「……お前、一日中それやってたのか?」
「ん」
パソコンを慣れた手つきでタップする彼女。
生えた腕をもう完璧に操っている。
「何調べてんだ?」
「モンスター」
「何で?」
「バレたらどうなるか」
「あぁ、なるほどね」
要するに、自分の本当の姿がバレたらどうなるかを、モンスターが人間に与えた損害から予想していたのだろう。
実に周到なことだ。
「で、どうなる?」
「死ぬ」
「だろうな」
当然だ。擬態できるモンスターがいると知られれば、それはもう酷い目に合うに決まってる。
東条は然して気にした風もなく、伸びをして眠気を払った。
「朝飯何食うよ」
「ラーメン!」
彼女は画面から顔を上げ、待ってましたと笑顔を作る。
「それまたどうして」
「もう箸持てる」
「あぁ~」
手でチョキを作る彼女に納得する。色々試したくてしょうがないのだろう。
「おっしゃ、んじゃあの店行くか」
「賛成」
二人してレストラン街へ歩を進めた。
――冷凍麺を取り出し、湯に掛ける。同時に冷凍庫からスープの入った寸胴を取り出し、コンロに置いた。
二人は解凍が終わるまで、しばしテーブルで待つ。
カタカタとキーボードを叩く音が、ボロボロの店内によく響く。
「……お前これからどうすんの?」
「動画投稿者になる」
「…………は?」
いきなり飛び出すビックリワードに、目が点になる。
「動画出して、お金稼いで、美味しい物食べる」
X tubeを見て育ってしまったが故の現代病。
画面の向こうに無限の可能性を信じて疑っていない。
そこに至るまでに、どれだけの苦行があるとも知らずに……。
(俺のせいか?俺の育て方が悪かったのか?)
何故か世の親と同じ責任を感じる東条。対して目の前の少女は、どんなもんだい、と胸を張っている。
……そこはかとなくムカつく。
「お前なぁ、大変なんだぞtuberは?」
「ん」
「ジャンルはどうする?そもそも口座ないだろ」
「……これから考える」
「ああ」
頭を抱える東条には、彼女のtuber人生が一瞬で潰える未来が見えた。
――「ずるるる。見へ、ちゃんほ啜えは」
「口に入れたまま喋んな」
「ん」
人型になったお祝いとして、彼女の器には山の様にチャーシューが盛られている。
慣れない箸を使い、懸命に麺を啜る姿に、何かが芽生えそうになった。
「……何で動画投稿者なんだ?ずるるる」
「保存したい。ずるるる」
「ずるるる。何を」
「ずるるる。見たものを」
「なるほど。まぁ分かる」
人の世界を感じたくて、人になった程の奴だ。
見て、触れて、感じたものを、いつか色褪せる思い出ではなく、記録として永遠に持っておきたいという気持ちは東条にも分かる。
「それと、さっきのは嘘。ずるるる」
「ずるるるる。何が?」
「ずるるるる。美味しい物はついで」
「じゃあ何が一番なんだ?」
「この世界を旅する」
「…………」
東条の箸がピタリ、と止まった。
いつか聞いたことのある台詞。
いつか誰かが抱いていた夢。
胸の奥がジクリと痛む。
「……」
スープに映る、漆黒に隠された自分の貌。
底のない暗黒の奥には、漠然とした闇が渦巻いている。
一気に食欲がなくなってしまった。
「まさ?伸びるよ?」
「……ん?あぁ……食うか?」
「やった」
身体に見合わず大食漢な彼女。
嬉々として器を掻っ攫うその光景に、東条は仮面の下で力なく微笑んだ。