目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第90話



「……お前、一日中それやってたのか?」


「ん」


 パソコンを慣れた手つきでタップする彼女。

 生えた腕をもう完璧に操っている。


「何調べてんだ?」


「モンスター」


「何で?」


「バレたらどうなるか」


「あぁ、なるほどね」


 要するに、自分の本当の姿がバレたらどうなるかを、モンスターが人間に与えた損害から予想していたのだろう。


 実に周到なことだ。


「で、どうなる?」


「死ぬ」


「だろうな」


 当然だ。擬態できるモンスターがいると知られれば、それはもう酷い目に合うに決まってる。


 東条は然して気にした風もなく、伸びをして眠気を払った。


「朝飯何食うよ」


「ラーメン!」


 彼女は画面から顔を上げ、待ってましたと笑顔を作る。


「それまたどうして」


「もう箸持てる」


「あぁ~」


 手でチョキを作る彼女に納得する。色々試したくてしょうがないのだろう。


「おっしゃ、んじゃあの店行くか」


「賛成」


 二人してレストラン街へ歩を進めた。




 ――冷凍麺を取り出し、湯に掛ける。同時に冷凍庫からスープの入った寸胴を取り出し、コンロに置いた。


 二人は解凍が終わるまで、しばしテーブルで待つ。


 カタカタとキーボードを叩く音が、ボロボロの店内によく響く。


「……お前これからどうすんの?」


「動画投稿者になる」


「…………は?」


 いきなり飛び出すビックリワードに、目が点になる。


「動画出して、お金稼いで、美味しい物食べる」



 X tubeを見て育ってしまったが故の現代病。


 画面の向こうに無限の可能性を信じて疑っていない。


 そこに至るまでに、どれだけの苦行があるとも知らずに……。


(俺のせいか?俺の育て方が悪かったのか?)


 何故か世の親と同じ責任を感じる東条。対して目の前の少女は、どんなもんだい、と胸を張っている。


 ……そこはかとなくムカつく。


「お前なぁ、大変なんだぞtuberは?」


「ん」


「ジャンルはどうする?そもそも口座ないだろ」


「……これから考える」


「ああ」


 頭を抱える東条には、彼女のtuber人生が一瞬で潰える未来が見えた。




 ――「ずるるる。見へ、ちゃんほ啜えは」


「口に入れたまま喋んな」


「ん」


 人型になったお祝いとして、彼女の器には山の様にチャーシューが盛られている。


 慣れない箸を使い、懸命に麺を啜る姿に、何かが芽生えそうになった。


「……何で動画投稿者なんだ?ずるるる」


「保存したい。ずるるる」


「ずるるる。何を」


「ずるるる。見たものを」


「なるほど。まぁ分かる」


 人の世界を感じたくて、人になった程の奴だ。


 見て、触れて、感じたものを、いつか色褪せる思い出ではなく、記録として永遠に持っておきたいという気持ちは東条にも分かる。


「それと、さっきのは嘘。ずるるる」


「ずるるるる。何が?」


「ずるるるる。美味しい物はついで」


「じゃあ何が一番なんだ?」



「この世界を旅する」



「…………」



 東条の箸がピタリ、と止まった。


 いつか聞いたことのある台詞。


 いつか誰かが抱いていた夢。


 胸の奥がジクリと痛む。


「……」


 スープに映る、漆黒に隠された自分の貌。


 底のない暗黒の奥には、漠然とした闇が渦巻いている。


 一気に食欲がなくなってしまった。


「まさ?伸びるよ?」


「……ん?あぁ……食うか?」


「やった」


 身体に見合わず大食漢な彼女。



 嬉々として器を掻っ攫うその光景に、東条は仮面の下で力なく微笑んだ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?