「あっ」「花ッ‼」
その中には紗命と仲良くしていた女の子の姿もあった。
母親の悲痛な叫びが響く。
彼女は怪我人を庇おうとして、風に身を許してしまったのだ。
紗命の腕は植物用のネットに絡みつけられている。
ぼやける思考の中、必死にしがみついて耐えていた。
しかし彼女を救った張本人は、
「凛ッ‼」
葵獅が叫び駆けだす。
しかし、遠い。
「ッ……!っ」
宙に投げ出された凜は共に飛ばされた幼女を見つけ、空中で腕を伸ばし胸に抱き寄せた。
「グゥっ……大丈夫かい?」
「うん……ありがとっ……」
「ふふっ、強い子ね」
――凜は幼女が前を見ないように、抱いたまま起き上がり、
羽を広げ構える巨鳥を見据えた。
落ちた場所が驚異的に悪かった。五mも離れていない。
加え、強風は一瞬しか吹かなかった。
自分達が宙を舞っている間に、突進のチャージは完了している。
逃げる時間などない。
――不思議と凛の心は穏やかだった。
「ふぅ」
一息つき、彼女の目つきが変わる、
自慢の三白眼で敵を睨みつけ、彼氏譲りの獰猛な笑みに中指を添えてやる。
「くたばれクソ野郎」
「ギィェェエッ‼」
「逃げろォッ‼凛ッッ‼」
肉弾が打ち出された。
――折れた嘴が目の前まで迫る、
愛しい彼の声が聞こえる、
泣きそうな声だ、
彼の泣くところなんてめったに見れない、
(……見たいなぁ
いっぱいいじって、いじった後に一緒に笑うんだ、
……私、良い彼女だったかな、
……まだ、一緒にいたいなぁ)
「……ごめんね、葵」
――「やめろぉ」
佐藤はその光景を、ただただ横から見ていることしかできなかった。
風には巻き込まれなかったが、攻撃をした後から身体が動かない。
人が埃の様に飛び、塵の様に殺されそうになっているのに、身体が動かない。
大切な人が倒れたまま動かない。
大切な人が泣きそうになりながら走っている。
大切な人が死を前に笑っている。
(やめろ)
一番大事な時に、何もできない、
(やめろ)
一番立たなければいけない時に、立つことができない、
(止めろ)
私は……私は、何の為にここにいる、
(止めろ)
私は彼らと何を約束した、
(止めろ)
守れ、守らなきゃならないんだ、これ以上、失ったらダメなんだ、
これ以上はッ、
止めろ、(止めろ、やめろ、)「止めろ、やめろ、止めろ、」(止めろ止めろ)やめろ「やめろ止めろ止めろやめろやめろ止めろ止めろ、止めろ――」
「止めろオォォォォッッ‼」
「ギェッ!?」
巨鳥の身体がビタリ、と、その場に固定された様に、止まった。
「えっ、キャぁっ」
「キィサマァアッッ‼」
正真正銘の鬼と化した葵獅が凜を突き飛ばし、敵の前へ躍り出る。
巨鳥が動けなくなった間、僅一秒。
巨鳥も動揺するが、男が女を突き飛ばした時点で首は引かれている。
嘴が壊れていても、人間一人突き殺すことなど容易い。
歪な凶器が風を切り、葵獅のの顔へ届く、直前、
あろうことか、彼は身体を少しずらすだけで躱してみせた。
頬に掠り、血の線が走る。
今の葵獅に敵から離れるという考えは無い。
あるのは煮えたぎる殺意のみ。
自分の身など考えていない。
敵の弱点以外、何も見えていない。
「コォロスッッ‼」
物凄い形相で巨鳥を睨みつけ、無防備な首を灼熱の手で鷲掴みにする。
「グゲェッ!?」
巨鳥は狂ったように暴れるが、葵獅は馬鹿げた握力と炎で皮を貫き、肉に指を食い込ませる。
振り回される中、もう片方の手も食い込ませ絶対に離さない。
瞬く間に巨鳥の全身が炎に包まれ、さらに暴れる巨鳥に、葵獅は渾身の力で張り付く。
しかし、燃え盛る炎は徐々に葵獅のことも焦がしていた。
本来自身の魔法で傷つくことはない。
しかし、それは身体が耐え得る限界までの話だ。
無理をしすぎれば、当然壊れる。
巨鳥はたまらず池へ走り、水に身体を打ち付け、張り付く虫を落とそうとする。
池の底に叩きつけられ頭から血を流すそれは、しかし、離れない、剥がれない、離さない。
恐ろしい執念でさらに火力を上げる。
巨鳥は初めて、彼等に恐怖を抱いた。
――佐藤は葵獅のぶち切れた姿を、ボーっと見ていた。
自分の中にある、いや、ずっとあったのに気付いていなかった力。
今なら、さっきの現象は偶然などではなく、自分が起こしたのだと分かる。
なぜか扱い方も、元から知っていたかの様に分かる。
魔法とは全くの別物、使おうと思うだけでトリガーが入る。
何だこれ。
感じたことのない感覚に心を持ってかれていたが、連続する水を打つ音で現実に戻ってきた。
我に返れば、鬼の形相で血を流しながらしがみ付く葵獅を、巨鳥が水面に叩きつけている。
首元など既に毛は無く、肉まで丸焦げになっていた。
対する葵獅も執念で張り付いてはいるが、顔色が目に見えて悪い。血も流しすぎている。
両者とも限界だった。
佐藤は自分の馬鹿さ加減を呪い、急いで、しかし冷静に、
『座標』をセット。
「葵獅さんッ‼止めますッ‼」
その声に反応し、葵獅の目に最後で最大の闘志が燃える。
次の瞬間、
「ギッ!?」
巨鳥を同じ感覚が襲った。
しかし今回はそれだけではない。首から明確な死が駆け登ってくる。
毛を毟りながら、一直線で頭まで到達する。
葵獅は両手を大きく広げ、
「フンッ‼」
両の目玉を手刀で突き刺した。
「ギィアァアッ‼ッガファッ……」
鮮血が飛び散り、一瞬で蒸発する。
両目、両耳、口から炎が噴出。
頭蓋の中を一瞬で焼かれ、何も分からぬまま、巨鳥は絶命した。