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終章〜上には上がいる〜

第120話


 パタパタ――と耳心地の良い律動が、並んで歩く二つのレインコートを叩く。


 雫の重さで木の葉が頷き、大地に落ちては飛沫を上げる。


 気怠気な空模様は昨夜と変わらず、降り続ける地雨は未だ止む気配を見せない。


「ピッチャピッチャ」


「チャップチャップ」


「ラン、ラン、ルー」


「……何か違くね?」


 水溜りにジャンプする少女は、本日もカメラ片手に上機嫌。


 天からの恵みを、余すことなく楽しんでいた。


「もうすぐ?」


「あぁ。……あれじゃね?」


 煩わしい人間関係から解放された二人は、予定変わらず帝国大学に向けて進んでいた。


 人がいるかいないかは関係ない。一応行ったという事実があればそれでいいのだ。


 目の前に鎮座するのは、あの有名な赤門……ではなく、苔生し蔦生え木々に取り込まれた、緑門。


 どうすればこうなるのか、年数を感じさせる風格は、宛ら異界の門である。


「希望薄」


「さっさと抜けちまうか」


 植林地帯と化した校内に足を踏み入れる彼等は、生存者に期待せず、その先の目的地へ胸を高鳴らせるのだった。






 ――スピーカーを回収し、跳ねる様に包囲網を突破する。


 結論、生存者ゼロ。


 緑に溢れかえる広大な敷地内、三か所に分けて試したが何れも反応なし。


 二人は一番高い校舎によじ登り、屋上で休んでいた怪鳥を蹴り飛ばした。


「大分騒いじまったからな」


「わんさかわんさか」


 眼下では、自分達の縄張りを荒らされ、怒りに震える有象無象が殺し合っている。


 種族が違えば味方ではないのだろう。

 そこに標的を見失った苛立ちが加わり、大乱闘が起きていた。


 空から突撃してくるモンスターの嘴を掴み、叩き折る。


「ん」


「何だ、欲しいのか?」


 両手を突き出すノエルに残骸を差し出すが、叩き落とされる。


「違う。おんぶ」


「……ガキかよお前」


 あの時は最初だったから大事を取っておんぶしたのだ。

 やり方が確立された今、甘やかす必要などない。


「全力で身体強化すりゃ俺より早く走れんだろ」


「強化苦手。ん」


「……ったく」


 中腰になる東条の背中に、バッタも斯くやな勢いで飛びつく。


「ゴ―」


「はいはいっ」


 足部分を武装し飛び降りる東条に合わせ、ノエルが右手を振り上げる。


 瞬間、地面が両側に抉れ、モンスターを巻き込み滑り落としていく。

 後には一本のまっさらな道が出来上がった。


「こりゃすげぇ」


「お手伝い」


「殊勝な心掛けだ」


 出口まで続くその道を、モンスターの雄叫びを聞きながら気楽にジョギングしていった。








 ――ピリピリと肌を刺すような、フワフワと安心するような、不思議な感覚に苛まれる中、強化された嗅覚が濃い獣の臭いを感じ取る。

 ……


「……おい、こん中ヤベェのいるぞ」


「わくわく」


「わくわくて」


 ミノタウロスの、いや、自分と比べても比にならない気配がプンプンする。


 別段本能的恐怖は感じない。足が止まるわけではない辺り、生物的には負けていないのだろうが、嘗てない程の圧だ。


 一応警戒は最大にしておこうと決めた。


「たくっ、檻に入った動物が化物相手に勝てんのかね?」


 柵を飛び越え、到着した先でノエルを降ろした。


 現在地は上の動物園。

 予てから彼女が強請った場所の一つだ。


 しかし懸念もある。

 水族館と違って臭い駄々洩れ、生身の動物が集められた場所は、モンスターにとっての餌場でしかない。


 腐っても野生の獣。人間よりは生存力があると思うが……。


「早く早くっ」


 はしゃぐノエルに手を引かれ、いたらいいな、と期待を胸に彼等の下へ向かった。





「……」


「わーっ」


 東条は、身を乗り出して興奮するノエルを横目に、反応に困る光景を見つめる。


 鉄製の柵に掛かるネームプレートには、『クロサイ』の四文字。


「ブルガァッ!」


「ブルガァッ!」


 角を衝突させ、自らの力を誇示し合う、サイ、の様な二足歩行のモンスター。


 鈍い衝突音を響かせては離れ、響かせては離れを繰り返している。


「クロサイだって!」


「……クロサイではないな」


 動物に詳しいわけではないが、あれがクロサイでないことだけは確かだ。


「じゃあノエルが名前つける」


「ん?おう」


「ミノライノス」


「ミノライノス」


「迷宮に閉じ込められたミノタウロスには、弟がいたの」


「唐突な伝説の改変」


 そうなると、ミノス王と妻のパシパエは息子を二人共失ったことになってしまう。

 何と酷なことをするのかこの少女は。


「次行こっ」


「へいへい」


「ブルガァッ」「ブルガァッ」


 背を向けた二人に突進する二匹。


 猛スピードから繰り出される全身装甲の一撃は、強化で受けても恐らく耐えられない。

 流石ミノタウロスの弟。

 しかし、


「うラッ」

「「ブぼッ」」――


 脳天を直撃した黒腕が、二匹の頭をコンクリに沈めた。




 ――「わー、カバだって!」


「……カバではないな」


「…………バロロロロ」


 発達した顎に、三mはある体躯の、二足歩行のカバ、の様なモンスター。


 寝っ転がり干し草を食むその横には、死臭を放つモンスターの死体が堆く積まれていた。


 わざと目につく様に建設された塔の中には、ミノ兄弟の残骸もあり、縄張り意識の強さと同時に奴の戦闘力の高さを物語っている。


「……ミノポポタマス」


「ポポタマス」


「ミノス家の長男。兄弟を失った悲しみから狂い、姿を変えられた二人を探して迷宮を彷徨うの」


「まさかの三兄弟」


 その弟達は他の肉片と一緒に積まれているのだが……。

 東条はそっと目を逸らした。


 柵の前でごちゃごちゃ言っている生物にイラついたのか、ミノポポの耳がパタパタと忙しなく動き、太い首を軽く擡げる。


 同時に放たれる容赦の無い殺気。

 辺りの音が一瞬で消えた。


「……失せろってさ」


「ん。食事の邪魔は悪い」


 二人はポポタマの威嚇を理解し、素直に立ち去る。


 元来草食で無駄な戦闘はしない性質なのだろう。


 それを証明するように、ミノポタが背を向けた二人を追うことは無かった。


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