「――っ無事か‼」
額から血を流す葵獅が階段から顔を出す。
敵がいないのを確認してから、隣合って座る二人に駆け寄った。
「葵獅はん」
「紗命、無事で良かった。……お前は、大丈夫なのか?」
包帯をグルグル巻きにされ、左腕に添木をされた東条に視線を移す。
「だいじょばない」
「だろうな」
全身からだいじょばないオーラを出す彼を、葵獅はひょい、とお姫様抱っこした。
「すまないが急ぐぞ。下もマズいことになってる、紗命は動けるか?」
「えぇ」
「着いたら水でバリアを張ってくれ」
「分かった」
走る二人に後は任せ、東条は上目遣いで懇願する。
「優しくしてね?」
「黙ってろ気色悪い」
葵獅は腕の中の大きな赤子を睨みつけつつも、その運搬には最善の注意と敬意を払う。
彼がいなければ、間違いなく紗命は死んでいたのだから。
「……ありがとうな」
「……自分のためだよ」
きっと本音なのだろう言葉を、葵獅は正直な奴だと笑って流した。
――「佐藤殿っ、マズい、右が抜かれる!」
「――ッ」
若葉が焦りフォローを頼む。
ゴブリンの残数は二十程度、しかし此方も戦える人数は半分まで減ってしまっていた。
壁を背に戦ってはいるが、疲労に傷に、一人また一人と倒れていく。
(崩れるっ)
若葉が諦めかけたその時、
大量の水がゴブリンを吊るし上げ、火炎放射が視界を燃やした。
水壁が人とゴブリンを分断する。
「――ッ葵獅殿っ‼紗命嬢も、無事で良かった!」
「遅くなった」
「後ろは任せて下さい」
攻撃が途切れ、張り詰めていた空気が解ける。
佐藤を筆頭に、限界だった多くの者がその場にへたり込んだ。
「彼を頼む。休ませてやってくれ」
瀬良に東条を引き渡した葵獅は、若葉と共に前線へ並んだ。
「彼は無事なのか?」
「生きてはいます」
「……頭が上がらんな」
「全くです」
若葉が槍を握り直し、葵獅が腕に炎を纏う。
「二人で行かはるん?」
「あぁ、皆よくやってくれた。後は任せてくれ」
「ほっほっ、少し暴れんと気が済まんわい」
「ほな、いってらっしゃい」
前が開けたと同時に、二人が駆ける。
後ろを気にしなくて良くなった今、彼等を止められる者はもういない。
「好き勝手しおってからに、冥途で詫びな」
槍の一振りで三体のゴブリンの首がへし折れ、次の一瞬で二体の心臓が穿たれた。
若葉は四人と違い属性魔法は使えないが、その槍術込みの戦闘力はなんら引けを取らない。
寧ろ技量だけで言えば群を抜いている。
モンスターを日々狩って成長した肉体は、彼を全盛期の頃へと近づけていた。
「……まだまだあの頃には届かんな」
血の気配を纏う歴戦の老兵は、昔の自分を手繰り寄せる様に、無造作に命を刈り取り続ける。
――最後の一匹を撲殺した葵獅の鼻を、濃厚な血と灰の臭いが抜けていく。
終戦を告げる静寂に、安堵と疲労から深い息を吐いた。
「もう来ねぇだろうな」
血濡れた槍を肩に担ぐ若葉が、破壊された入口を睨む。
流石にこれ以上は勘弁願いたい。
「……その気配はないですね」
「だな。お疲れさん」
「えぇ。
「ほっほっ、ちとはしゃぎ過ぎた。老骨には響くわい」
互いの勇姿を労い、一時の勝利を噛み締める。
本格的に怪我人の治療を始める輪の中に、彼等も帰還を果たした。
§
勝利を掴んだとはいえ、出た犠牲も軽いものではなかった。
勇敢に戦った内の五人が息を引き取り、半数が重軽傷。
まともに戦える者は、それこそ片手で足りる程度となってしまった。
後処理としてゴブリンの死体は入口付近に放り投げ、山積みにしてておく。
後に移動するだろう木に、壊れた防火扉の代わりをしてもらう為だ。
今回無事だった八階からの直通の入口の前にも、数十匹転がしておいた。
五人の遺体は、まだ人間しか食ってない木を探し、その根元に寝かせられた。
気休めでしかないのだろうが、生き残った者全員が、彼等がゴブリンと同じ場所に逝くことを嫌ったからだ。
治療班にとってはここからが戦である。
小まめな包帯の交換や消毒、生活の補助など、付きっ切りの看病が必要とされる。
しかし誰一人として苦しい顔をする者はいなかった。
それが自分の仕事であり、彼等のおかげで今の命があることを重々分かっているからだ。
怪我人の中でも特に重症だったのが、無論東条であった。
左腕骨折、半身大火傷、一部内臓損傷、発熱、etc――。
一刻も早く集中治療室にぶち込まれる程の重体だが、残念な事にここにそんな設備はない。
応急処置程度の治療の先は、彼の自己治癒力に期待するしかなかった。