ」


「逃げろぉッ‼」


 バカデカい鳥型のモンスターが男達に突っ込み、同時に待機していた中型の鳥が一斉に屋上へ降り立った。


「……は?」「ぎゃぁぁっ」「いやぁッ‼来ないでぇっ」「ギェェエッ‼」「ギエッ」「グゲェッ‼」「来るなぁッ‼」「助けてぇッ‼」


 一瞬何が起こったのか分からなかった人間達は、デカい鳥に隣の同族が食われる様を見て我に返る。

 寝起きドッキリも甚はなはだしい。


「ッ‼」


 ライトのスイッチの下で寝ていた佐藤は、急いで全てオンにした。


 ライトアップされた目の前に現れたのは、恐ろしい速度で広がっていく地獄だ。


「佐藤ッ‼」


 彼と同時に起き、明かりがつくのを待っていた葵獅が叫ぶ。


「後ろを頼むッ‼凛ッ、絶対離れるなッ‼」


「うんっ‼」


「分かりましたっ‼」


 顔を歪め周りを見回す葵獅は、すぐに少女の姿を見つけた。


「池に向かうッ」


「うんっ」「はいっ‼」


 葵獅が先頭に立ち、凜が二人の背中の服を掴み、佐藤が後ろ向きに立つ。


「速足で行くぞっ」


「佐藤さんっ脚を大きく上げながら、転んじゃう」


「はいっ」


 葵獅は襲ってくる黒鳥を両腕の炎で迎撃しながら。


 凜は後ろの見えない佐藤に指示を出しながら。


 佐藤はぎこちない後ろ走りで、襲ってくる黒鳥を迎撃し、尚且つ近場の人を襲っている黒鳥を吹き飛ばしながら。


 目的の少女まであと少しの所に迫る。


「紗命ッ‼」


「ッ‼皆はんっ‼」


 彼女は十数人を背に、池の水を操り大きな天蓋を作って空と地、両方の敵の侵入を阻んでいる。


 天蓋は回転し、黒鳥が体当たりしても流し押し返している。


 紗命の近くにいる黒鳥を燃やし殴り飛ばし、天蓋を挟んで紗命を中心に葵獅と佐藤が並んだ。


「頼む」


「はぁい」


 天蓋に穴が開き、凜が飛び込む。すぐに再び穴が閉じた。


「葵っ、頑張ってっ‼」


「あぁッ」


 凛は大きな背中にありったけのエールを送る。


「ふふっ、佐藤はんもきばりや」


「応援っ、痛み入りますっ‼」


 そう言って笑う紗命の額には、玉の汗が浮かんでいた。



「走れる奴はこっちへ来いッ‼」


「こちらへ逃げてきて下さいッ‼」


 外の二人が黒鳥を蹴散らしながら大声で叫ぶ。


 真ん中に道を作り、逃げてきた人を素早く中に入れる。


「見せてくださいっ」


 凜が傷を負った人に呼びかけ、コートを脱ぎ、自分の服を引き裂き止血を試みる。


 突然のことに怯えていた人達も、四人の勇姿に恐怖を溶かされ、力になろうと自分の服を引き裂いて包帯代わりにしたり、守ってくれている三人に口々にエールを飛ばし始めた。




「ふんッ‼」


「ぶギィッ」「グェッ」


 空中から飛びかかってくる黒鳥の足をひっつかみ、


 目の前から突っ込んできたもう一匹に叩きつける。


 そのまま右から来る一匹を炎上した鳥で殴りつけ、


 左から来る一匹へぶん投げた。


 鍛え上げられた肉体と、燃え盛る炎を両手に、獅子奮迅の戦いをする益荒男。


 葵獅の上気した筋肉は荒々しい輝きを放ち、唸る焔は美しき残像を描く。


 荘厳ささえ感じる武闘は、敵味方問わずその心を燃やす。


 葵獅の周りには、既に十五匹の焼き鳥が香ばしい香りを上げていた。



 ――対する佐藤の戦いはとても静かに行われていた。


 あれから彼はほとんど動いていない。


 風魔法の強みは半不可視の長距離攻撃。


 練習の段階で、ならば天蓋の中から攻撃すればという案が出たが、そうすると何故か水も風も操作ができなくなる。


 これは魔力操作が未熟なせいで、お互いの魔力が衝突することによって起きる現象なのだが、そのことに彼らが気付くのはまだ先である。


 普段ひ弱そうに見える彼だが、誰も心配はしなかった。


 天蓋に守られていなくても、佐藤は充分に戦えるのだ。


 しかし今や、その顔には大量の脂汗が走っている。


「すぅぅ~~~、ふぅ~~~――」


 深く深呼吸をして、精神を集中させる。


 ザシュッ「ギェッ」ザシュッ「ギュッ」ザシュッ「グッ」ザシュッ「グィッ」


 狙った敵の首が半不可視の刃に切り裂かれ血を吹き出す。


 途中までは風の塊をぶつけ敵を飛ばしていた。


 しかしそれだと良くて気絶、悪いと再び向かってきてしまう。


 大勢の敵に囲まれ、危機的状況へと追い込まれた集中力が、敵を殺すために最も合理的な魔力操作を可能にした。


 それからはただ淡々と、眼鏡をかけたギロチンとして敵の命を刈り取っている。


 彼の周りには夥おびただしい血と死体が転がり、処刑された罪鳥の数は二十五を超えている。


 断頭台は痛む頭に顔を顰しかめ、次の罪人へと刃を伸ばした。




 ――ギョロリと赤い目を動かし、黒鳥の親玉は辺りの惨状を見渡した。


 嘴で捕まえた一匹は丸呑みにし、右足で踏み潰した一匹を啄ついばみがてら、左足の下で呻く一匹を爪で串刺しにする。


 狩りは順調だ。


 子供達も食事にありつけている。


 ここら周辺の生物は弱くて助かる。


 身を守る術を持つ者もいるみたいだが、時間の問題だろう。


 ――親鳥はそれらの元へ、子供達を向かわせた。


 しかし、


 ――しぶとい。


 既に半数の子供達が殺されている。


 逃げ惑う人間はもういない。


 大方食い尽くし、残るは固まる集団だけ。


 だというのに、どうしても崩せない。


 生意気にも奴らは死に物狂いで足掻き続けている。


 これ以上大切な我が子達を殺されるわけにはいかない。


 血に濡れた鉤爪が、その腰を持ち上げた。



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