――中心に、ドス黒い緑をした何かが、十数人の人の死体の上に座り背中を向けている。
耳を澄ますと、奇妙な音はそこから聞こえてくる。
クチャっ、バリバリッ、グチャクチャ――
まるで、何かを食っているような……
「――っ」
見てしまった。見えてしまった。あれは、
……腕だ。
それもよく知っている腕。
筋骨隆々な、何度も手合わせした、逞しい腕。
「――っ紗命ッ‼皆ッ‼」
――返事はない。
「葵さんッ‼佐藤さんッ‼」
――返事はない。
……そうだ、隠れてるのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。そうに……
こつん。
靴に何かが当たり、下を見る。
……そこには、赤く染まった花飾りと、罅割れた菊のブローチが転がっていた。
「――ッッッッ‼‼‼」
大地を蹴り砕き、一瞬で肉薄する。
脚から腕へ漆黒を移し、醜い顔を全力でぶん殴った。
「ばガぁァっ⁉」
ゴブリンの王は衝撃で飛んでいくが、すぐに起き上がり殺意を滾たぎらせる。
「――ッッ‼」
「グガァァッ‼グぅっ」
唸る拳を地面ギリギリで躱し、脇腹を殴り飛ばす。
強引な追撃を後ろに飛んで躱した。
外れた拳は地面に小さなクレーターを作っている。
「……」
「ゲェェェェアァッ‼」
両者同時に地面を踏み抜いた。
――右から来る剛拳を躱し、鳩尾を殴る。
――左下からくる蹴りを屈んで躱し、右膝の関節を横から殴る。
――崩れ落ち低くなった顔面に、回し蹴りをぶち込む。
――倒れる前に顎あごを蹴り上げ、顔面を殴り地面に叩きつける。
――蹴り飛ばし、殴り、弾き、抉り、突き刺し、また殴る。
――殴り、殴り、躱し、殴り、躱し殴り殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴――
「グゲァァァアアッッッ‼」
ゴブリンの王の怒りが頂点に達した。
キングは自分のプライドを傷つける者を許さない。
万全の状態を整え復讐を決行した。
その復讐も完了し、気持ち良く食事をしていたら、いきなり殴られた。
羽虫の一匹、一撃当てれば終わるのに、それなのに、どうしても当たらない。
ちょこまかと避けては突いてくる。
痛くはないが、その一方的な攻撃が、キングのプライドを傷つけた。
「ゴルァッ‼」
「……」
東条は突っ込んできたキングを避け、後ろから攻撃しようとし、
キングが狙い拾った大戦斧の大薙ぎにブレーキをかけた。
「…………はぁーー。……落ち着け、落ち着け」
大きく息を吐き、嫌な考えを外へ追い出し、無理矢理心を静める。
皆が生きているかどうかは、こいつを殺した後に考えればいい。
相手を睨みつけ、舌打ちをする。
膂力、硬さ、速さ、持久力、全てが高水準。単純且つ明快に強い。
関節に与えたダメージもまるで効いていない。
(……嫌になるな)
キングが地を蹴り、東条目掛けて斧をフルスイング。
しゃがんで躱しながら漆黒で受け止め、
パァァァアンッ‼
漆黒が破裂した。
「――っ⁉グふぅッ――」
一瞬身体が硬直した隙をつかれ、胸に前蹴りを喰らい宙を舞う。
「カハっゲほっげほっグふっ――一撃かよッ」
軋む身体を無理やり起こし、追撃の斧をギリギリで避ける。
振り下ろされた斧が、勢いあまって床をぶち抜いた。
「……クソがッ」
詰み。誰が見てもそう思うだろう。
今の状況は、それほどまでに悪すぎる。
自分の攻撃は効かず、相手の一撃は理不尽な程に重い。
頼みの綱である漆黒でさえ、貯蓄量を一瞬で超過させられる。
幸い、破裂しても数秒経てば元には戻る。しかしゼロから溜め直しだ。
「すーッがはっ、――ッ」
息を吸うたびに胸が痛む。一発目にもらった前蹴りで何本か逝った。
その中、超速の攻防をしなければならない。
「ふっ、ふっ、ふっ――ッ、――」
呼吸を鋭くし、攻撃を見切る事だけに集中する。
(今はっ、これで良い、兎に角、眼を慣らせッ)
喰らったら終わりの必殺の連撃を、躱し、躱し、躱し、躱す。
何度目のやり取りか、キングがイラつき、少しだけ、ほんの少しだけ大きく振り被った。
(――ッ)
振り上げられた斧の軌道上、触れるか触れないかの場所に、漆黒を顕現。
――斧が動き、漆黒に触れ、一気にキャパが膨れ上がり、コンマ数秒、
破裂する前に全て放出した。
「ゴェアッ⁉ギェェエッ⁉」
突然の力の逆流に、腕ごと身体を持っていかれるキング。
身体が大きく反れた瞬間、自分の右目が見えなくなり、激痛が走った。
キングは滅茶苦茶に暴れるが、犯人は既に飛び退いている。
溜めることができないのなら、溜めなければいい。
攻撃に力が乗る直前を見計らって、出し切ってしまえばいい。
途轍もない集中力を必要とするが、自分が生き残るにはそれしかない。
極小の針穴に、糸を通し続けるしかない。
「グルォォオッッッ‼」
キングは目に突き刺さった包丁を投げ捨て、戦斧を振り回し鬼の形相で迫ってくる。
「……」
東条は極限まで瞳孔を開き、瞬き一つせず全集中力を大戦斧に注ぐ。
ダァンッ ダァンッ ダァンッ ダァンッ
ダァンッ ダァンッ ダァンッ
ダァンッ ダァンッ ダァンッ ダァンッ
攻撃が加速する前に、その悉くを腕ごと弾き飛ばしていく。
一歩一歩とずり下がるキングの隙を縫い、東条は執拗に目を狙い攻撃を繰り出す。
戦況が彼に傾いた。
そう思った時、
「グルァアッッ――ッゥルガァアッッッ‼」
「なっ⁉」
怒り狂ったキングは、弾き飛ばされた腕をもう片方の手で強引に掴み、漆黒を弾けさせ無理矢理振り抜いた。
東条は寸前で身体を引き回避するが、足場が崩壊した衝撃ででバランスを崩し、掌で掴まれる。
「やッグぁあああああッッ‼ごふぅっ――」
バキバキバキバキっ、と身体の至る所から絶叫が響く。
内臓の大部分が傷つき、彼は血の塊を吐き散らした。