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第59話


「「「――ッ」」」


 身体強化を纏った三人が一斉に飛び出し、東条を三角に囲む。


「シッ!」「喰らいやがれッ」「死ねッ」


 容赦なく貫かんとする三槍は、しかし、三つに分かれた漆黒が完璧に受け止めた。


「……⁉︎」「なっ⁉︎」「んだそれっ⁉︎」


「あー、これ見んの初めてか」


 今のは、後ろの二人が死角をとれていなかったから出来た事だ。すぐに包囲陣から抜け出し、全員が視野に入る位置に移動する。


「逃げんなっ!」

 東条は突き出される槍の悉くを、漆黒で受け止め続けた。


 ――「……完全に遊ばれておるなぁ」


「……ですね」


 予想通りの展開に驚きすらしない葵獅と若葉。


「それはそうと翁、あの三人は最近どうです?」


「ん?そうじゃな、……明日死ぬかもしれないこの環境もあるんじゃろうが、要領は良い、吸収も早い、むかつく奴らだが、良い槍士になるぞ。中でも因幡は才能が抜きん出ておる、……あれは強くなる」


「……今度うちのと模擬戦やらせてみますか。今よりはいい勝負になると思いますよ」


「ほっほっほ、違いない」


 弟子を持つ者同士、雑談に花を咲かせる彼等であった。



 ――「はぁっはぁ……」「ちょこっまかッ逃げやがってぇ」「ふぅ、ふぅ、――」


「おいおい十分も経ってないぞ?」


「……二人とも、なるべく彼の目から遠い位置を攻撃してください」


「「……了解っ」」


 常に三人を視界に捉えようと動く東条を、怪しく思っての指示。


(……頭いいなあいつ)


 東条は因幡の高い洞察力を認め、少しだけ警戒を引き上げた。


 ――「オラッ、オラッ、オラッ、――」「フっ、フっ、フっ、――」


 三人揃って足首より下をチクチクと攻撃してくる。たまに因幡が胴や顔を攻撃し、またチクチクに戻る。常に下から目が離せない。


「う、うぜぇ」


 たまらず大きく後ろに飛ぼうとした瞬間を、因幡は見逃さなかった。


「――ッ詰めろ!」


 丁度足が地面を離れると同時に、三人が一気に距離を詰める。


「――っ」


 東条は敵の槍を注視し、次の攻撃箇所を予測する。


 槍の穂先は全て下を向いていた。


(着地点かっ)


 しかし、その決めつけが仇となる。


「なッ⁉︎」


 一つの槍が、あろうことか軌道を直角に曲げ、東条の顔面に迫った。


(取ったッ‼︎)


 因幡は足元に打ち込んだ直後、軸の手で槍をおもっきし下に押し、強引に軌道を上に変えたのだ。常人にこの一瞬を捌くのは不可能。因幡は勝利を確信した。


 ……ただ、彼はずっと忘れずに注意していた事を、この時だけ意識から手放してしまった。


 そう、この男は、……常人ではない。


「――ッガぁっ⁉︎」「――ッゴえッ⁉︎」「――ッブふぉァっ‼︎」


 突如顔面に衝撃を受け、三人は吹っ飛ばされた。


「あぶねー」


 カラカラ、と三本の模擬槍が転がる音が響く。


「……ってぇ、何じやがっだあの野郎っ」


「……」


 一瞬の攻防の中、因幡だけは自分達に何が起こったのか理解していた。確実に当たったと思った槍は捕まれ、直後目の前に漆黒の球が出現、吹っ飛ばされたのだ。


「おらどうした?終わりか?」


「はっ、毛ほども効いてねぇよ‼︎」


「はははっ、どうだか」


 罵り合う声を聞きながら、因幡は土に爪を立てる。


「……何で、最初から使わねぇんすか……」


 ……手加減されている理由は分かる。自分達に本気を出す価値が無いのも分かる。しかし、それを差し置いても、彼の攻撃には何も感じない、何も乗っていない。


 へらへらと惰性で戦う彼に、怒りがこみ上げる。


 立ち上がり槍を拾う因幡が、ふ、と東条を睨んだ。


「……なぁ、あんた、本当に黄戸菊さんのこと好きなんすか?」


「……ん?」


 東条の動きが止まる。


「確かに、黄戸菊さんはあんたが好きだ。それはもう分かってる。……でも、あんたはどうなんすか?俺等から見たら、あんたは女を試している様なクズにしか見えないんすよ。

 好きなら何で応えてあげないんすか?嫌なら何で断らないんすか?」


「……」


「きっともう、彼女は俺のもんだ、取られやしないとか思ってるんすよね。自分に献身的に尽くしてくれる彼女に甘えて、それを当然だと思って享受してるんすよね。

 反吐が出る。……そもそも、自分の女に色目使ってる男がいると知って、何でそこまで舐めた戦い方出来るんすか?確かに俺達はあんたより弱いっすけど、

 ……今のあんたよりは、あの人を好きだと断言できるっすよ」


 得物を肩に担いだ因幡の後ろに、二人が並び立った。


 静かに聞いていた東条の額に、青筋が浮かぶ。


「……なんだそれ?手加減してやってんだろ」


「あんたの一挙手一投足にそれが出てんすよ」


「……」


 恋のキューピッドにでもなったつもりなのか?こいつは。


 愛だ恋だと、俺がいつそれを望んだ?


