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第89話


「まさ、まさっ」


 先の発光でもピクリともしなかった東条を、揺すって起こそうとする。


 しかし当然、運動エネルギーは全て吸収される。

 故に全く動かない。


「まさっ、起きてっ、……むー」


 早く自慢したいというのに、この男は……。

 殴る蹴るの暴行を一旦やめ、考える。


 そしてある策を思いついた彼女は、リモコンを拾いテレビを付け、音量をマックスにした。

 とりあえずリモコンは顔面にぶん投げておく。


「…………ぁあ?うるさ」


 ようやく目を覚ました彼は、のそのそと起き上がり、



 ……逆光を浴び仁王立ちする裸の少女を、その視界に捉えた。



「よっ」



「…………え、誰?」



 当然の反応。

 当然の疑問。


 情報量の多さに彼の頭が高速で回転し、そして一つの結論を導く。



『事案』



(おい嘘だろ?俺酔ってこんな子に手ぇ出したのか⁉そもそも俺のタイプは年上と紗命以外に……いや待て、考えれば紗命も童顔の節が……。いいやまだだ、夢、そう夢!)


 東条は顔をはだけさせ、一縷の望みに賭け衝撃波を放った。


「ブぼぇッ」


 ……当然、ぶっ飛ぶ。


 ゴミの中をスライディングしていく彼に、呆れかえる彼女であった。




「……」


「……殺せ」


 本当に殺してやろうか、と一瞬思うが、彼女は最後のチャンスを与えることにした。


「よっ!」


 腕を前に出し、渾身の挨拶。


「……」


 訳の分からない行動に再度固まる東条だが、彼女の全身を見て気付く。


 髪も、顔も、睫毛も、身体も、たった一つ、目だけを除き、異常なまでに白い。

 白すぎる。


 そして今の挨拶……。


「……まさかお前、白蛇か?」


「ん。正解」


 サムズアップする幼女に、今度こそ東条は目を見開いた。



 ――「とりあえず服着とけ」


「ん」


 彼女には大きすぎるコートを投げ渡し、ソファに座らせる。


 自分は地べたに胡坐を掻き、その変貌ぶりをもう一度眺めた。


「で、何がどうなってる?」


「変身した」


「どうやって?」


「身体創り変えた」


「……それがお前の能力か?」


「違う」


「他のモンスターもそれできんの?」


「分かんない。けど、私とあれは違うから」


「何が?」


「んー、格?」


 いまいち要領の得ない回答に頭を掻く。


 正直、白蛇の姿形が変わろうがどうでもいいのだが……。


 一応、一番重要な、今だから聞けるようになったことを聞いておく。


「お前、俺を殺す気ある?」


「ない。なんで?」


 心底不思議そうな顔をする幼女。


 思えば今更な質問、完全に毒気が抜かれてしまった。


「そうかい、んじゃ別にいいや」


 さっさと寝る準備に入る東条を、彼女がジト目で止める。


「ん!」


「何よ?」


「変身、褒めて」


「あぁ……。すげぇよ。驚きすぎてぶっ飛んじまった」


「ん。おけ」


「おけおけ」


 お互いにサムズアップし、東条は就寝に付く。


 いつもと変わらぬ夜が、再び室内を満たす。


 ありえない程重大な変化は、ありえない程普通に幕を閉じた。



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