――「……向こうは終わったみたいやで?」
大穴から中の様子を見ていた紗命は、詳細は分からないが雰囲気が落ち着いたことで、固く握りしめていた手を解いた。
「はやっ、流石あの二人、ねッ」
「あぁッ」
凜と葵獅がゴブリンを蹴り飛ばし、殴り飛ばし、二人の勝利を讃える。
ゴブリンの残数もあと数匹。怪我人は出たが、此方も大事無く片付きそうだ。
「……ごめん、あたし魔力切れ。残り頼んだわ」
「あぁ、休んでろ」
紗命は水の天蓋を開き、凜を中に招き入れる。
軽く痛む頭に保冷剤を当て、医療班による手当てが始まった。
「お疲れやす」
「ありがと。紗命は魔力多くて羨ましいよ」
「やけど、うちは凜はんみたいに直接戦えるわけちゃうさかい」
「今度教えたげよっか?」
「……ふふっ、ほな、お願いしよかな」
唐突に訪れた緊急事態も、着々と刈り取られ終わりが見えてくる。
彼等は自分達が成長しているのを実感し、再び欠けることなく生活を迎えられることに安心した。
――そうしてできた空気の弛緩を、奴等は見逃さなかった。
「「「ギゲァッ‼」」」
「「「――ッ!?」」」
入口から溢れる約三十匹の増援。
まるで機を見計らったかのようなタイミングに、屋上の誰もが一瞬の虚を突かれた。
「狼狽えるな‼隊列を組み直せ‼」
若葉の掛け声で槍隊が一列に並ぶ。彼等一人一人、まだ体力には余裕がある。葵獅もその援護に向かった。
……そう、突如現れた大群に目が行くのは自明の理。忍び寄る敵意になど、誰も気付かない。
紗命の真横から、物凄い速さで影が飛びかかった。
「――ッ、えぅっ――」
水壁で防ぐ、が、赤い肌をしたゴブリンが両手を水に突っ込む。
途端、魔力の反発が強くなり、一気に押し返された。
(ッ奪われたっ!)
そう分かった時にはもう遅い。
「――っ紗命ッ‼」
凜の叫び虚しく、少女は水球に囚われてしまった。
凛は咄嗟に跳ね起き、赤肌に殴りかかる。しかし、
「テメェっ‼ぐっ」
ゴブリンとは比べ物にならない速さと力で蹴り飛ばされ、凜の身体がくの字に曲がる。
「っ凜!?」
「ゲホっ、紗命、を」
地面を転がる凜に、葵獅が驚愕。次いで曝け出された非戦闘員に、若葉が瞠目した。
一瞬で形成をひっくり返した赤肌は、紗命を水で閉じ込め既に逃走を図っている。
その速さは普通はでなく、間違いなく身体強化が施されている。
赤肌は作戦の成功に頬を歪めた。
同胞が近々戦争を仕掛けるのは分かっていた。
ならば自分は、その隙をついて手柄を取ってしまえばいいだけの事。
影でずっと狙っていたのだ。集中力が瓦解する機を。
そして観察する中で見抜いた。
敵の陣形の要は、この女だ。この女さえ消してしまえば、あとは数で圧し潰せる。
奴が死んだのは予想外だったが、競争相手がいなくなったのだ、此方としては好都合。
念の為一時離脱し、この女を始末して、更に待機している増援を加えこの場所を蹂躙しよう。
木を伝い、割れた窓から上階へ戻ろうとしたところで、
「――ッグゥ」
風刃が眼前を横切った。
赤肌は煩わし気に水球を作り、佐藤に放つ。その隙に窓の奥に飛び込んでしまった。
佐藤のなけなしの魔力では、相殺するので精一杯。上階に行こうにも間に合わない。
佐藤は焦り首を振り周りを見る。
「抜けられたら終わりと思え‼葵獅殿っ、紗命嬢をっ!」
「分かってるッ‼」
円を作り非戦闘員を守る彼等。若葉と葵獅には邪魔するよう指示が入っているのか、複数のゴブリンが足止めに入っている。
葵獅は蹴散らして進むが、場所が遠い。
これでは間に合わないっ。
「――っ東条さん‼紗命さんが連れ去られました‼上です‼」
格好つけて戻ってきた矢先にこれだ。面目もクソもない。
彼のすぐそばにはエスカレーターがあった。どうにか間に合ってくれ、と、
ボロボロの男に全てを託した。