「……」
初めて見る、彼の表情。
初めて見せてくれた、彼の心の奥。
いつもは大きくて頼りになる彼の身体が、いまはとても小さく、弱弱しく見える。
彼女は突き動かされるように、東条の元へ向かった。
俯き地面を映す視界に、彼女のブーツの先が入り込む。
「まさ」
「……わりぃ」
きっと今自分は、相当情けない顔をしてしまっているだろう。
すまないが一人で行ってくれ。そう口に出そうとした、その時、
「んガっ⁉」
頬を両側から挟まれ、勢いよく地面に膝を付かされた。
驚き目を見開く東条。
そしてその瞬間、息を呑んだ。
――眼前に現れる、吸い込まれるような、深い、深い、紫の瞳。
恐ろしく美しい、しかしどこか儚げな。
……それはまるで、彼女に渡したブローチの様で。
それはまるで、彼女自身の様で……。
「まさ」
「……」
――「大丈夫だよ」
優しく、諭すように、白い妖精は言った。
彼女が何を思い、何を伝えたくて、その言葉を口にしたのかは分からない。
深い意味など、そもそもないのかもしれない。
……ただ、傷だらけの彼の心に、ゆっくりと染みていく。
……癒すように……包み込むように。
東条は唖然とその瞳を見つめ、そして、怒気を宿して彼女を睨んだ。
お前に何が分かる?
この痛みが。
この悲しみが。
この喪失感が。
奪う者だったお前に分かるか?
お前に俺の、何が分かる⁉
声に出そうと、怒鳴ってやろうと開いた口からはしかし、何も出てこない。
代わりに頬を伝う、温かい雫。
「大丈夫だよ」
やめろ。
「大丈夫」
やめてくれ。
呟かれるごとに、雫の量は増え、やがては一本の線となる。
抑えていた何かが、自分でも分からなかった何かが、止めどなく溢れ、雪を濡らしていく。
東条は泣いた。
声を上げて泣いた。
今だけは、小さな胸の中で、全てを吐き出すように泣いた。