「……普通に好きになってくれよぉ」
「ふふっ、否定しなさいよ」
後ろ手をつき天を仰ぐ東条を見て、紗命は可愛らしく笑った。
「……お淑やかな京都美人はどこ行った?」
「京都弁、可愛いから使ってるけど……実際ノリなのよね、合ってるかも分からないし」
理想の女神像がガラガラと崩壊していく。
「……その様子だと、やっぱり惚れてはくれなかったかぁ、秘密ばらすの早ったかなぁ。
……でも抱きしめられた時耐えられなかったしなぁ。……ふふっ」
トリップする紗命を横目に、東条は頭を抱える。
「……いや、あぁ、どうしよ、でもここで渡さないと男として……(ボソボソ)」
「何よボソボソと」
「…………ぅしっ」
決意したように、服の内ポケットに手を入れた。
「これ、お前に似合うと思って……今渡さないと男として負けた気がするから」
差し出された掌の上にあるのは、美しい紫色の、菊の花を模かたどったブローチ。
何日も前に葵獅との探索の際、偶然見つけた物だ。
タイミングが分からず、ずっと渡せずにいたのだ。
「……綺麗、……私に?」
「あぁ」
「嬉しい、……ん」
「?なん……あぁ、後でセクハラとか言うなよ」
突き出された鎖骨辺りに、ブローチを止めた。
朱い襟元に、本紫色が良く映える。
「……ほれ。これ制服だけど良いのか?」
「良いの、ふふっ、似合う?」
「当たり前だろ」
「……ふふふっ、やっぱり桐将も私の「断じて違う」早いわよ」
間髪入れずに一刀両断された紗命が、不満に頬を膨らませる。
「だってこのタイミングで渡してくるなんて、そういうことでしょ!?」
「いつか普通に渡そうと思ってたんだよ!したら何か良い感じの雰囲気になったからっ!
ここで渡さなきゃ男が廃るだろっ!」
「責任取りなさいよ!」
「重いよ!?」
「そんなのさっき分かったでしょ!」
「そうだった‼」
一進一退の攻防を繰り広げ、互いに息が切れる。
言い合い、罵り合う二人の姿は、場違いなほどに青い春がよく似合う。
――未だ彼等は死地の中。
血生臭く泥臭い、戦場の中。
されど恋する乙女は、この一時を菊色に染めた。
「……でも、どうしてこれを?……」
プレゼントは嬉しい。自分の事を考えてくれていたことも嬉しい。
そこに潜む、一抹の違和感。
……ただ、口でこそ疑問を投げるが、紗命には分かっていた。
ずっと一緒にいた上に、自分と同じ感性を持つ人。
東条が取ろうとする行動には、大体予想がついてしまう。
貰ったブローチを握る手が強くなる。
「……やっぱり、そろそろ出ていくつもりだったのね」
「……まぁな」
東条の目的は冒険だ。デパートの散策ではない。
このプレゼントも、彼としては最後の贈り物のつもりだった。
「…………私も、ついていっちゃダメ、かな?」
「やめろ上目遣い。
……自分で言ってたろ、俺はお前と同じで自分が一番なんだよ。
それに、俺は女も好きだが一人がもっと好きだ。
やっぱり一人は気楽でいい」
「……ボッチ」
「うっせ」
紗命が一度俯き、そして、決意を秘めた眼差しで東条を見る。
「……じゃぁ、あと一週間待って。
それまでに桐将を私無しじゃ生きていけなくするから」
笑おうとする東条を止めた彼女の顔つきは、まさに本気と書いてマジと読む。
「うん、俺今日出てくわ」
「そしたら、私を連れてって」
「連れてくも何も、俺がここ離れられなくなるよね?」
「いいっ?」
「……聞いちゃいねぇ。
……わぁったよ、俺がお前無しで生きれなくなったらな」
「よっしゃっ」
ガッツポーズをする少女に、思わず苦笑が漏れてしまう。
「一つ確認だが、変な能力持ってねぇよな?」
「誓うわ。水魔法以外、私に能力は無いわ」
「……はぁ、今の高二ってこんな怖ぇのかよ」
「二十二で性欲減退って、笑えないんですけど?」
「あるわっ、有り余ってるわ、有り余りすぎて寄付したいくらいだわ」
「これほど需要のないボランティアは無いわね」
ワァワァ騒いでいると、何かが階段を上ってくる音が聞こえた。