「「「――ッ」」」
身体強化を纏った三人が一斉に飛び出し、東条を三角に囲む。
「シッ!」「喰らいやがれッ」「死ねッ」
容赦なく貫かんとする三槍は、しかし、三つに分かれた漆黒が完璧に受け止めた。
「……⁉︎」「なっ⁉︎」「んだそれっ⁉︎」
「あー、これ見んの初めてか」
今のは、後ろの二人が死角をとれていなかったから出来た事だ。すぐに包囲陣から抜け出し、全員が視野に入る位置に移動する。
「逃げんなっ!」
東条は突き出される槍の悉くを、漆黒で受け止め続けた。
――「……完全に遊ばれておるなぁ」
「……ですね」
予想通りの展開に驚きすらしない葵獅と若葉。
「それはそうと翁、あの三人は最近どうです?」
「ん?そうじゃな、……明日死ぬかもしれないこの環境もあるんじゃろうが、要領は良い、吸収も早い、むかつく奴らだが、良い槍士になるぞ。中でも因幡は才能が抜きん出ておる、……あれは強くなる」
「……今度うちのと模擬戦やらせてみますか。今よりはいい勝負になると思いますよ」
「ほっほっほ、違いない」
弟子を持つ者同士、雑談に花を咲かせる彼等であった。
――「はぁっはぁ……」「ちょこっまかッ逃げやがってぇ」「ふぅ、ふぅ、――」
「おいおい十分も経ってないぞ?」
「……二人とも、なるべく彼の目から遠い位置を攻撃してください」
「「……了解っ」」
常に三人を視界に捉えようと動く東条を、怪しく思っての指示。
(……頭いいなあいつ)
東条は因幡の高い洞察力を認め、少しだけ警戒を引き上げた。
――「オラッ、オラッ、オラッ、――」「フっ、フっ、フっ、――」
三人揃って足首より下をチクチクと攻撃してくる。たまに因幡が胴や顔を攻撃し、またチクチクに戻る。常に下から目が離せない。
「う、うぜぇ」
たまらず大きく後ろに飛ぼうとした瞬間を、因幡は見逃さなかった。
「――ッ詰めろ!」
丁度足が地面を離れると同時に、三人が一気に距離を詰める。
「――っ」
東条は敵の槍を注視し、次の攻撃箇所を予測する。
槍の穂先は全て下を向いていた。
(着地点かっ)
しかし、その決めつけが仇となる。
「なッ⁉︎」
一つの槍が、あろうことか軌道を直角に曲げ、東条の顔面に迫った。
(取ったッ‼︎)
因幡は足元に打ち込んだ直後、軸の手で槍をおもっきし下に押し、強引に軌道を上に変えたのだ。常人にこの一瞬を捌くのは不可能。因幡は勝利を確信した。
……ただ、彼はずっと忘れずに注意していた事を、この時だけ意識から手放してしまった。
そう、この男は、……常人ではない。
「――ッガぁっ⁉︎」「――ッゴえッ⁉︎」「――ッブふぉァっ‼︎」
突如顔面に衝撃を受け、三人は吹っ飛ばされた。
「あぶねー」
カラカラ、と三本の模擬槍が転がる音が響く。
「……ってぇ、何じやがっだあの野郎っ」
「……」
一瞬の攻防の中、因幡だけは自分達に何が起こったのか理解していた。確実に当たったと思った槍は捕まれ、直後目の前に漆黒の球が出現、吹っ飛ばされたのだ。
「おらどうした?終わりか?」
「はっ、毛ほども効いてねぇよ‼︎」
「はははっ、どうだか」
罵り合う声を聞きながら、因幡は土に爪を立てる。
「……何で、最初から使わねぇんすか……」
……手加減されている理由は分かる。自分達に本気を出す価値が無いのも分かる。しかし、それを差し置いても、彼の攻撃には何も感じない、何も乗っていない。
へらへらと惰性で戦う彼に、怒りがこみ上げる。
立ち上がり槍を拾う因幡が、ふ、と東条を睨んだ。
「……なぁ、あんた、本当に黄戸菊さんのこと好きなんすか?」
「……ん?」
東条の動きが止まる。
「確かに、黄戸菊さんはあんたが好きだ。それはもう分かってる。……でも、あんたはどうなんすか?俺等から見たら、あんたは女を試している様なクズにしか見えないんすよ。
好きなら何で応えてあげないんすか?嫌なら何で断らないんすか?」
「……」
「きっともう、彼女は俺のもんだ、取られやしないとか思ってるんすよね。自分に献身的に尽くしてくれる彼女に甘えて、それを当然だと思って享受してるんすよね。
反吐が出る。……そもそも、自分の女に色目使ってる男がいると知って、何でそこまで舐めた戦い方出来るんすか?確かに俺達はあんたより弱いっすけど、
……今のあんたよりは、あの人を好きだと断言できるっすよ」
得物を肩に担いだ因幡の後ろに、二人が並び立った。
静かに聞いていた東条の額に、青筋が浮かぶ。
「……なんだそれ?手加減してやってんだろ」
「あんたの一挙手一投足にそれが出てんすよ」
「……」
恋のキューピッドにでもなったつもりなのか?こいつは。
愛だ恋だと、俺がいつそれを望んだ?
