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第56話


「師匠、ちょっといいっすか?」


 神妙な面持ちの三人に、若葉、葵獅、佐藤が首を向ける。


「ん?なんじゃ」


「明日、あの男と決闘がしたいっす。審判やってくれないっすか」


 唐突の申し出に目が点になる。


「あの男というのは?」


「勿論東条のクソ野郎だ!」


 因幡の後ろにいた一人が、声を荒げて林を睨んだ。


 怒りの出所に佐藤と葵獅は疑問に思うが、常日頃から彼等を扱き倒している若葉だけは、見当がついたのか呆れかえった。


「お主等なぁ、それは八つ当たりってやつじゃぞ?」


「んなこと分かってらァ、これはケジメだ。……夢破れた俺達のな」


 涙ぐむ三人は夜空を見上げ、過去を思い出す。



 屋上に避難して、運よく生き残り、槍の才能を見出され、三人で強くなろうと誓ったあの時を。……


 違う違う、そんなことどうでもいい。


 それ以上に、介護してくれた天使の如き少女を。


 この世の物とは思えない程の可憐さを。


 儚げでいて、どこか悪魔的な美貌を。


 そう、彼等は恋していたのだ。


 黄戸菊 紗命に。



 始めは誰がアタックするかで殺し合った三人だが、決着のつかない戦いに虚しさを感じた。

 その結果、三人の内誰が彼女と結ばれようと、残りの者は血の涙を流して祝福するという協定が結ばれた。


 そうしてアタフタと時が流れていく中で、気付くと、いつの間にかポッと出の変態に彼女は取られていた。


 彼等は茫然とした。


 世界の残酷さを知った。


 怒り、震え、そして哭いた。


 暗殺しようにも、彼女に嫌われないかと一歩を踏み出せなかった。


 彼女が攫われた時、命を顧みず助け出したのは奴だった。



 何より、彼女の『女』の顔を見てしまえば、嫌でも気付かされる。



 彼等は決めたのだ。


 己の夢物語に終止符を打つと。





滂沱の涙を流す彼等に、テーブルの三人は引き気味に応対する。


「……いやまぁ、主等の気持ちも分からなくはないが「分かってくれるかジジイっ!」ええぃ鬱陶しいっ」


縋り付く一人を、若葉は汚汁が付かないように振り払った。


「……東条は強いぞ?」


「分かってるぜ葵獅の旦那。でもこれは、あくまで俺達の枷を壊す戦いなんだ。勝ち負けじゃねぇんだ」


「……それに巻き込まれる東条さんは堪ったものじゃないでしょうけどね」


苦笑する佐藤に、因幡は不思議そうな顔をする。


「何言ってんすか佐藤さん、あの変態は当事者っすよ?」


彼等の中では、東条が悪であり仇敵であり恋敵である事実は二度と変わらない。

故に巻き込まれて当然なのだ。


「だがなぁ、東条が了承するとは思えんぞ」


彼の性格上、見るからに面倒臭いイベントに首を突っ込むとは到底思えない。


しかし、


「もし断られた時の事なら考えてあるんで、とりあえず手筈よろしくっす」


それだけ言うと、彼等は無駄に覚悟の決まった背中を向けて去って行った。




――波乱万丈、様々な想いが錯綜するパーティーは、それぞれの決意を宿し終わりを告げたのだった。





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