((((……何だ、あれ……))))
――日本時間十二月二十四日午後八時同時刻、四十七都道府県のみならず、世界各国至る所で、『それ』は出現した。
予期などできるはずもない急襲に、民間人に成す術はない。
瞬く間にそれは、ありふれた平穏を暴力と血で染め上げ、蹂躙していった。
――「クソッ、どうなってるっ‼」
「総理、言葉遣いが崩れています。それと防衛大臣の岩国様からお電話です」
場所は東京、首相官邸。彼が仕事を終わらせ寛いでいると、突然緊急の連絡が国中から入ってきた。内容はどれも同じ、突拍子のないものばかり。
しかし、秘書が見せてくれたSNSの中では、聞かされた状況と同じことが起こっている。
もしこれが嘘ではないとしたら、日本始まって以来の大厄災だ。
「繋げッ……岩国かっ」
「おぉ総理ッ‼無事でしたか」
「お前も無事だったか、今どこにいる?」
「丁度防衛省に」
「いい所にいる。官邸まで来れるか?」
「この中を?全くこの総理は、ジジイ使いが荒いから困る」
受話器の奥から溜息が漏れてくる。
「それで?来れるか来れないのか」
「ご命令とあらば例え火の中へでも」
「よし。……岩国、全部隊の出動許可を出す。作戦決定まで各駐屯地周辺、半径二㎞内の敵を殲滅、住民を保護しろ」
「いいので?会議もなしに決めてしまって」
「構わん、そんな暇があるか。それと第一空挺団を半分、特殊作戦群、中央即応連隊、装甲車、衛生部隊をすぐに皇居へ向かわせろ、防衛線を敷いてほしい。
……いや、待て、……やはりお前も皇居へ向かえ。私もそこへ向かう。近辺にいる閣員は居場所が分かり次第ヘリコプターで保護して向かわせろ。
皇族の方々には悪いが、守るべき拠点は一つの方がいい」
皇居からは既に、市民の避難の為門を開放したとの連絡が入っていた。その厚意を、最大限利用させてもらう。
「ならば我々が迎えに「いらん。私を乗せる空きがあるなら逃げ惑う市民を保護しろ」……御意」
防衛大臣である、岩国 守と、総理、我道 英次郎は長い付き合いだが、我道が自分の意見を曲げたのを見たことがない。
本来は万全の状態で護送するべきなのだろうが、言うだけ無駄だと分かっていた岩国は渋々引き下がった。
「ではな。無事を祈る」
「総理も、ご無事で」
我道は受話器を置き、秘書へ指示を出そうとして、
「皇居には我々が向かう旨を伝えておきました。護送ヘリも既に待機させております。道の混雑が予想できますので、ヘリでの移動が良いかと」
「お、おう。急ぐぞ」
仕事の速さに少したじろぎ、その場を去った。
――遠く響く破壊の音を、旋回音が掻き消す。
離陸――、
ヘリから見た景色は、想像以上に悲惨だった。
逃げ惑う人々へ襲いかかるモンスター、それをただ見ていることしかできない自分に、我道は拳を強く握りしめる。
「……この罪は必ず貴様らの血をもって償わせる……必ずだッ」
眼下を睨み、静かにモンスター共へ言い放った。