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第66話



 それから一週間、彼等は互いに手を取り合い、力を合わせ、たまに殴り合い、怒り、笑い、しかし涙を流すことはなかった。


 明日には東条と紗命がこの場所を去る。

 今日は二人の送別会である。


 時刻は昼の十二時。

 生憎の曇りではあるが、豪勢な食事が並び、ぼろ切れに書かれた手製の横断幕が掲げられている。



 佐藤がマイクを持ち、前に出た。


「えー、代表として話させていただきます。佐藤 優です。あ、有難うございます」


 花の拍手を皮切りに、大勢の拍手が佐藤を迎える。


「……そうですね。世界が変わってしまってから、色々なことがありました。


 死にかけて、生き延びて、目の前で沢山の人が亡くなって、それでも生き延びて、私達は今ここに立っています。


 ……私達も、足掻き、藻掻き、努力し、手繰り寄せた。

 しかし、そこに彼等の力が無ければ、疾うに私達は木の養分でしょう」


 全員の視線が二人に向き、照れ臭そうな表情に歓声を送る。


「紗命さんは、どうしていいか分からない私達四人を纏め上げました。

 水の魔法で、沢山の命を守り切りました。

 そして、自慢の笑顔で、数々の男を虜にしてきました」


「もぅ」


 男衆の口笛が響き、因幡達三人が誉め言葉を並び立てる。


「対して東条さんを初めて見た時は、新手のモンスターかと疑ったほどでした」


「まったくじゃ、危うく刺しそうになった」


 頷く若葉に笑いが起きる。


「しかし彼は強かった。

 途轍もないほどに強かった。

 モンスターを蹴散らし、屠る彼の勇姿に、憧れを抱いた者も少なくないはずです。

 斯く言う私もそのその一人ですから。


 ……そして、その勢いのまま紗命さんを手に入れた」


 先とは裏腹に、大ブーイングと三人からの罵詈雑言が乱れ飛ぶ。


「そんな二人が、明日この拠点を去ります。

 まだ見ぬ地を踏む為に、まだ見ぬ空を仰ぐ為に。

 いいじゃないですか!


 男なら誰しも憧れる、冒険に彼等は行くのです!」


 今日一番の歓声が、彼等の祝福を称える。


「確かに、寂しいし、戦力も大幅に落ちます。

 しかし、いつまでも彼等に頼っていては前に進めない。

 いつかこの地を脱出する為にも、私達は更に強くならなければなりません。


 なに、心配しなくても私達は強いですし、彼等ともう会えなくなるわけでもありません。

 スマホも通じる。その時は気兼ねなく二人を呼び、助けてもらいましょう。


 では長くなりましたが、東条さんと紗命さんの出発を祝って、ここにパーティの開催を宣言します」


 拍手を背に、佐藤は安堵の息を吐いた。




 §




 東条は一度輪から外れ、少し離れた位置に立ち携帯を耳に当てた。


「……よぉ」


『まったく、二日に一回は電話寄こせって言ったでしょ』


「メールしてんだからいいだろ」


『そーゆーことじゃないってのに』


 相手は母親。

 彼は永遠の反抗期ではあるが、親の心配も分かる。二日に一度はメールを送るようにしていた。


 そんな彼が、今日わざわざ電話した理由。


『何か周り騒がしいね』


「あぁ、仲間」


『仲間できたの?何でそんな大事なこと言わないのよ?』


「別に」


『はぁ。で、どうしたの?あんたから電話なんて珍しい』


「……旅に出るわ」


『……は?』


 別に伝えなくても良かったのだが、一応、報告はしておこうと思ったから。


 ……ただ、


『どういうこと?』


「そのままの意味だよ」


『あんた自分のいる場所分かってんの?そもそも何で』


「冒険」


『……ふざけてんの?』


「……」


『あんたがファンタジー好きなのは知ってるけど、ゲームと現実の区別ついてないんじゃないの?』


「……」


『もうすぐ助けも来るはずだから、自衛隊も頑張ってるらしいからさ、あと少し―――――


 通話終了のボタンを押し、着信拒否をする。


 こうなることは分かっていた。


「……チッ」


 理解されない事も、分かっていた。







 ――切り替え、笑顔を張り付けた東条は、葵獅と佐藤が座る席へと歩いていく。


「良いスピーチでしたよ」


「有難うございます。かなり緊張しました」


「結構ノリノリだったけどな」


 ジュースを傾ける葵獅が笑う。


「……目的地はあるのか?」


「あぁ、とりあえず山手線圏内を回ってみようと思う」


 紗命と一緒に考えた冒険経路。

 それは、誰もが知る特別危険区域である。


「まさか、冒険と称した人助けか⁉」


「だと思うか?」


「な訳ないな!ハハハっ」


 元から分かっていたのだろう、さして気にした風もない。


 ただ、


「まぁ、間接的には助けることもあると思う」


 その言葉に佐藤が反応する。


「と、言うと?」


「この区域圏内の情報を発信していこうと思うんだ。

 モンスターの種類然り、戦闘方法然り。

 調べてみればこれをしてる、いや、できる奴はまだいない。


 この情報は必ず安全圏の、延いては国の目に付く。そうすれば自ずと被災者の手助けを求める声も多くなる。


 俺は各地を回ることを一番に置くから、どいつもこいつもの言葉に従う気はないが、少なからずは応えていこうと思ってる」


 予想もしていなかった計画性に、葵獅と佐藤は唾を飲む。


「……何でそのようなことを?」



「決まってる。売名の為さ」



 将来を語る東条の顔は、純粋無垢の様であり、同時に魔王の様でもあった。


「俺の夢は、この変わっちまった日本全国を、世界を、自由に冒険することだ。

 誰にも邪魔されず、好きなものを貪り、好きなように振る舞う。


 その為に必要なのが、圧倒的な武力ともう一つ。分かりますか?」


「……金、ですね?」


「そうです。経済は崩壊の危機でしょうけど、依然世界を動かしているのは金です。

 自由を手に入れるには金がいる。


 俺が今欲しいのはスポンサーです。情報、素材、将来性を高く買ってくれるスポンサー。

 今回の冒険は、その足掛かりでしかない」


 彼の語る壮大な夢に感化され、二人の身体を鳥肌が走った。


「いやはや、貴方は本当に凄い人だ」


「あぁ、ここまでエネルギッシュな奴は見たことが無い」


「まぁ、俺バカだから交渉とかは紗命に任るつもりだよ」


「それが良いと私も思いますよ」


「違いない」


 笑い合う三人はグラスを打ち合わせ、


「東条の未来に」


「東条さんの夢に」


「俺の野望に」



「「「乾杯」」」



 夢ある未来を仲間と共に称えた。




 ――「さやおねぇちゃん、これあげる」


「あら、可愛い。おおきになぁ」


 花壇の花で作った冠を、幼女自ら頭にのせる。

 続いて凜が紗命の前に立つ。


「あたしからあげられるのはこれくらいだよ」


「わっ」


 強く抱きしめるその手には、悲しみ、勇気、尊敬、様々な感情が混じっていた。


「……ちゃんと生きるのよ、紗命」


「……はい」


 自然と流れる涙は、とても美しく、そして温かかった。




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