 勝手に好きになった女に、勝手に振られ、自己満足で俺を巻き込む目の前の男。


 あまつさえ、俺達の関係を何も知らない分際で、俺を悪者と糾弾する害悪。


 あぁ、



  面倒臭い……



「――っむ、……葵獅殿、止めるべきか?」


 彼が爆発させた魔力の奔流が辺りに充満し、余波の重圧にその場の全員が顔を顰める。もし彼が感情のままに動けば、どうなるか分からない。


 しかし葵獅は、彼の表情を見て気持ちを落ち着けた。


「……いえ、たぶん大丈夫ですよ」



「……」


 緊迫した空気が空間を支配する中、東条は毅然と向けられる切先を見つめていた。


 その槍を持つ者は脆く、脆弱で、吹けば飛ぶ様な小虫だ。


 しかし自分に向けられるその槍だけは、確かな威力を持って、自分の胸に突き刺さった。


「……はぁぁぁあ、……情けねぇ」


 彼は大きく天を仰ぎ、わざと暴れさせていた魔力を引っ込めた。


 ……図星だ。


 彼女の気持ちは理解し、受け入れていた。自分の気持ちにも気付いていた。


 しかし、一途に言い寄ってくれる彼女の心地よさに甘え、心のどこかで追われる自分に悦を感じていたのだろう。


 真摯などとぬかしておいて、何たる傲慢、何たる体たらく。それを見透かされて逆切れなど、男の風上にも置けない。


「……ふぅ」


 東条は部屋の隅、瓦礫の一角に微笑み、深呼吸する。


 だが、彼女に想いを寄せる虫に、苛立ちを覚えていたのもまた事実。


 それが恋慕でなくして何なのか。


 自分に必要なのは、下手なゴールや約束などではない。


 愛欲のままに貪る、獣の如き凶暴性だ。



「……俺は紗命を愛してる」



「……そっすか、……言葉通りの『決闘』を期待するっす」


「……あぁ、勿論。……行くぞ?」


「――うっす」


 これは戦いだ。


 これは試合だ。


 目の前にいるのは恋『敵』だ。


 そう、これは……どちらかが死ぬ失恋まで終わらない、


 殺し合いだ。


「――ッ⁉︎」


 目で追えなかった。因幡は瞠目する。距離は五m弱。踏み込んで、気付いたら目の前。


 ……速すぎる。


 しかし圧倒的な捕食者の気迫に押されながらも、彼は無理矢理一歩を前へ踏み出す。


(本気で応えてくれた相手には、本気でか返すのが筋ってもんっす‼︎)


 歯を食いしばり、槍を突き出した。


「――ッシぉぶっ――」「グぇッ――」「バぉえッ――」


 一瞬で全力の身体強化を完了させた東条は、超速で接近。

 突き出そうとしてきた因幡の槍の軌道を避け腹を殴り、右にずれ、倒れ行く因幡を掴み盾にして刀弥の腹を殴り、すぐに反転し、海の腹を後ろ回し蹴り飛ばした。


 葵獅と若葉が息を呑んだ瞬間、因幡がだらりと崩れ、刀祢が宙に浮き、海が吹っ飛ぶ。

 鈍い音を残して、決着はついた。


 一拍を置き、


「勝者、東条」


「ういっす」


 東条は若葉に会釈をしながら、因幡に肩を回し、残りの二人を拾って逆の肩に重ねて担ぐ。


「手伝うか?」


「いや、礼として、こいつ等は俺が運ぶよ。……葵さんと源さんは、あそこの二人を護衛してあげてくれ(ボソ)」


「……気付いてたか」


「バレバレ」


 東条は清々しい気持ちで、医療テントへ向かうのだった。



「……ごほっ、おえっ、……ぎもぢわるいっ、す」


「意識あんのか。……悪いな、ちょっとムカついて力んじまった」


「ふぅ~、ふぅ~、……別にいいっすよ。女の為に怒れない男なんて、あの人にはふさわしくないっす」


「……お前、カッコいいな」


「彼女には振られたっすけどね」


「相手が俺だからな」


「死ね」


「お前が死ね」


 昨日の敵は今日の友。


 一人好きな獣に、悪友ができた記念すべき日だ。


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