倒壊した商品棚を殴り飛ばす筋肉ゴブリンを、二人は遠目に見る。
「……あれはゴブリンなんですか?」
「多分ホブゴブリンて言われるやつです。上位種ですね」
「作戦は?」
「取り合えず不足分を溜めます。ヤバそうな時は止めて下さい」
「了解」
三者が同時に地を蹴った。
「グルゥァッ‼」
振り抜かれた六角棒を漆黒で受け止め、通り抜けざまに包丁で脇腹を切り付ける。
薄皮が切れる程度の感触に苦い顔をし、すぐさま飛び退いた。
「グッ、ガ!?」
振り返ったホブは強制的に止められた身体に驚愕し、次いで風の刃を顔面に叩きつけられる。
巨鳥に傷を付けたその攻撃はしかし、血を滲ませはすれダメージにはならない。
……後手に回る自分。……飛び回る蠅。ホブの中に苛立ちが募る。
「……グルㇽㇽㇽッ」
怒りで目を充血させたホブの身体に魔力が流れ始める。
素の身体能力で五分の相手。
二人の間に緊張が走った。
「グラァッ‼」「――ッ」
――速い‼。
一足飛びで東条に接近したホブは、辺り構わず狂った様に暴力を浴びせ掛ける。
床が抉れ、天井が崩落し、棚、柱、木、触れた物全てが吹き飛ぶ。
詰めが速すぎて距離を取れない東条は、霞む攻撃を必死に目で追い隙を探る。
グングンと嘗てないほどに溜まっていくエネルギーを、ぶつける機会を血眼で探る。
しかし直接的な攻撃は防げているものの、その身体には飛び散った無数の石片が刺さり血が垂れていた。
早急にけりをつけなければ、
焦る気持ちの中、攻撃を受けた直後、
パァンッ――――漆黒が弾けた。
「なっ!?」「――ッ‼」
佐藤が咄嗟にホブの動きを停止させ、六角棒を東条の寸前で止める。が、
「グルァァァアッ‼」「グふぅッ」
一秒も待たずして拘束を解き、東条をガードの上から蹴り飛ばした。
「東じょっ――ッ‼」
商品棚を突き抜ける東条から、猛進してくるホブに注意を移す。
相対して分かる強大なプレッシャー。正面からでは勝ち目はない。
全力で逃げ回りながらも座標をセットし、発動、発動、発動ッ――。
ストップモーションの様な動きをするホブだが、その距離はあっという間に縮まる。
目前に凶器が迫り、近づいて、近づいて、
――間一髪、漆黒が割って入った。
「グぶガっ!?」
同力で跳ね返った六角棒が顔面にぶち当たり、ホブが仰け反って倒れる。
「東条さん‼――ッその腕っ」
その場を離脱し、少し離れた場所で荒い息を吐く東条に近寄る。
急いで助けに来てくれたのであろう彼の姿は、正真正銘ボロボロだった。
「――ハァっんぐ……えぇ、折れましたわ」
力なく垂れ下がる左腕が痛々しい。
佐藤は自分の力不足に歯を噛み、後悔をするのは今ではないと目を逸らした。
「さっきのは?」
「キャパオーバーです。集中しすぎて限界を見過ごしました。すいません」
東条とて初めての経験。
貯蓄する能力なら限界はあると思っていたが、今までそんな素振りは一切見ることが出来なかった。
愚痴の一つも言いたくなるが、それだけホブの攻撃力が頭抜けているということ。
「もう分かったんで問題ないです。あのストップモーションみたいなのもう一度できますか?」
「……はい。やって見せます」
「頼もしい。合図を待ってください」
頭を振り、目を回していたホブが立ち上がった。
「グルァアッ‼」
東条が激痛を圧して駆ける。
限界値が分かればさほど難しくはない。
佐藤次第だが、彼は出来ると豪語した。
(この勝負、勝ったッ)
再び激戦の中へ身を投じた。
佐藤は湧き上がる倦怠感を抑え、垂れてくる鼻血を袖で拭う。
先程の能力の連続使用、彼自身に影響がないはずがないのだ。
轟音を立て満身創痍で攻撃を受ける中、尚も笑っている東条を見る。
あの夜、自分と彼でも似たところがあるのかもしれない、と葵獅に言ったが、訂正しよう。
間違いなく、彼と自分は根本から違う。
危機的状況であんな風に笑う事など自分にはできない。
佐藤は腕を前に出し、座標を構えた。
……ただ、
一緒に戦って、一緒に死にかけて、何となく思ったのだ。
そんなに難しく考える必要はない。
理解できなくても、受け入れられなくても、一緒にいて楽しいなら、
それもいいじゃないか、と。
受け止めた感触に、東条がピクリと反応した。
「っやれッ‼」「――ッ」
途端、ホブの動きがコマ送りになる。
力づくで振り切ろうとするホブを、その上から制止で抑え続ける。
佐藤の目は充血し、ボタボタと鼻血が溢れるが、断じて止めない。
震える手で、風の大太刀を放った。
「ナイスッ」
風刃がホブの足首に直撃し、体勢が崩れる。
その顔面に狙いを定め、渾身の力で殴りつけた。
「ボゲぇッ!?」
歯を砕き、漆黒を纏った拳で喉奥を地面に叩きつける。
ホブは口の中の異物感に耐え切れず腕を噛み千切ろうとするが、その歯が無い。
目を見開くホブに、東条は宣告する。
「弾けろ」
溜めに溜めた衝撃が、ホブの頭蓋を内側から爆散させた。
――「お疲れ様です」
「……ははっ、もう一歩も動きたくないっすわ」
返り血を盛大に浴びた東条が、近くに転がるソファーに凭れ座る。
事あるごとに血塗れになる自分に辟易とするが、今はそれよりも休みたい。
「えぇ、ゆっくり休んで下さい。私は先に戻ってますね」
「……その身体でですか?」
止まらない血をシャツで抑える佐藤は、自分の容態を圧して仲間の手助けに向かおうとする。
「……それが、私ですから」
呆れ果てる東条の目を、彼は笑って躱した。
「……あなたのそんなところが、俺は嫌いっすよ」
「奇遇ですね。私も東条さんのそんなところ、嫌いですよ」
交わることのない二人は、今は只、勝利の余韻に拳を合わせた。