「だいぶ離れたな……」
九階から落ち、八階を駆け抜け、レストラン街の途中でまた落ちた。
自分は今七階にいることになる。
とりあえず、と漆黒に乗り頭上の穴を目指す。
漆黒は消してから出すのはコンマの内に収まるが、縦横移動になると途端にカタツムリ並みの速度になる。乗ったまま高速で移動できないのがネックだ。
八階に降り、元来た道を進む。
――オークの死体を避け、進む。
――やけに静かな帰り道。
……ふ、と足を止め、彼はある一点を注視した。
そこは、八階から屋上への直通路。
一番最初の避難時以外、一度も使われていない通路。
メンバー間で、モンスターに悟られぬよう、出入口は一つに絞ろうと決めた。
だからホブ達もここに気付かず、人間の出入りが盛んだった九階の経路を使ったのだ。
――彼の目の前には、圧倒的な力で捻じ切られた防火扉が静かに項垂れている。
心臓が早鐘を打ち始め、言い知れない不安が湧き上がってくる。
ありえない。
いつだ?
まだ最初に落ちてから五分も経ってないぞ。
行きはどうだった?
見てなかった。
「――ふぅ、ふぅ、……落ち着け……」
扉を潜り、上り階段に足を掛ける。
大丈夫だ。
葵さんも、佐藤さんも、紗命も、源爺も、因幡も、刀祢も、海も、皆強い。
もし知らないモンスターが攻めてきてたとしても、彼等なら問題ないはずだ。
――自分に言い聞かせるにつれ、反対に上る速さは増していく。
見ていてくれと彼等は言った。
任せてくれと彼等は言った。
ならば信じるだけだろう。
仲間として、彼等を信じるだけだろう!
――潰れたドアを押し開け、へし折れたバリケード用の木を飛び越えた。
クチャ、くちゃ、クチャクチャ、バリっ、――
「…………」
――視界を埋めるのは、本来は違う色だったはずの、赤いペンキをぶちまけた様な床。
地面は罅割れ、テントは吹き飛び、木々も抉り倒されている。
凡そ居住地と呼べる風景は、跡形もなく消え去っていた。