勝手に好きになった女に、勝手に振られ、自己満足で俺を巻き込む目の前の男。
あまつさえ、俺達の関係を何も知らない分際で、俺を悪者と糾弾する害悪。
あぁ、
面倒臭い……
「――っむ、……葵獅殿、止めるべきか?」
彼が爆発させた魔力の奔流が辺りに充満し、余波の重圧にその場の全員が顔を顰める。もし彼が感情のままに動けば、どうなるか分からない。
しかし葵獅は、彼の表情を見て気持ちを落ち着けた。
「……いえ、たぶん大丈夫ですよ」
「……」
緊迫した空気が空間を支配する中、東条は毅然と向けられる切先を見つめていた。
その槍を持つ者は脆く、脆弱で、吹けば飛ぶ様な小虫だ。
しかし自分に向けられるその槍だけは、確かな威力を持って、自分の胸に突き刺さった。
「……はぁぁぁあ、……情けねぇ」
彼は大きく天を仰ぎ、わざと暴れさせていた魔力を引っ込めた。
……図星だ。
彼女の気持ちは理解し、受け入れていた。自分の気持ちにも気付いていた。
しかし、一途に言い寄ってくれる彼女の心地よさに甘え、心のどこかで追われる自分に悦を感じていたのだろう。
真摯などとぬかしておいて、何たる傲慢、何たる体たらく。それを見透かされて逆切れなど、男の風上にも置けない。
「……ふぅ」
東条は部屋の隅、瓦礫の一角に微笑み、深呼吸する。
だが、彼女に想いを寄せる虫に、苛立ちを覚えていたのもまた事実。
それが恋慕でなくして何なのか。
自分に必要なのは、下手なゴールや約束などではない。
愛欲のままに貪る、獣の如き凶暴性だ。
「……俺は紗命を愛してる」
「……そっすか、……言葉通りの『決闘』を期待するっす」
「……あぁ、勿論。……行くぞ?」
「――うっす」
これは戦いだ。
これは試合だ。
目の前にいるのは恋『敵』だ。
そう、これは……どちらかが
殺し合いだ。
「――ッ⁉︎」
目で追えなかった。因幡は瞠目する。距離は五m弱。踏み込んで、気付いたら目の前。
……速すぎる。
しかし圧倒的な捕食者の気迫に押されながらも、彼は無理矢理一歩を前へ踏み出す。
(本気で応えてくれた相手には、本気でか返すのが筋ってもんっす‼︎)
歯を食いしばり、槍を突き出した。
「――ッシぉぶっ――」「グぇッ――」「バぉえッ――」
一瞬で全力の身体強化を完了させた東条は、超速で接近。
突き出そうとしてきた因幡の槍の軌道を避け腹を殴り、右にずれ、倒れ行く因幡を掴み盾にして刀弥の腹を殴り、すぐに反転し、海の腹を後ろ回し蹴り飛ばした。
葵獅と若葉が息を呑んだ瞬間、因幡がだらりと崩れ、刀祢が宙に浮き、海が吹っ飛ぶ。
鈍い音を残して、決着はついた。
一拍を置き、
「勝者、東条」
「ういっす」
東条は若葉に会釈をしながら、因幡に肩を回し、残りの二人を拾って逆の肩に重ねて担ぐ。
「手伝うか?」
「いや、礼として、こいつ等は俺が運ぶよ。……葵さんと源さんは、あそこの二人を護衛してあげてくれ(ボソ)」
「……気付いてたか」
「バレバレ」
東条は清々しい気持ちで、医療テントへ向かうのだった。
「……ごほっ、おえっ、……ぎもぢわるいっ、す」
「意識あんのか。……悪いな、ちょっとムカついて力んじまった」
「ふぅ~、ふぅ~、……別にいいっすよ。女の為に怒れない男なんて、あの人にはふさわしくないっす」
「……お前、カッコいいな」
「彼女には振られたっすけどね」
「相手が俺だからな」
「死ね」
「お前が死ね」
昨日の敵は今日の友。
一人好きな獣に、悪友ができた記念すべき日だ。