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第47話


 ――「……向こうは終わったみたいやで?」


 大穴から中の様子を見ていた紗命は、詳細は分からないが雰囲気が落ち着いたことで、固く握りしめていた手を解いた。


「はやっ、流石あの二人、ねッ」


「あぁッ」


 凜と葵獅がゴブリンを蹴り飛ばし、殴り飛ばし、二人の勝利を讃える。


 ゴブリンの残数もあと数匹。怪我人は出たが、此方も大事無く片付きそうだ。


「……ごめん、あたし魔力切れ。残り頼んだわ」


「あぁ、休んでろ」


 紗命は水の天蓋を開き、凜を中に招き入れる。

 軽く痛む頭に保冷剤を当て、医療班による手当てが始まった。


「お疲れやす」


「ありがと。紗命は魔力多くて羨ましいよ」


「やけど、うちは凜はんみたいに直接戦えるわけちゃうさかい」


「今度教えたげよっか?」


「……ふふっ、ほな、お願いしよかな」


 唐突に訪れた緊急事態も、着々と刈り取られ終わりが見えてくる。

 彼等は自分達が成長しているのを実感し、再び欠けることなく生活を迎えられることに安心した。





 ――そうしてできた空気の弛緩を、奴等は見逃さなかった。





「「「ギゲァッ‼」」」

「「「――ッ!?」」」


 入口から溢れる約三十匹の増援。

 まるで機を見計らったかのようなタイミングに、屋上の誰もが一瞬の虚を突かれた。


「狼狽えるな‼隊列を組み直せ‼」


 若葉の掛け声で槍隊が一列に並ぶ。彼等一人一人、まだ体力には余裕がある。葵獅もその援護に向かった。


 ……そう、突如現れた大群に目が行くのは自明の理。忍び寄る敵意になど、誰も気付かない。


 紗命の真横から、物凄い速さで影が飛びかかった。


「――ッ、えぅっ――」


 水壁で防ぐ、が、赤い肌をしたゴブリンが両手を水に突っ込む。

 途端、魔力の反発が強くなり、一気に押し返された。


 (ッ奪われたっ!)


 そう分かった時にはもう遅い。


「――っ紗命ッ‼」


 凜の叫び虚しく、少女は水球に囚われてしまった。

 凛は咄嗟に跳ね起き、赤肌に殴りかかる。しかし、


「テメェっ‼ぐっ」


 ゴブリンとは比べ物にならない速さと力で蹴り飛ばされ、凜の身体がくの字に曲がる。


「っ凜!?」


「ゲホっ、紗命、を」


 地面を転がる凜に、葵獅が驚愕。次いで曝け出された非戦闘員に、若葉が瞠目した。


 一瞬で形成をひっくり返した赤肌は、紗命を水で閉じ込め既に逃走を図っている。

 その速さは普通はでなく、間違いなく身体強化が施されている。




 赤肌は作戦の成功に頬を歪めた。


 同胞が近々戦争を仕掛けるのは分かっていた。

 ならば自分は、その隙をついて手柄を取ってしまえばいいだけの事。

 影でずっと狙っていたのだ。集中力が瓦解する機を。


 そして観察する中で見抜いた。

 敵の陣形の要は、この女だ。この女さえ消してしまえば、あとは数で圧し潰せる。


 奴が死んだのは予想外だったが、競争相手がいなくなったのだ、此方としては好都合。

 念の為一時離脱し、この女を始末して、更に待機している増援を加えこの場所を蹂躙しよう。



 木を伝い、割れた窓から上階へ戻ろうとしたところで、


「――ッグゥ」


 風刃が眼前を横切った。


 赤肌は煩わし気に水球を作り、佐藤に放つ。その隙に窓の奥に飛び込んでしまった。


 佐藤のなけなしの魔力では、相殺するので精一杯。上階に行こうにも間に合わない。

 佐藤は焦り首を振り周りを見る。


「抜けられたら終わりと思え‼葵獅殿っ、紗命嬢をっ!」


「分かってるッ‼」


 円を作り非戦闘員を守る彼等。若葉と葵獅には邪魔するよう指示が入っているのか、複数のゴブリンが足止めに入っている。

 葵獅は蹴散らして進むが、場所が遠い。


 これでは間に合わないっ。


「――っ東条さん‼紗命さんが連れ去られました‼上です‼」


 格好つけて戻ってきた矢先にこれだ。面目もクソもない。

 彼のすぐそばにはエスカレーターがあった。どうにか間に合ってくれ、と、


 ボロボロの男に全てを託した。





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