それから一週間、彼等は互いに手を取り合い、力を合わせ、たまに殴り合い、怒り、笑い、しかし涙を流すことはなかった。
明日には東条と紗命がこの場所を去る。
今日は二人の送別会である。
時刻は昼の十二時。
生憎の曇りではあるが、豪勢な食事が並び、ぼろ切れに書かれた手製の横断幕が掲げられている。
佐藤がマイクを持ち、前に出た。
「えー、代表として話させていただきます。佐藤 優です。あ、有難うございます」
花の拍手を皮切りに、大勢の拍手が佐藤を迎える。
「……そうですね。世界が変わってしまってから、色々なことがありました。
死にかけて、生き延びて、目の前で沢山の人が亡くなって、それでも生き延びて、私達は今ここに立っています。
……私達も、足掻き、藻掻き、努力し、手繰り寄せた。
しかし、そこに彼等の力が無ければ、疾うに私達は木の養分でしょう」
全員の視線が二人に向き、照れ臭そうな表情に歓声を送る。
「紗命さんは、どうしていいか分からない私達四人を纏め上げました。
水の魔法で、沢山の命を守り切りました。
そして、自慢の笑顔で、数々の男を虜にしてきました」
「もぅ」
男衆の口笛が響き、因幡達三人が誉め言葉を並び立てる。
「対して東条さんを初めて見た時は、新手のモンスターかと疑ったほどでした」
「まったくじゃ、危うく刺しそうになった」
頷く若葉に笑いが起きる。
「しかし彼は強かった。
途轍もないほどに強かった。
モンスターを蹴散らし、屠る彼の勇姿に、憧れを抱いた者も少なくないはずです。
斯く言う私もそのその一人ですから。
……そして、その勢いのまま紗命さんを手に入れた」
先とは裏腹に、大ブーイングと三人からの罵詈雑言が乱れ飛ぶ。
「そんな二人が、明日この拠点を去ります。
まだ見ぬ地を踏む為に、まだ見ぬ空を仰ぐ為に。
いいじゃないですか!
男なら誰しも憧れる、冒険に彼等は行くのです!」
今日一番の歓声が、彼等の祝福を称える。
「確かに、寂しいし、戦力も大幅に落ちます。
しかし、いつまでも彼等に頼っていては前に進めない。
いつかこの地を脱出する為にも、私達は更に強くならなければなりません。
なに、心配しなくても私達は強いですし、彼等ともう会えなくなるわけでもありません。
スマホも通じる。その時は気兼ねなく二人を呼び、助けてもらいましょう。
では長くなりましたが、東条さんと紗命さんの出発を祝って、ここにパーティの開催を宣言します」
拍手を背に、佐藤は安堵の息を吐いた。
§
東条は一度輪から外れ、少し離れた位置に立ち携帯を耳に当てた。
「……よぉ」
『まったく、二日に一回は電話寄こせって言ったでしょ』
「メールしてんだからいいだろ」
『そーゆーことじゃないってのに』
相手は母親。
彼は永遠の反抗期ではあるが、親の心配も分かる。二日に一度はメールを送るようにしていた。
そんな彼が、今日わざわざ電話した理由。
『何か周り騒がしいね』
「あぁ、仲間」
『仲間できたの?何でそんな大事なこと言わないのよ?』
「別に」
『はぁ。で、どうしたの?あんたから電話なんて珍しい』
「……旅に出るわ」
『……は?』
別に伝えなくても良かったのだが、一応、報告はしておこうと思ったから。
……ただ、
『どういうこと?』
「そのままの意味だよ」
『あんた自分のいる場所分かってんの?そもそも何で』
「冒険」
『……ふざけてんの?』
「……」
『あんたがファンタジー好きなのは知ってるけど、ゲームと現実の区別ついてないんじゃないの?』
「……」
『もうすぐ助けも来るはずだから、自衛隊も頑張ってるらしいからさ、あと少し―――――
通話終了のボタンを押し、着信拒否をする。
こうなることは分かっていた。
「……チッ」
理解されない事も、分かっていた。
――切り替え、笑顔を張り付けた東条は、葵獅と佐藤が座る席へと歩いていく。
「良いスピーチでしたよ」
「有難うございます。かなり緊張しました」
「結構ノリノリだったけどな」
ジュースを傾ける葵獅が笑う。
「……目的地はあるのか?」
「あぁ、とりあえず山手線圏内を回ってみようと思う」
紗命と一緒に考えた冒険経路。
それは、誰もが知る特別危険区域である。
「まさか、冒険と称した人助けか⁉」
「だと思うか?」
「な訳ないな!ハハハっ」
元から分かっていたのだろう、さして気にした風もない。
ただ、
「まぁ、間接的には助けることもあると思う」
その言葉に佐藤が反応する。
「と、言うと?」
「この区域圏内の情報を発信していこうと思うんだ。
モンスターの種類然り、戦闘方法然り。
調べてみればこれをしてる、いや、できる奴はまだいない。
この情報は必ず安全圏の、延いては国の目に付く。そうすれば自ずと被災者の手助けを求める声も多くなる。
俺は各地を回ることを一番に置くから、どいつもこいつもの言葉に従う気はないが、少なからずは応えていこうと思ってる」
予想もしていなかった計画性に、葵獅と佐藤は唾を飲む。
「……何でそのようなことを?」
「決まってる。売名の為さ」
将来を語る東条の顔は、純粋無垢の様であり、同時に魔王の様でもあった。
「俺の夢は、この変わっちまった日本全国を、世界を、自由に冒険することだ。
誰にも邪魔されず、好きなものを貪り、好きなように振る舞う。
その為に必要なのが、圧倒的な武力ともう一つ。分かりますか?」
「……金、ですね?」
「そうです。経済は崩壊の危機でしょうけど、依然世界を動かしているのは金です。
自由を手に入れるには金がいる。
俺が今欲しいのはスポンサーです。情報、素材、将来性を高く買ってくれるスポンサー。
今回の冒険は、その足掛かりでしかない」
彼の語る壮大な夢に感化され、二人の身体を鳥肌が走った。
「いやはや、貴方は本当に凄い人だ」
「あぁ、ここまでエネルギッシュな奴は見たことが無い」
「まぁ、俺バカだから交渉とかは紗命に任るつもりだよ」
「それが良いと私も思いますよ」
「違いない」
笑い合う三人はグラスを打ち合わせ、
「東条の未来に」
「東条さんの夢に」
「俺の野望に」
「「「乾杯」」」
夢ある未来を仲間と共に称えた。
――「さやおねぇちゃん、これあげる」
「あら、可愛い。おおきになぁ」
花壇の花で作った冠を、幼女自ら頭にのせる。
続いて凜が紗命の前に立つ。
「あたしからあげられるのはこれくらいだよ」
「わっ」
強く抱きしめるその手には、悲しみ、勇気、尊敬、様々な感情が混じっていた。
「……ちゃんと生きるのよ、紗命」
「……はい」
自然と流れる涙は、とても美しく、そして温かかった。